第9話 フォース隊
「飛行ユニットだと……!」
ユウは空から接近してくる機影に驚愕する。彼にとって、空を飛ぶ機体を目にするのは初であった。
ゼーティウス製飛行ユニット。
空中飛行型TTの開発が不可能だと判断された為に考案された、サブユニットである。
当初の目的との方向性を変え、主翼の付いた足場の上にTTを乗せ、運搬するという形で開発すると言われてはいたが、実際に開発されていたかどうかは不明確であった。しかし————
「テスト機止まりだと耳にしていたが、完成していたのか?」
テスト機の話すら噂程度にしか聞いていなかった為、その驚きは大きかった。
あの動きを見ると、完全に接近してきている。そう捉えたユウは身構える。少なくとも、穏便に済むことはないだろう、と考えた上であった。
————瞬間、黄色い光がユニット上で輝いた。
「直撃コース……!」
経験からの判断だった。
ユウは即座に無名のスラスターを使い、その場から離れる。先程の場所で地面を抉る音と共に砂埃が立つ。
間違いない、攻撃されている。そう悟ったユウは機体を動かして先程倒したガ・ミジックからマシンガンを剥ぎ取り、装備する。射程は長くないが、ショットガンよりはマシだ。
一方、上空では————
「大尉、敵機の回避行動を確認しました」
飛行ユニットに自機をしがみ付かせ、アサルトライフルによる攻撃を行ったフォース隊の1人が、上官であるフルグレイスに報告する。
彼らの乗る機体の名は“アポロン”。太陽神の名を冠したその機体は、赤がメインの装甲色に白のラインが特徴の高性能実験機である。
実験機である本機は、現主力機アストレアの名残が色濃く残っており、両肩部のアーマーにはカララバの機体を元にした可動式バーニアが取り付けられている。
その結果、アストレアより数倍上の機動力を得ることに成功している。ただし、当然ながら高コストではある。
「ご苦労。さて、まさか黒い死神とこうも簡単に会うことができるとは、全く……運命というのは面白い」
フルグレイスは自機が乗る飛行ユニットを操縦しながら、部下に感謝を述べる。
「はい?」
そして、ポエムじみた発言で部下を一瞬困惑させる。
「なに、気にしないでくれ。それよりも次、3機での一斉射撃だ。いいか、撃ち落とすつもりでいい。別に私に気を使う必要はない」
「「「了解」」」
フルグレイスの声に3人の部下は返事をし、機体の手に持ったアサルトライフルの銃口を地上の黒いTTへと向けた。
そんな中で、フルグレイスはフッと頬を緩める。
「さあ、どう動く? 黒い死神」
「————来る」
3つの光が点滅し、ほとばしる。銃弾は空を切り、地上へ向かって放たれた。
「3機による同時攻撃。回避行動に移る」
スラスターの推力全開。無名は地上を滑るように銃撃を避ける。
弾道予測は距離が遠い為できないが、不規則に回避行動を取れば当たる筈はない————しかし、
「何————⁈」
銃弾が装甲を掠める。驚いたユウは即座に機体の動きを変えたが、それでも銃口は彼を逃がそうとしない。
————動きが読まれている。被弾まではいかないが、致命傷を与えられるのも時間の問題だ。しかもこの距離だとマシンガンは届かない。反撃不可。
「この射撃精度、エース部隊か」
変わらなかったユウの表情が歪む。
それもそうか。飛行ユニットの配備なんて、普通の部隊にされる訳がない。納得した上で、眉間にシワが寄る。
このままでは不利だ、そう思うユウ。
しかし、次の敵機の行動が彼を戸惑わせた。
「撃ち方やめ!」
フルグレイスは一斉射撃を行なっていた3人にトリガーから指を離すよう命令する。
部下3人はその声を聞くと、命令通り撃つのを止めた。
フルグレイスは腕を組み、モニターに映る黒いTTを見つめる。距離があるので映像は荒いが、その佇まいからほとんど無傷であることが伺える。
それが分かると、フルグレイスは驚きながらもそれ故に笑みを溢した。
「我が隊の攻撃を無傷で避け切るか。普通のパイロットなら蜂の巣になっていたところだが。フフ、面白い。ならば!」
気持ちが決まったフルグレイスは、ユニットを操作し、旋回する。
そんな彼の行動に戸惑うフォース隊の部隊員。
「た、大尉⁈」
彼は止まらない。飛行ユニットは既にフルスロットルだ。寧ろ彼は部下に向けて命令を下す。
「合図したら君達も来たまえ! 今私は猛烈に燃えている。手合わせしたくて仕方がない!」
そう言いながら、ユウの乗る無名に向かって————突撃を開始した。
「何……!」
有利な状態を捨てた? あのまま撃ち続けていれば、無名にダメージを与えられたかもしれないというのに?
