第3話 起動

 外は既にパニック状態であった。

 開かれた扉の先からは人々の混乱の声が響き、加えて大きな銃声までもが聞こえてくる。そして微かではあるが、地面が揺れ出している。


「せ、戦闘だって⁈」


 ヘリクは座っていた椅子を倒しながら立ち上がり、入り込んできた男に聞き返す。

 対して男は頷く。


「ああ! もうじきこの村も巻き込まれる。銃弾が飛び交う前に、貴方達も早く避難を!」


 男はそう言い残すと、急いで扉から出ていった。恐らく他の家に向かっていったのだろう。

 そうと分かればこのままではいられない。彼らアスオスは貧困者達への支援が目的だ。それは物資だけではなく、災害時や、こういった戦場下でも同様だ。


「ミレイナ! ユウにスタンバイさせておいて! 何ならもうアレを起動させてもいい。場合によってはタイミング見計らって出して!」


「そ、それはいいけど、ヘリクはどうするの?」


「僕は村人達を避難場所に誘導する! 確か近くに隠れられる岩場があった筈だから。後は頼んだ!」


 ヘリクはそう彼女に言い残すと、扉を開けて外へと飛び出した。


 外に出ると、やはり村人は皆パニックに陥っていた。

 それもその筈。彼らは戦闘に巻き込まれたことなんてない。死の恐怖に打ち震えて当然だ。


「やっぱりパニックになってる。周りで誘導してるのは……若い男達数人だけか。ほとんど機能してない。それに————」


 銃声が異様に近い。彼らの持つ射撃兵装は口径が巨大な為、銃声が通常より巨大だ。だからある程度の距離が離れていても爆音で聞こえてくる。

 だが、そうだとしてもこの近さは異常だ。

 ヘリクは視線を少し上げ、人の流れの逆方向への目を向けた。


 ————するとそこには、全長約10メートルの人型戦闘兵器“TTタイタン”が村の目の前で銃撃戦を行っていた。


 その機体名は“アストレア”

 ゼーティウス連邦国の主力量産機。

 頭部の2つのカメラアイと細身で白いボディが特徴のTTだ。


「戦闘が、こんな所で。ここはまだ村人がいるんだぞ……人のことくらい考えろよ!」


 ヘリクは怒りを剥き出しにした視線をTTに向けた。


 しかし、彼らにとってそんなことはお構いなし。村人の命よりも自分の命。自分の命よりも国の勝利である。


 アストレアは片手に所持しているマシンガンを、もう片方の手で支え、目先にいる敵機に向かって発砲する。


 敵機体はカララバの主力量産機“ガ・ミジック”。

 青の装甲色と頭部左右2つずつに分かれた計4つのカメラアイが特徴のTTだ。


 ガ・ミジックはアストレアから放たれた銃弾を、左肩部のアーマーに装備された可動式シールドを前方に展開することでガードする。

 そして、銃弾の雨をシールドで受けながら、腰部にマウントしていたアックスをマニピュレータでがっしりと掴み、帯刀状態のまま背中のスラスターを吹かせる。

 荒野の砂が宙を舞う。

 接近する敵機を前にしても、マシンガンの発砲を止めないアストレアであったが、残弾が切れたのだろうか? 途中でそれを投げ捨て、背中にマウントしていたロングブレイドに手を伸ばし、両手で構えた。

 縮まっていく両機の間合い。何が起こるのか予想するのは簡単。


 それは、単純な白兵戦である。


 ぶつかり合う両機の得物。弾ける赤い火花。金属音は空に響き、聴くものには恐怖を与える。






「————ッ! あれは……!」


 ヘリクの視界に何かが映る。

 白兵戦を行うTT2機の足元すぐ近く。そこの崩れた瓦礫の側で蠢く何かがあった。

 ————それは、1人その場でしゃがみながら啜り泣く少年の姿であった。


「マズい!」


 視界で少年を捕らえたヘリクは、脇目も振らずに走り出す。もはや自身の身の危険など眼中になかった。ただ少年を助けたいという一心で勝手に体が動いていたとも言える。


 少年との距離は少しずつ縮まっていく。

 だがそれに比例して、戦闘中の2機も少年に近づく。


「間に合え!」


 ヘリクは崩れた家屋や塀を飛び越え、うずくまる少年に辿り着く。


「大丈夫かい⁈」


 少年の肩に触れ、確認するヘリク。

 それに対して少年は「うんっ」と涙ぐみながらも頷き、答える。


「よし、君は強い子だ。ここから離れるよ!」


 ヘリクは少年を両腕で抱え、戦闘を行うTTに背を向けて走り出す。

 もはや疲労により息もままならず、足腰も既に限界を超えているヘリクであったが、不思議と体は動くのを止めなかった。

 本人はアドレナリンの効果にひどく驚かされ、これ幸いと足を進める。

 しかし、背後から嫌な予感が迫ってくるのを感じたヘリクは、走りながらふと背後に視線を向けた。


 ————そこには、思い切り後退運動をとるアストレアの足が目の前まで迫っていた。


「あ————」


 嘘……だろ……?


 逃走不可

 回避不可

 生存不可


 脳内が真っ白になる。背筋が凍る。目から生気が消える。

 ヘリクは数秒後の自分と抱える少年の無惨な姿を想像した……



“起動確認”

“コントロール系 正常“

“スラスター可動 正常”

“マニピュレータ並びに各関節可動 正常”

"冷却機構 正常”

“全システムオールグリーン”



 ……だが、その想像は一瞬で覆った。


 瞬間、別方向からのスラスター音がヘリクに向かって接近。そして接触と同時にアストレアの頭部を接近してきた黒い腕が掴み取り、後退を停止させた。

 そして、黒い腕の持ち主は、腰部にマウントしていたナイフをマニピュレータに装備すると、それを容赦なくアストレアのコックピットに突き刺した。

 光がなくなるアストレアのカメラアイ。

 アストレアからナイフを引き抜き、ソレは誰もいない崩れた家屋の上に死んだ機体を捨てる。


 ヘリクはアストレアが倒れる衝撃で舞い上がった砂埃から自身の顔と少年を守る。

 そして、ある程度砂埃が落ち着くと、乾いた眼を自身と少年を守った機体へと向けた。


 そこには、ナイフ1本を手に持ち、こちらに背中を向ける黒いTTが佇んでいた。


「無名……ユウ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る