第16話 機械の体

 時は少し遡る。それは、村にいるカララバ軍に奇襲を掛ける直前だった。

 ユウ達は奇襲するにあたり、カララバ軍を今ここにいるたった3人で倒し切る作戦を立てていた。

 トラックの前でユウは2人に作戦を告げる。


「作戦としては、俺が村にいる敵TTを引きつける。その隙に、2人はトラックで村へ特攻。そして敵歩兵の無力化。これなら住人への被害が出ない筈だ」


「引きつけるって……1人なのは仕方ないとして、できるのかい? そんなこと?」


 率直な疑問を投げかけるヘリク。いくらユウに実力があるからと言っても、あの数の敵を引きつけるのは難しい。

 ユウは言う。


「ミラディエットからの新武装がある。あれで遠距離から煽りを掛ける。それと……経験故の判断だが、恐らく敵部隊は素人だ」


「え? なんでそんなこと分かるの?」


 ミレイナは銃にマガジンを挿入しながらユウに理由を問う。


「先程村の状況を確認した時、敵の機体も確認した。敵のカララバ軍が運用していた機体は、カララバの現主力よりも前の機体だった。前線に最新鋭機が積極的に配備されるのに対し、奴らのほとんどは旧式に乗っていた」


「それが一体?」


「時代に取り残された旧式は基本、辺境基地の防衛に当てられる。辺境————つまり戦火の遠い土地。そんな所に配属された兵士に戦闘経験なんてある筈がない。例えそこに経験者がいたとしても、所詮は少数。戦闘経験0の人員をまとめられる訳がない。そんな部隊が奇襲が仕掛けられたら、正常な判断ができる筈がない」


 そう言うユウであったが、これはたかが予測だ。失敗の可能性の方が高い。だが逆に、他の方法など存在しない。

 それが分かっている2人は不安を持つものの、その内容に頷くしかなかった。


「まあ、焦るだろうね。しかもその隙に私達がトラックで突っ込むんだから余計にね」


「僕にはよく分からないよ。何せ、非戦闘員だからね」


 まるで自分ではどうすることもできないぞと言うように、ヘリクは両手を上げる。


「何を言っている? この計画の要は俺とミレイナだけじゃない。お前も重要だ」


「重要って……やっぱり積極的に人を殺せって?」


 やれやれと言わんばかりのヘリク。しかしその表情にはやはり抵抗の色が見える。

 ユウはその言葉に首を横に振る。


「いや、お前はお前の戦いをすればいい。もはや強要はしない。だがもしその引き金で罪のない人が1人でも助かるなら、覚悟を決めろ」


「覚悟って……」


「やらない後悔もやった後の後悔も、どちらも似たよなもの。ただ、手の汚れ方が違うだけだ」


 ユウはそう言って、ヘリクが手に持つ銃へと目を向ける。やはりその手は、未だに震えていた。








 そして現在。


「くっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ何が後悔だ覚悟だ! 誰だってこんなの嫌にいまってるでしょうがぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 トラックをフルスロットルで走らせながら、ヘリクは叫ぶ。情けなくもありみっともなくもあり、それはもうひどいものであった。

 しかし悲しいかな、もう突っ込んでしまった足だ。もはや引き返すことは許されない。

 トラックの突撃に気がついた村のカララバ兵は、銃口をトラックへ向けて発砲する。

 だがヘリク達が乗るアスオス製のトラックはTT同士の戦闘の中を無理にでも走ることを想定して設計されているので、対人程度の兵器はほとんど通用しない。

 故に恐れるに足らず、なのだがそんなことヘリクには関係ない。銃口を向けられているということ自体が、彼にとって問題なのだ。


「黙って、舌噛むよ!」


 ミレイナがそう言うものの、銃声と銃弾は止まない。ヘリクの恐怖心を煽るばかりだ。


 突撃を掛けるトラックは猛スピードで荒野を駆け抜ける。カララバ兵はどれだけ銃弾を撃ち込んでも怯まずに向かってくるトラックに不気味さを覚え、目の前から接近してくるそれに轢かれたくないが為に転がるように避けた。

 トラックは村の中に入り込むと急ブレーキを掛けて止まる。まるで先程の暴走がなかったかのように、止まった後は実に静かであった。

 村の中心には、脅しを掛けられて固まっている人々の姿があった。彼らも同様に、トラックのことを不気味そうに眺めていた。

 そんなトラックを村のカララバ兵達は取り囲む。その数およそ13。小隊2つ分とは思えない数だ。

 カララバ兵の1人が声を上げる。


「そこのトラック! 我々をカララバ連邦首長国の軍と知ってのことか! 先程の突撃からは、明らかな敵意が見えた! 説明をしてもらおうか、中に入っている反逆者!」


 太い声が響き渡る。取り囲む歩兵の手にはロケットランチャーが握られており、少しでも車体が動き出すようなものなら、容赦なく撃ち込めるように準備されていた。


 トラックの中で、ミレイナは呆れたようにヘリクに文句を言う。


「なんでこんなところで止めたのよ。動きにくいなぁ」


「ご、ごめんて。近くに一般人がいるから、これ以上の特攻は流石にって思って」


「気持ちは分かるけど言い訳はいい。仕方ないからどうにかする。私が引きつけるから、ヘリクはその間に村の人達を遮蔽物の多い所に誘導して。銃のセーフティーは解除しておきなさい」


