第8話 不意打ち

 ズドンと響く発砲音。

 撃たれたコックピットハッチには無数の穴が開けられ、機体は起動停止に陥った。

 その隊長機の様をトラック前方で間近で見ていた残りの2機のパイロットは、いきなりの出来事に動揺する。


『た、隊長!』


 消えるレーダーの友軍機信号。ピーと鳴る警報はまるで断末魔のよう。

 崩れるように倒れる部隊長のTT。それと入れ替わるかのように、トレーラーの中からショットガンを手に持った黒いTT が姿を現す。


「無名、起動完了。各部機能、緊急時により簡易的に確認、問題なし。全システムオールグリーン」


 ユウはコックピット内でぶつぶつと云う。

 頭部排熱ダクトから白い煙が噴射し、黄色いカメラアイが発光する。

 無名は振り返り、敵機を確認する。


「敵数2。機体、ガ・ミジック偵察型。隊長機と思われる機体は今しがた撃破。残るは通常の偵察兵と予想」


 戦力差は問題なし。ユウはそう判断する。

 そして、ユウの判断と同時に、前方に映る2機が手に持ったマシンガンを無名に向けた。


『貴様ァ!』


 声と共に放たれる両方向からの弾丸。

 平行移動では回避不能。そうユウは判断すると、ショットガンを捨てながら無名のスラスターを吹かせ、空へとジャンプした。

 機体の足下を横切る黄色い閃光。回避行動の成功である。

 しかしこれでは些かまずい。空中では地に足が着けられないが故に、地上の法則が一部効かない。つまり、機体の姿勢制御、並びに瞬間的な移動がスラスター頼りとなる為、動きが制限されてしまうのだ。

 このままでは敵機のマシンガンの銃口が、彼が落下する前に定められてしまう。

 案の定、敵機の銃口は無名へと向けられ、発砲される。


 だが、これで終わるユウではない。そうなると見越した上でのこの行動である。


 彼は無名の脚部に取り付けられた可動式スラスターを可動させながら吹かし、その銃撃を交わしながら機体を地面に着地させた。


『なんだと⁈』


『ギュエル、援護しろ! 接近戦を仕掛ける!』


 無名が着地するのと同時に、敵機の内1機はマシンガンを捨て、腰部にマウントしていたアックスを手に特攻を仕掛けてきた。

 しかしそれは無策などではなく、後方での中距離支援射撃を取り入れた上での特攻である。単純ではあるが、シンプルで強力な陣形である。基本とまで言ってもいい。


 そんな敵の攻撃を前に、ユウは無名を動かさず、その場で特攻してくる敵を待ち構えた。


 理由としては2つ。

 1つは、敵機のスラスターを少しでもオーバーヒート状態に近づけた方が有利だからだ。

 スラスターというものは、燃料が続く限り無限に稼働させることができるものじゃない。ある程度吹かし続けると段々と熱を帯びていき、それにより装甲内の機械が溶け出してしまうことがある。だが、そうなってしまう前にリミッターが作動して機械の溶解を防ぐ機能が働く。それがオーバーヒート状態、スラスターの限界である。


 もう1つは、単純に今の場所で留まっているのが安全だからだ。

 というのも、今現在、特攻機の後方から支援射撃を行っているTT。あの機体が発砲しているマシンガンの性能では、無名に銃弾が当たらないからだ。完璧に安全というわけではないが、この地点から先の安全性と比べたら、比較的安全だ。

 故に、ユウは特攻してくる敵機をその場で迎え撃つことにしたのだ。


 今、無名が所持している武装は、ナイフ1本のみ。これだけ聞けば絶望的状況だ。

 しかしユウはそれを不安要素と感じていなかった。寧ろ得物があるだけマシ、とまで思っていた。

 無名は特攻してくる敵に対し、腰部にマウントしていたナイフを装備し、身を低くする。リーチは短いが、取り回しのいいユウの得意武器だ。


 やがて、2機のTTは接触する。

 敵TTはアックスを大きく振りかぶり、真下で身構える無名に向かって振り下ろす。

 ガ・ミジックのアックスはTTの装甲一振りで両断する程の威力がある。なので、この攻撃に当たってしまったら、たとえ無名でもひとたまりもないだろう。

 だが—————


「遅い……!」


 無名は半身になることで攻撃を避けた。コックピット前を巨大な得物が通り過ぎる。

 たとえ威力が強力でも、当たらなければどうということはない……!

 無名はその隙に、左手に持ったナイフの刃先をコックピットに突き刺した。

 断末魔は聞こえず。けれど肉が弾けたという確信はあった。


『ユーリック!』


 響く敵パイロットの叫び。しかし、既にその声を聞くべきパイロットはいない。


 “2つ“


 心の中で撃墜数をカウントする。残るはあと1機。休んでいる暇はない。

 ユウはすぐに次の行動に移った。

 動きを止めた敵機のマニピュレータからアックスを奪い、そのまま亡骸に向かって思い切りスラスターを吹かせた。

 ぶつかる両機の装甲。響く金属音。

 当然だが、亡骸に足で踏ん張る力などない。正面から与えられる一方的な加速に身を任せるだけである。


 その様を見て、銃口を向けていた敵機が驚愕する。


『まさか、ユーリックの機体を盾に⁈』


 そう。ユウは空いている片手で死んだガ・ミジックと自機を密着させ、一時的な肉壁として利用したのだ。

 無名は肉壁で自身を庇いながら、スラスターを使って敵TTに迫る。


 対して敵のガ・ミジックは、その無名の行動を見て怒りを剥き出す。


「貴様ァ! なんて心ないことを!」


 そうスピーカー越しに言いながらも、彼はマシンガンを肉壁に向かって発砲した。

 当然、TTの機体の厚さはガ・ミジックが普段装備しているシールドよりも分厚い。貫通するのにはある程度の時間が掛かる。

 故に銃弾が後ろにいる無名に中々届かない。そうもしている内に死神は迫る。


 ユウは敵機との距離がある程度近づいたことを確認すると、機体を横方向に転がし、肉壁から離れる。

 地面に脚部の装甲を削らせながら着地すると、先程奪ったアックスを、横へと振りかぶる。

 重量よし。位置よし。射程よし。

 確認を終えると、無名はアックスをまるでブーメランのように敵機に投げつけた。

 空中に放たれたアックスは緩やかながらも回転し、一撃の重みをどんどんと増していく。止めるものなど存在せず、地上の法則に従いながら、アックスは敵機のコックピットへと飛んでいく。


 そして—————ざくんと。


 無事コックピットに着弾し、敵の息の根を仕留めた。

 勢いのままに後ろに倒れる敵TT。

 それを確認し、ユウは口を開く。


「無名、敵機の排除を確認。これより帰投を……何?」


 ヴィー ヴィー と。コックピットのレーダーが反応する。


「レーダーに接近する機影あり。この反応は?」


 レーダーを確認すると、そこには4機の点滅する赤い反応があった。しかもこれは……速い。もうすぐ近くだ。

 ユウは周辺をモニターで確認する。機体を360度回転させ、接近してくる機体を探す。

 しかし、モニターには何も映らなかった。

 ユウはその状況に一瞬戸惑うが、すぐに結論を出す。


「……まさか!」


 察したユウは、上空へと機体の頭部を向けた。

 見上げた空は非常に青く、ちょうどいい具合に雲が掛かっている。

 そんな空の中を、鳥のように飛んでいる白い羽が4つ。

 巨大な正方形に2枚の主翼が付いたソレは、旋回しながら無名へと接近してくる。

 その姿を見て、ユウは確信する。


「飛行ユニットだと……?」

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