第2話 アスオス

 茶髪の男は言う。 


「はい、本日はどうされました?」


 波板で作られた簡素で狭い建物の中。

 折りたたみ式の机の横で、ヘリクは丸椅子に座り、息子を抱く母親に尋ねた。

 母親は困った顔でヘリクに「今朝から息子の体調が悪くて……」と、要件を述べていく。


「なるほど……分かりました、じゃあ、少し息子さんを見ていきましょう」


 ヘリクはそう言うと、首元に下げていた聴診器を手に、診断を始めた。母親に最近の子供について聞いたりし、少年について調べていく。

 そして、ある程度必要情報が揃うと、母親に言った。


「見た感じだと、軽い食中毒だと思います。薬を出しておくので、そちらをしばらくお子さんに飲ませてあげてください。2日程で効果が出ると思いますが、それでも効果がないと思いましたら、早めにまた来てください。3日後にはこの村を出発する予定なので」


 ヘリクは飲み薬の入った紙袋を机に置き、滑らせながら母親に差し出す。

 袋を受け取った母親は、椅子を立ち上がり、頭を下げる。


「本当にありがとうございます。あの、今お金を払いますね」


 母親がポケットを漁り、紙幣を取り出す。

 しかし、取り出された紙幣はクシャクシャであり、加えてとても普通の診察料金を満たせる額ではなかった。

 それを見たヘリクは両手と首を振る。


「いえいえ、お金なんてとんでもない。特に請求なんてしませんよ」


「そ、そうなんですか? でも離れた町の病院だと————」


「うちは特にお金を取ることなんてありませんよ。こういった人達を助ける為に派遣された身ですので、安心してください。寧ろ、そのお金はお子さんの為にも、大事にしてください」


「あ、ありがとうございます!」


 母親はヘリクに再び頭を下げると、安心した顔で建物から出ていった。

 客がいなくなったのを確認すると、ヘリクはがっくしと伸ばしていた背筋を丸め、目を細める。


「ぁ〜まじで暑い〜。よく生きていられるよ、ここの村の人。こんな荒野みたいな所で生活だなんてさ。素直に凄い」


 母親が出ていった扉を眺めながら、密かに尊敬をする。

 そんな時、後ろの扉が開いてミレイナが顔を出してきた。


「へばんないの。私も暑いんだから」


 丸椅子を軸に上体を動かし、彼女を見る。そして言う。


「でもこれは異常だよ。僕が生きてきたここ27年間で過去最高の気温さ。地球温暖化が怖いよ」


「にしても、こんな場所だからかここでも体調不良者が多いなんて。さっきの薬だって、もう尽きそうなんでしょ? トレーラーの中にもほとんど残ってないよ」


 彼女は親指を後方に向けてジェスチャーをする。

 と言うのも、この建物の裏にはかなり大型のトラックとトレーラーが置いてあり、彼らはそこの中で持ってきた物資を保存している。枯渇することがないよう、かなり多めに持ってきてはいたのだが、それでも、なくなりかけの薬が出てきてしまっている。


「それもその筈さ。この村、大きくはないけど、10年前から続くゼーティウスとカララバの国家間戦争で領土から切り離されて経済的にも物理的にもダメージをもろに喰らった代表みたいな所だ。元から貧しかったのに、さらにそれが重くなれば、食料調達や病院だってまともに行けない。しかも、時期も時期だってのに伝染病や食中毒者が多発だ。そりゃあ薬もなくなるよ」


「うん、被害はトップレベルだよね」


 窓から見える街並みを見ながら、2人は深刻な村の状況を再度受け止める。


「……でも、それをどうにかするのが、僕らアスオスだ。まだ支援団体としては小さいけど、1つでも多く命を救う為にこうやって無主地帯の人達に色んな支援をしてる。だから、僕らの行いは無意味なんかじゃない」


 状況は最悪だ。けれど、だからといって諦めてはいけない。

 ヘリク・ケイナンスはそう考え、アスオスで行動している。1人でも、多くの命を救えるように。




 ————そんな中、再び建物の扉が開いた。それも勢いよく思い切り。

 そして、声が響く。


「村のすぐ側でTT同士の戦闘が始まった!」

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