第15話 新武装

「なんだ、この村にはこれだけしか食料はないのか!」


 軍服を着た兵士の怒鳴り声が響き渡る。

 彼は今、箱に詰められた食料を手に取り、村の代表者にその少なさを問い詰めている真っ最中だった。

 男の背後には、村の中心に集まる人々に銃口を向け、脅し立てているTTが計6機。ガ・ミジック2機と、カララバの旧式TT“ガ・ファレル”4機であった。


 “ガ・ファレル“は、5年前までカララバの主力を務めていた旧式TTだ。

 ガ・ミジックの元となった機体であり、それ故に似通っている部分が多々ある。

 大きく違う点を挙げるとすれば、まずガ・ミジックとは違い肩部可動式シールドが存在しない。なので、足りない防御力を補うために手持ちのシールドを装備する必要がある。

 次にバックパックが旧式であるので大型になっている。なのでもしバックパックに銃弾などが直撃した場合、爆発するリスクが高い。

 最後にカラーリングが青ではなく、茶色になっている。

 機体性能もやはり旧式なので、総合性能はガ・ミジックの約70%程。現在でも戦えるスペックではあるが、現主力機と比べれば心許ないところである。


 村の人々はTTの前で集められていた。

 数はおよそ30人。男女比率は男3、女7であった。


「か、勘弁してください! 私達はアスオスの支援のお陰で、どうにか生きていられてるんです! これ以上の水や食料はありません!」


 村の代表である若い男は、怯えながら理由を告げる。

 当然、他の村でもそうだ。どの村もアスオスの支援で生きていけている。アスオスは彼らにとっての生命線なのだ。


「なぁにがありませんだ? どうせ裏にはまだ残ってんだろ? 持ってこいよ」


 しかし、戦争を行う軍人にとってそんなことは関係ない。カララバに関しては特にそうだ。無いなら無いなりに搾り取る。もし無理ならば恐怖で分からせる。まさに悪魔そのものである。


「あ、ありません! 神に誓って、私達はそれ以上の物資を————」


 必死に抗う代表者であったが、その瞬間、目の前の兵士から銃口が突きつけられる。銃口はピタリと額にくっ付き、ヒヤリとする冷たい感覚が伝わる。


「あ、あ……」


「言い訳はいい。さっさと出せ。でなきゃ撃つぞ」


 額に圧が加わる。代表者の恐怖が限界を超える。

 しかし、それでも言う。


「だから……ないですって……」


 嘘偽りなく。ハッキリと正直に。

 その代表の男のしぶとさに痺れを切らした軍服の男は、背後のガ・ミジックに向かって言う。


「もうダメだ! 村人を全員撃ち殺せ! 小屋の中を探せば、アメの1個くらいでてくるだろう!」


 命令を受諾し、「了解」とスピーカー越しに返事をするガ・ミジックのパイロット。そしてマニピュレータで握るマシンガンの銃口を、代表者の後ろで怯え固まっている村人達に向けた。


「や、やめて下さい!」


 許しを乞う男。

 しかし兵士は苛立ちを隠せない顔でニヤリと笑う。


「私を怒らせた罰だ。せいぜいあの世で悔いな、家族とな!」


 ガ・ミジックのマシンガンのトリガーに掛かった指が動き出す。人間とは比較にならない大きさの指が、彼らの命を奪い去ろうとする。


 —————瞬間、遠くで銃声が聞こえた。


 銃声はこだまし、空へと響き渡る。

 そして少しのラグの後、金属の破壊音が兵士の背後で聞こえた。


「は—————?」


 銃口を向けていた兵士は、突然の爆音に腑抜けた声を漏らしてしまう。そして、恐る恐る音の鳴った背後へと目をやる。

 そこには、頭部を抉られたガ・ミジックの姿があった。

 ガ・ミジックは頭部を破壊されたことにより機能停止に陥り、引き掛けていた引き金は途中で止まってしまっていた。


「なん、だと—————」


 まさに一瞬の出来事。

 兵士は銃口を額から離し、すぐに周囲に目を向ける。

 一体どこから? あの音は? 今の銃撃は?


