第10話 対面

 荒野の真ん中には、5機のTTが立ち並んでいた。


 燦々と降り注ぐ日光はをユウは忌々しく感じた。

 戦闘が終わり、ユウ達3人とフォース隊の4人が各々の機体から降りて対面する。両者の視線は決して優しいものではなく、常に警戒の姿勢を取っていた。いつ相手が動き出しても、即刻対応できるよう、気を抜こうなどと思ってはいない。


 しかし、それは1人を除いての話である。


「あなた方が噂に聞く正義の味方、アスオス。お初にお目に掛かる。我々は、ゼーティウス連邦国特殊部隊“フォース隊”。私は隊長のフルグレイス・サジャーマン大尉だ」


 敵でも味方でもない関係であるというのに、フルグレイスは彼らに堂々と敬礼をした。


「は、はぁ……?」


 ヘリクは反応に困ってしまう。それもそうだろう。こんな対応をされるなんて、誰が予想できるだろうか?

 そんな彼に、ミレイナが肘を当て、耳元で言う。


「ヘリク、何動揺してんの?」


「ご、ごめん。流石に動揺し過ぎた。でも、敬礼されるとは思わないじゃん? さっき攻撃してきた相手がだよ?」


 非を認めながらも言い訳をするヘリク。

 だが、そう思っているのは彼だけではなかった。

 フルグレイスの横に並ぶフォース隊のメンバー。彼らもまた、フルグレイスに対し不審な目を向けていた。

 流石にここまでされて何もしない訳にはいかないと思ったヘリクは、フルグレイスに言葉を返すことにした。


「わざわざご紹介をありがとうございます。僕達3人は、貧困者支援団体アスオス第3支援部隊所属、ヘリク・ケイナンス」


「ミレイナ・シェイ」


「……」


 彼に続いて、横のミレイナが名を告げた。しかし、そこで流れは止まる。

 ユウは視線を逸らし、口を閉ざしたままだった。


「……君は?」


 そんなユウに、フルグレイスは尋ねる。


「……ユウ・カルディア」


 仕方なく答えるユウ。

 名を聞き、満足したフルグレイスは、ユウに近づく。


「ユウか。それにしても若いな。私も今年で29になるところだが、この技量に至るまで、10年は掛かっている。これでも天才と言われた身であるところだが、君はどうだ? あのTTの操縦技術、研ぎ澄まされた直感と感覚、判断力、どれもエース級だ。10代の若者が辿り着ける境地ではない」


「……」


 ユウの目の前に立ち、見下ろすフルグレイス。次に彼は首を動かし、青空の下で佇む無名へと目を向ける。


「それにあの機体。ここら辺ではマイナーだが、私は知っているとも。ベースのフレームは日本製TTだろう? 現役で運用されていたのは10年前旧式もいいところだ。旧式スペックではあるものの、腐っても日本製であるが故に、整備性や操作性が高く、非常に信頼を得ていたタイプだと聞く」


「分かるのか? そんなところまで?」


 フルグレイスの観察眼の良さにユウは反応する。


「一度君と戦闘をした身だ。それくらいは分かるとも。フレームは日本製がベースではあるが、どうも私が知る形とは似て非なる。各部がカスタマイズされていると見るが、性能アップグレードの為の近代化改修か? それとも現地での応急的改修か? だとしたら相当な元機体へのこだわりだ。だが、それでも総合性能はどうにかアストレアに食いついていけるかどうか……もはやこれは、技量だけの問題ではない。それだけでは埋められない差だ」


