第7話 遭遇

 ゼーティウス、そしてカララバの狭間の無主地。

 彼らアスオス第3部隊の3人は、その土地のある程度整備されているであろう道を大型トラックで進んでいた。

 そんな中、運転手のヘリクはうんざりするように声を上げた。


「つまらないなぁ、この景色」


「何? 青い海の綺麗な砂浜の景色でも望んでるの?」


 その呟きに、助手席で座るミレイナが反応する。

 ヘリクは首を横に振り、否定する。


「いいや。そうとまでは言わないよ。けど、こう、ほとんど変わらない岩場の景色を何時間と見せられ続けると、ね。道も真っ直ぐだし面白みに欠けちゃうっていうか、暇っていうか」


「あんまりその話題言わないでよ。私だってそこのところ考えたくないんだから」


 村を出発して約4時間。どれだけ走っても荒野の景色は変わらない。それは、精神的にも来るものがある。


「メンタルケアとして休憩したいのもあるけど、何せここは両国に挟まれた無主地。地球温暖化とかの環境問題でやられたり、天然資源を搾れるだけ搾り取って価値がなくなったからどこからも見向きされなくなった無法地帯だからね。いつ戦闘が起こるか分からないから、移動出来るうちにしておきたいところではあるんだけど」


 燃料にはまだ余裕がある。時代が進み、趙低燃費技術が発明されたことで、ほんの少しの燃料で何時間も稼働ができることになったが故だ。

 しかし、どれだけ技術が発展しても、人は進化しない。メンタルケアは、未だに人類には必要不可欠だ。


「それじゃあ、何か話でもする? ヘリクだって、このまま時間が流れるの嫌でしょ?」


「いいよ。何の話だい?」


 暇つぶしができるのならちょうどいいだろう。そう思ったヘリクは、ミレイナの誘いに乗る。

 だがそれは、彼が今最も話したくない内容であった。


「ユウとまだ喧嘩してるの?」


 その彼女の言葉を聞き、ヘリクは反射的に足元のペダルを一気に踏みつけた。

 急加速するトラック。ヘリク達の体は一瞬後ろに引かれたが、どうにか速度を平常に戻す。


「って、あっぶないじゃないかあ! 変な話なんてしないでよ、もー!」


「別に私は何も? でも、誘いに乗ったのはそっち。責任持って付き合いなさい」


「ミレイナ。君、よく性格悪いって言われるでしょ?」


 ヘリクはますますうんざりする。

 しかし、彼女にとってそんなのはお構いなし。容赦なく続けようとする。


「で? 実際どうなの? もう1週間経つよ、あれから」


 悪魔のような笑みがヘリクを覗き込む。


「どうなのって……それはもう、うんざりだよ! なんだよあの子! 容赦なく人殺して、血も涙もないのかよ! おまけに何にも反省してる感じないし、聞き分け悪すぎるでしょ!」


 彼の怒りメーターと共に、トラックは加速する。

 怒るヘリクだったが、そんな彼にミレイナは言う。


「まあそう思えるよね。その気持ち、私も分かる。でも、ユウの境遇が境遇だからね。そういう考えに至っちゃうのも、仕方ないのかもね」


「分かってるよ。彼、? ここじゃない他の国の紛争で雇われてたって話は聞いてるけど、貧困者の支援団体としてそんな人間を採用するなんて、ホント、上の考えには賛同しかねるよ」


 ユウに対して、加えて組織の上の人間に対しての不安をヘリクは口にする。


「でも、アスオスに入る条件は人を助けたいと強く心から思ってる人でしょ? なら、ユウはその条件をクリアして入ってきた。つまり人助けをしたい気持ちは彼も多分一緒。やり方は違えど思いは一緒ってやつ。クセは強いけどね」