 そう思っていると—————2回目の轟音が遥か遠くから聞こえてきた。


 ドゴン! と。

 着弾音がすぐ側で鳴り響く。どうやら、今度はコックピットが撃ち抜かれたようだった。

 その瞬間、兵士は何もかもを理解した。


「まさか……狙撃、だと……⁈」


 どうやら、死神が悪魔を殺しに来たようだ。








「目標の撃破を確認」


 誰に聞かせる訳もなく、コックピットの中で1人呟く男がここに1人。

 モニターにはコックピットを撃ち抜かれ、倒れるTTの姿が映し出されていた。


「狙撃か……慣れないスタイルでどうなるものかと思っていたが、問題はないようだな」


 そう。ユウは村から何キロも離れた岩場から、TT用スナイパーライフルによる狙撃を行っていた。無名を膝立ちの体勢にさせ、片足でバランスを取りながらライフルの銃口を向けている。

 モニターに映し出される敵TTの反応を確認する。残された5機のTTはどうやら無名の存在に気がついたようだった。そして彼らの手に持つ射撃武装の射程範囲に入り込むべく、無名のいる岩場へと接近を始めた。

 あれだけやられて気づかない訳がない。そして黙っている訳もない。それはユウの想定の範囲内であった。


「やはり応戦するか。しかし愚かだ。遮蔽物もなしに無策での接近など」


 ユウは再びスナイパーライフルの狙いを定めようとする。


 TT用スナイパーライフルを使用するにあたり、遠距離支援に対応していない無名の各部には少々手が加えられている。

 まず、狙撃の際の安定性向上の為に無名の膝部分に増加装甲が取り付けられている。これにより狙撃をする際のブレが多少ではあるものの改善された。

 次に、外付けの大型カメラアイが頭部側面に接続されている。元々無名には遠距離の光景をコックピットモニターに映し出せる程の機能が存在しなかった為だ。これにより無名の片方のカメラアイは高倍率で遠くを映し出せるようになり、長距離精密射撃が可能になった。


 ユウは無名に追加された大型カメラアイでスナイパーライフルのスコープを覗く。

 5機の敵TTはスラスターを吹かして推力による高速接近を行っていた。足跡のようにTTの背後を砂埃が舞う。着弾を防ぐ為か、移動は真っ直ぐではなくクネクネと曲線を描いていた。

 確かに、それはユウにとってかなり狙撃しにくい動きだった。規則性はあるものの、砂埃と相まって狙いが定まらない。

 それでも、ユウはスコープを覗きながら銃口を微調整して接近する1機に狙いを定める。狙うは胸部、コックピットの中の人間だ。

 狙うは一瞬。敵の動きを予測し、その軌道に乗った瞬間だ。

 両手で握るコントロールスティックに力が入る。

 呼吸はゆっくりと、深呼吸をすることで安定させ、ほんの少しだけ息を止める。

 そして、引き金を引いた。

 爆発音が轟く。衝撃は機体を伝わってユウ自身にも響き渡る。

 銃口から光と共に射出された対TT弾は、空気を裂き、音を置き去りにして敵TTへと真っ直ぐに向かう。

 結果は————外れだった。しかし狙っていた箇所には当たらなかったが、少し逸れて肩に着弾。その装甲ごと中のフレームを抉った。

 その結果にユウは眉間にシワを寄せた。


「着弾を確認。狙いより数度程のズレあり……そう都合よくはいかないか」


 悔しさと焦りが混ざった言葉を吐き捨てる。だがすぐに切り替え次を狙い始める。

 再びモニターにうっすらと映る照準を、脳内で分析した敵の行動パターンの予測に合わせる。敵の動きはまさに紆余曲折。接近に時間の掛かる遠回りでリスクの高い無謀とも言える戦法が、狙い手を混乱させるにはいいものであった。

 事実、ユウは今まさにそれを実感している。傭兵時代に頼りにしていた後方支援機乗りの苦悩を、今彼は体感しているのだ。


「次は外さない」


 敵機との距離的にこれが最後の狙撃ラストバレット。そのまま接近戦に持ち込んでも問題なく倒せるとは思ってはいるが、少しでも確実性を上げる為に、ここで1機は仕留めておきたい。

 今度こそは丁寧に、正確に。心のテンポに合わせて、自分のペースで。落ち着きながら、確実を狙いにいく。

 そして————第2射が放たれる。

 狙いは当然コックピット。先程1発外してしまった敵TTへの発砲だ。

 放たれた弾丸は狂うことなく敵TTへ。対する敵機は多少の誤差があるものの、ユウの予測軌道に乗っていく。

 交差する現在狙い未来予測。前者はやがて後者へと追いつく……!