エース部隊なのか疑う行動である。正気の沙汰ではない。
戸惑うユウであったがそんな暇などなく、高速で迫る敵機はセミオートのライフルで無名に向けて射撃を始めた。
ユウは放たれた銃弾の弾道を予測し、回避していく。
「この距離ならば」
敵からの銃弾を回避するのと同時に、無名はスラスターを吹き、マシンガンを発砲しながら接近する。先程の距離だとマシンガンの弾は届かなかったが、敵機が自分から近づいてきてくれたお陰で、今はもう届く。しかし————
「甘いぞ! 死神!」
フルグレイスは飛行ユニットから機体を下ろし、自身の推力だけで加速する。これにより機体の運動性と機動性が確保された為、無名からの射撃を難なく避けていく。
「アポロン、こいつの性能なら!」
フルグレイスが駆るアポロンは彼専用にカスタムされており、機体色が赤から紫に変更され、両肩部のバーニアの総数が2基から4基に変更。それより、機動力、推進力の底上げが行われている。
彼はアポロンの可動式バーニアを後方へと向け、足元のペダルを一気に踏み込み、無名よりも数倍速い速度で接近する。その速さ、まさにロケットそのもの。風よりも速く、無名へと向かっていく……!
「速い……!」
ユウは腰部のナイフの柄をマニピュレータで掴み、接触と同時に攻撃を試みようとする。正直、1撃で仕留められる相手とは思っていない。装甲1枚剥がせれば十分、といったところであった。
「斬るか! 面白い、やって見せろ!」
対してフルグレイスは分け目も振らずに敢えて誘いに乗る。もはやノリノリである。
縮んでいく両機の間合い。
発砲は止めず、互いに瞬間を狙う。それは、コンマ秒のズレで結末が変わる程だ。どんな形で終わっても、おかしくはない。
————そして、両機は接触する。
間合いに入り込んだ瞬間、無名のナイフが抜刀される。
きらめく一閃は止まることを知らず。吸い込まれるようにアポロンへと伸びていく。
その刹那、アポロンは右のバーニアを地へ向け、そして左のバーニアを天へと向けて可動させた。
すると、地面と並行状態を保っていたアポロンが回転。それにより無名による横一閃の斬撃を回転によって装甲をかすめながらも回避した。
「避けた————⁈」
「当てただと⁈」
すれ違う両機。互いに驚愕する。
手応えがない。外したか?
ユウはそれが分かると地に無名の足を突き刺し、急ブレーキを掛けてスピードを落とす。
「次だ」
攻撃は1度だけではない。武道の世界では、一太刀目に手応えがなかった場合、すぐに次の二太刀目、三太刀目を狙う姿勢がある。これもその世界と同じである。
ある程度速度が落ちると、右手に装備していたマシンガンを背後のアポロンへと向ける。敵は自分の数倍の速度を持っていた。ならば、次の動きに入るまでには時間が掛かる……そう見越しての行動であった。
————しかし、その考えはフルグレイスも同様であった。
無名が振り返り様に銃口を向けた瞬間だった。
ハンマーのようなアポロンの蹴りがマシンガンに炸裂した。あまりのことにユウは目を見開く。なんとアポロンは、無名よりも速く動き、機体の背後に迫っていたのだ。
「何————⁈」
なんという判断の速さ、そして機体速度!