 やり方に多少の不満はあるものの、それでもあくまで人助けの為の行動に過ぎない。そうミレイナは解釈する。

 しかし、ヘリクはそれでも納得できない、そういった表情をしていた。


「そういうものかねぇ。僕には彼が戦いたいが為に嘘ついて入ってきたんじゃないかって疑ってならないんだけど」


「そっか……ヘリクはさ、人を信じるってことやってみたらどう? そんな疑ってばっかじゃ、身が持たないわよ」


「分かってるさ。でもそれをやった上での結果がこれなんだよ。分かり合えない人間とはとことん分かり合えない。そういうことでしょ?」


 諦めたかのように言うヘリク。

 ミレイナはそんなヘリクの返答に「はぁ」と溜息を吐くしかなかった。とことん頑固で面倒な人間なのだと、改めて理解したが故だ。



 短い話が終わり、再び沈黙になる。

 景色は相変わらず、岩と砂の景色を映し出している。何一つ面白みがない。

 だが、そんな景色にも変化が訪れる。もっとも、悪い意味ではあったが。


『そこの輸送トラック、止まれ』


 突如、そのような声が通信を介して車内に響く。

 突然の声でビクッと肩を震わせるヘリクとミレイナ。

 ヘリクはサイドミラーを確認し、トラックの背後に迫って来ているであろうそれを見る。


 そこには、カララバの主力である3機のガ・ミジックがヘリク達のトラックに向かってスラスターを吹かしていた。


 ヘリクは走らせていたトラックを潔く止めた。

 カララバの部隊は前方に2機、後方に肩アーマーを赤いラインで彩られた隊長機でトラックを囲んだ。

 ペダルに乗せた足を眺めながら、ヘリクは「やっちまった」と後悔した。

 顔を伏せたまま、サイドミラーに映る機体の武装を確認する。


 手に持ってるのはマシンガン。頭部の4つのカメラは大型化され、顔面部中心には強力なライト、後頭部にはロッドアンテナが取り付けられている。

 加えて、肩部可動式のシールドは、通信傍受の為の小型レドームに変えられている。


「ガ・ミジック偵察型……偵察部隊か。なんでカララバがこんな所にまで来てるのさ……?」


 やがてヘリクは仕方なく窓を開け、後ろで仁王立ちをしているガ・ミジックを見上げた。


『そこのトレーラー。貴様はどういった目的でゼーティウス領の方角へと向かうのだ? 答えろ』


 機体のスピーカーから男の太い声が響く。

 答えなきゃ容赦なく攻撃されるんだろうと思ったヘリクは答える。


「この先に村があるんです。僕らはそこに向かってるんです」


『ほう? 理由も聞こうか』


 あーあ、面倒くさいったらありゃしない。

 ヘリクは小声でそう呟くと、仕方なく答える。


「ただの帰りですよ。近くの村の人達と、物々交換的なのをやってきたんです。お互いにお金もないので、原始的な交易しかできないんですよ、悲しいことに」


『金もない、ねえ。それにしては、いいトレーラーを持ってるじゃないか。そんなデカいなトレーラーを買うのに、一体いくらかかったんだ? 金もないのに』


 スピーカーから言われた言葉、ヘリクはギクッと肩を震えさせる。

 そして、助手席に座るミレイナの顔を見る。案の定、呆れた顔をしていた。


「やらかした」


「バカ」


 しかし、後悔している暇もない。

 今の発言で、彼らはヘリク達のことをゼーティウスの兵、もしくは工作員か何かだと勘違いしてしまった筈。

 だから、この後にカララバの彼らが口にするであろう言葉はだいたい予想がつく。


『じゃあ、そのトレーラーの中身を見せろ。物々交換にしては、些かサイズが大きい。少し気になってな』


 予想通り。敵対勢力かどうかの確認だ。輸送物の中身が怪しいものだった場合、即撃ち殺されるあれだ。


「はぁ、やっぱり」


 ヘリクは溜息を吐く。今のこの状況は、彼らにとって非常に面倒なことであり、それ故に避けたい事態であった。

 そんな彼に、ミレイナは聞く。


「どうする? 対人ならまだしも、TT相手だとこのまま私達あの世行きだよ?」


 彼女の言葉にヘリクは返す。


「……分かってるよ。こうなったのも僕のせいだ。ユウに機体の起動を指示して」


 ミレイナは「分かった」と答えると、無線に手を伸ばし、小声で話し出した。

 そんなことをしていると、


『おい、聞いているのか貴様』


 と、窓からスピーカー越しの声が響いてきた。

 流石の彼らも暇ではない。早く彼らのことを確認して、すぐに偵察を続けなくてはならないからだ。

 ヘリクは窓から顔を出し、見下ろしてくるガ・ミジックに「分かりました。今から開きます」と承諾の言葉を告げた。




 少し待つと、トレーラーの上部が真っ二つに割れ、左右にゆっくりと開き出した。

 段々と開かれていくトレーラーに、部隊の隊長機が近づき、露わになるその中身を確認しようとする。


 ————その時だった。


 未だに開ききっていないトレーラー上部の隙間から、ヌッと長い銃身が伸びた。

 銃口は隊長機のコックピットへ。狙いを定め、静止する。


 “まずは1つ”


 そして、引き金が引かれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る