 ヒット


 弾丸は見事敵機のコックピット部を貫通する。

 破壊されたコックピットは風穴を開け、ビリビリと電気を帯びながらボカンと爆発する。恐らく中のパイロットも今ので吹き飛んだことだろう。

 ユウは狙撃の成功に少し安堵したものの、すぐに次へと頭を切り替える。

 既にこの岩場は敵の射程圏内だ。手に持つマシンガンを無名に向けて、発砲を始める。銃弾の雨が岩場に激突する。まだ多少の距離があるので無名に当たることはないが、このままでは着弾するのも時間の問題だ。

 そう判断したユウは、無名の腰部に付けられていたスモークグレネードをマニピュレータで掴み、そのまま正面に向かって投げつけた。宙を舞うスモークグレネードは地面に転がると、プシューと中から煙を噴射させ、敵TTと無名との間に灰色の壁を作った。


『怯むな! 撃てぇ!』


 ガ・ミジックのパイロットの声が響く。

 残されたガ・ミジック1機とガ・ファレル3機は、煙のカーテンへ向かってマシンガンを発砲した。

 壁によって相手TTの姿は見えないが、それはあちらも同じこと。しかも、こちら側はそれに対して物量がある。先程は遠距離から好き勝手に狙撃れたが、もはや勝利の天秤はこちらへと傾いている。

 カララバのパイロット達は勝ちを確信する。

 ————しかし、戦場では確実というものが非常に不安定だということを、彼らは知らない。

 ……それは彼らが一斉射撃を始めて10秒程経った頃。勝利で体も心も安堵し出した頃合いでもあった。


 瞬間、煙の中から黒い死神が飛び出してきた。


 煙を跳ね除け、スラスターを吹かし、高速でガ・ミジックの前に躍り出てきたソレは、手に持つTT用ナイフでそのコックピットを貫く。

 響いていた銃声が静まる。どうやら他パイロット達はその一瞬の光景に付いていけず、ついコントロールスティックのトリガーを離してしまったようだ。


「1機撃破。残存する敵数3」


 死神無名の中でユウはカウントする。減らしておいて正解だった。これなら、白兵戦で排除する手間が省ける。

 無名は突き刺したガ・ミジックのコックピットからナイフを引き抜く。ナイフの刃は油で汚れていた。

 敵TTガ・ファレル3機はすぐに気を持ち直し、無名に銃口を向けて発砲を再開し出した。

 しかしもう遅い。ユウは敵が構える前にもう機体を動かしていた。射線上で止まらぬよう、無名による高速移動を行う。白兵戦をするに当たり、狙撃の際に増設していた脚部追加装甲と頭部大型カメラアイはパージされている。これにより、動きに支障が出ることはない。


「距離は十分。ここだ」


 無名は高速でガ・ファレルに接近。銃弾の雨の中、目標にする敵機を壁にするように動き、やがて目標の眼前に立つ。

 ————そして、左腰部にマウントされていた太刀を片手で引き抜いた。

 刃は6メートル。アストレアのロングブレイドに匹敵するその長身で、ガ・ファレルのマシンガンを持つ腕の肩関節を斬り上げる!

 刀身は耐久力の弱い関節部に直撃し、簡単に敵機の腕を跳ね飛ばした。

 怯む敵パイロット。腕を失った瞬間、TTの動きが止まる。

 当然、ユウがその隙を見逃す筈がない。空に向けられた刀身の柄を両手で握りしめ、一気に振り下ろした。

 右肩から左腰まで。まるで豆腐のようにスルリと入り込む太刀の刀身。そのまま装甲を両断し、フレームを破壊し、パイロットを巻き込み、やがて敵TTを斜め真っ二つにした。

 無惨に転がる機械の死体。その光景をユウはモニターで視認する。


「ミラディエット、大した物を渡してくれる」


 自身の整備士の仕事のよさと、気前のよさに感謝と関心をする。

 だがこれでは終わらない。両断したガ・ファレルの背後では、まだ2機の同型機が銃口をこちらへと向けている。

 ユウはその光景を目にしながら、村の方へと意識を向ける。


「こちらは問題ないが、あっちで2人は上手くやれているのか?」


 別動隊として動く2人を、ユウは少々心配していた。

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