ユウは無名のスラスターを吹かして即座に後退しようとする。
「スペックの差か」
この結果を作り出したのは、フルグレイスの判断の速さによるものもあるが、一番の要因は機体性能だ。アポロンの肩部可動式バーニアはパイロットの体にGによる負担を掛ける代わりに、パイロットの反射能力に無理矢理追いつくことができる。
故に————
「動きが遅いな、死神!」
体に掛かる反動に耐えながら、対抗の眼差しを向けるフルグレイス。彼はスティックレバーを前方に突き出す。
すると、アポロンに搭載された背部、肩部、脚部全てのスラスターに火が付き、フルスロットルで後退する無名に突進した。
「グッ!」
機体同士が激しく衝突し、勢いに乗ったアポロンに無名が吹き飛ばされる。
勢いのあまり宙に浮く無名の体。
しかし、どうにか倒れる前にスラスターを吹かせることに成功し、無理矢理体勢を立て直した。
再び正面を向く無名のカメラアイ。その黄色い眼は、目の前のアポロンを映し出す。
両機の距離は70メートル程。アポロンならばこの距離を詰めるのに数秒と掛からないだろう。
スペック差は歴然。無名レベルの機体では、真っ向勝負でアポロンには勝てない。それは技術と経験で埋められない程だ。
加えてフルグレイス自体の技量も高い。やはりエースと言われるだけはある。事と場合によっては、ユウと大して差はない。
故に、無名で彼に勝つことは不可能。どうユウが自身の技術、経験をフル活用したところで、追い越せるものではないのだ。
—————しかし、フルグレイスは致命的なミスを犯している。
「だが、たとえスペックで押されていおうとも————!」
そこに気がついたユウは、すぐに機体を加速させる。
武装はナイフ1本。これで十分。調達している時間はない。
アポロンは無名の加速に対し、バーニアを吹かせる事なく、ライフルで応戦する。照準が定まり、発砲までの間は約1秒。流石の判断力である。
だが、そこで働くのがユウの戦場経験による弾道予測だ。定まって引き金が引かれる瞬間に機体を動かし、弾丸を回避していく。
ユウは今の敵機の行動を見て、確信する。
「やはり————敵機、オーバーヒート状態」
そう、彼が勘付いたのはそこであった。
先程までアポロンに見せつけられていた圧倒的加速。確かにあれは強力であった。バーニアによるあの速度は、無名では到底辿り着けない。
————しかし、敵TTはそれをあまりにも使い過ぎていた。
普通に考えて、あれ程の速度を長時間維持することができるとは考えられない。理由は、速度が上がる分だけ、それに比例して熱が上がる速度も上がるからだ。
故に、オーバーヒートも早い。それに、先程からフルスロットルでバーニアを酷使していた。ならば余計に早い!
「そうでなければ、脚は止まらない。エースパイロットであれば、余計にだ」
弾丸を避けながら敵機に接近していく。狙いが頭部なら首を曲げて、肩なら半身で、足なら滑らせて。あらゆる動きで射撃に対応する。
対してアポロンは足による後退を始めた。しかし、スラスターによる加速には到底及ばない。
無名は敵機の目の前まで接近すると、右手に持ち替えたナイフでライフルを切り飛ばす。飛ばされたライフルは上空へと舞い上がり、爆散する。
手ぶらになる敵TT。コックピットはガラ空き。たとえ他に武装があったとしても、もう手遅れだ。
「これで」
無名はナイフの刃先を突き出す。
狙いは喉元。この戦闘を終わらせる、決定的一手である。
ナイフは吸い込まれるように喉へと伸びていく。もはやアポロンに止める手立てはない。
そして、アポロンの頭部は跳ね飛ばされる……ことはなかった。
なんと、ナイフは喉元手前でピタッと止まり、静止した。
それは第三者による物理的な静止ではなく、はたまた機体の不調等によるものでもない。他ではないユウ自身によるものであった。
『……何故止めた? 死神』
スピーカーから、若き大尉の声が響く。
対してユウもそれに答えるべく、スピーカーを開いた。
「単純だ。お前からは、殺意を感じなかった。ただ、それだけだ」
ユウの回答を聞き、フルグレイスはフッと笑う。
『なるほど。それにしても、死神というのはもっと恐ろしいものだと思っていたが、これは……まだ若いな』
納得したのか。それとも満足したのか。スピーカー越しでは分からないが、ユウは彼の言葉を不審そうに聞いているのだった。
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