 己の目で無名を分析し、その謎を紐解いていく。

 明らかに技量だけでは説明できないその性能。

 日本製の旧式TTへの強いこだわり。

 謎は解いても解いても絡まり合い、解決を邪魔してくる。


 フルグレイスは向けていた顔をユウへと向け、そして言う。


「君のTTの操縦技術は賞賛する。私と同等、いやそれ以上のものだ。しかし、それだけでは先の戦闘は説明できない。アポロンの性能に、あの死神では逆立ちしても届かない」


「……何が言いたい?」


 気がつくと、ユウの目には怒りが宿っていた。はっきり表に出てくる怒りではないが、不思議とそう感じられるような瞳である。

 フルグレイスは続ける。



「————」


 険しくなるユウの表情。

 しかし、フルグレイスの笑みが堪えることはない。寧ろその反応を楽しんでいるかのようであった。


「そう睨むものじゃない。あくまで私の考察、いや妄想だよ。冗談で言ったまでさ」


 フルグレイスはユウから離れ、パイロットスーツの袖下に隠れた腕時計で時間を確認する。

 時計の針が2時に差し掛かろうとするその流れを見て、彼は少し驚く。


「おっと。少々寄り道で時間を使ってしまったようだ。一応誤解ないように説明をしておくと、先程君達アスオスに攻撃を仕掛けたのは、単純な興味故だ。先日、カララバの国境近くの難民村付近で戦闘を行っていた小隊1つが全滅してね。生き残りから話を聞いてみると、黒いTTに襲われた、とのことだ」


 再びユウに視線が向けられる。当然だが、彼に悪びれる様子などない。

 寧ろ彼よりも、ヘリクやミレイナ達の方がギクッと表情と肩を振るわせていた。

 しかしフルグレイスは特に理由を問い詰めることはなかった。怒りを露わにすることなく、逆に納得する。


「確かに、君の腕なら全滅も不思議じゃない。今回の寄り道は、それを確認する為だ。会えるかどうかは賭けだったが、今日の私は運に味方されていたらしい。負けはしたが」


 最後は少々悔しそうに、しかし満足そうに言ったフルグレイスは、部下に向かって「撤収する。すぐに発進だ」と命令し、機体へと足を進め出した。

 命令を聞いたフォース隊は、フルグレイスの思考に疑問を抱くものの「了解」と答えて自機へと向かう。


「ま、待ってくださいフルグレイス大尉!」


 立ち去ろうとするフルグレイスをヘリクが呼び止める。


「あなた方は、本当にそれだけの為にここに?」


 そしてフルグレイスに疑問を投げかける。

 彼の質問にフルグレイスはあたかも当然のように答える。


「2度も言わせないでもらいたい。そうだとも、それだけの理由の為に私はここに来た」


「いや、その、自軍の小隊が被害を被ったその報復はしないんですか?」


 確かに、ここに来る理由などこれ以外に考えられない。軍に被害を与えるなど、普通は報復対象だ。

 しかし、フルグレイスは首を横に振った。


「報復など。あれは君らではなく我々の方に非がある。一般人に危害を加えるなど、我々はよしとしていない。寧ろ感謝している程さ」


「感謝?」


「ああそうだとも。一般人を守ってくれた。それこそ、正義の味方として。それによりパイロット達の命が失われたのは心苦しい損失ではあるが、だが犠牲を抑えられたのは、君らの行動あってこそだ。それに、カララバが君らを敵視しているのに対して、我が国はそうではない。あくまで支援団体として見ている。尤も、よい目を向けているかと聞かれれば、苦い顔をするしかないところだが……しかし、少なくとも私は君達のことを素晴らしい組織だと思っている。好き、とまで行ってもいいだろう」


 彼はそう言うと、歩みを再開する。

 背を向けたまま、こめかみ付近で指2本を跳ねるジェスチャーを行う。そしてチラッとユウに視線を向け、最後の微笑みを見せた。


「そう言うことだ。次に会う時は、共闘してみたいところだ。我々なら、誰も太刀打ちできまい」


 コックピットに入り込んだフォース隊はTTを起動させ、飛行ユニットで飛翔する。

 試験型とはいえ、大した性能だ。ユウはその姿を見て少し関心をした。

 そんな中、ヘリクは1人険しい顔をする。先のフルグレイスの言葉は、彼の中の理念に悪いヒビを入れた。


「……あれが……あの行いが、正しい? 貴方もそう言うのか?」


 人が死んだというのに、肯定されるユウの行動。

 それがあまりにも、彼には認めることができなかった。

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