「わ、分かってるよ」


 焦り慌てるヘリク。それを見て最低限の対人訓練はさせておくべきだったと、ミレイナは痛感する。

 彼女は銃を太もものホルスターに収め、助手席の扉を開ける。目の前には銃口を向ける歩兵が3人。トラックの周りにはあと10人。瞬時に人数を数え、視線を正面へ。


「反逆者って、私達はカララバの国民じゃないんだけど」


 そんなことを吐き捨てながら、銃口の前に出て扉を閉める。


「女か。あとの1人はどうした? いるんだろう?」


「あーごめんなさい。彼、結構怖がりで。できれば私だけにしてくれない?」


 苦笑いをする。しかし、そんな言葉と顔で許してもらえる程、現実は甘くない。


「そうか。なら、死ね」


 歩兵がそう言った瞬間、銃声が空に響いた。

 フルオートで放たれる銃弾の雨。着弾先は————ミレイナであった。

 衣服を破り、肌に着弾する銃弾。ミレイナは声すら上げずに、ただその弾丸を一身に受けた。

 オーバーキルも大概である。普通の人間ならば数発当てれば即死であろうに。しかし彼らは残弾を残さない勢いで、彼女の体に銃弾を浴びせ続けた。


 ————しかし、銃弾を浴びる彼女の体は少しおかしかった。


「う、撃ち方止め!」


 それに気がついた敵歩兵は引き金を緩める。そして、まるでゲテモノを見るかのような目で彼女の体を見る。


「き、貴様……血は? それに、何故、倒れない?」


 中距離からの銃撃を一身に受けた彼女の衣服はボロボロの布切れと化していた。ただでさえ薄着だったというのに、これではミレイナの体も穴だらけ……なんて、そんなことはなかった。

 寧ろその逆。彼女の体は先程の銃撃が嘘だったかのように無傷で綺麗であった。

 女性らしい体つきではあるが、明らかにおかしい。歩兵達はそのことが分かると、一気に顔を恐怖で染め上げた。

 ミレイナは口を開く。


「あれ? 終わり? 今ので銃弾使い切ってくれた?」


 いつもの軽い口調で正面の歩兵達に尋ねる。だが彼らは動揺のあまり声を出そうとはしなかった。周りも確認すると、他の歩兵も同じであった。


「やっぱり、を前にしたら何も言えないよね? なりたくてなった体でもないし。まあでも、こんな体のこんな私にも、できることはある」


 ミレイナは誰に言う訳でもなく、少し悲しそうに呟く。

 太ももに下げられた銃に手が伸びる。周りの歩兵は動揺の為かその動きを止めようとはせず、ただ眺めている。

 しかし、彼らは分かっていない。機械人間である彼女に銃を持たせたら、どうなるのかを。

 銃のグリップに手が届き、握られる。


 ————その瞬間だった。


 ミレイナの銃がホルスターから神速で抜かれた。そして、敵が動き出すよりも速く、その銃口が向けられる。

 攻撃対象は村の被害を増やすロケットランチャーを持つ歩兵達。故に銃口は正面ではなく真横へ。照準を微調節することなく、正確に歩兵の眉間を狙う。

 ズドン————と、引き金が引かれる。放たれた銃弾は狂うことを知らずに真っ直ぐ敵歩兵へと伸びていく。そして的確に眉間を捉え、着弾する。噴き出る血は一瞬。一気に大量出血することはない。


「————次」


 敵の死を確認することなく、ミレイナは次の歩兵を狙う。次の敵の位置は今より真反対、殺した歩兵から180°後ろだ。

 彼女は振り返りながら構える。速さはまさに西部のガンマン。周りの敵歩兵は一切その速さに追いつけていない。まるで、彼女だけ動く世界が違うようだった。

 そして撃ち抜かれる歩兵の頭部。またしても狙うのはロケットランチャーを装備する人間の眉間。使うのは一撃一発。的確に、容赦なく狙っていく。


「クソッ!」


 ミレイナに向けられる歩兵の銃口。死の覚悟が決まっていない甘い殺意だ。

 だが遅い。ミレイナは人を超えた人口筋肉を使い、超人的な速度で動き出していた。

 敵の銃口よりも速く動き、照準が定まる前に至近距離にまで近づき、発砲と同時に身をひねることで避ける。

 そこで生じる敵の死角。その一瞬の隙に付け入り、ミレイナは自身の銃口を歩兵の顎下に突きつけ、そこで言う。


「これが私にできること。命の為なら、人だって殺せる」


 そして、引き金を引いた。

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