第14話 新たな任務
早朝。まだ陽は地平から顔を見せず、光だけを大地へと向けていた。
そんな荒野の真ん中で、蓋のように地面が展開され、中からゾロゾロとトラックがトレーラーを引っ張り地上へと姿を現した。
彼らは地上に出てきた順で別の方向へとトラックを進める。
新たな月の始まり。1日の始まり。
そしてそれは、彼らアスオスの新たな任務の幕開けであった。
荒野の中を走るアスオス第3部隊。
彼らは目的地となる村を目指し、トラックを走らせていた。
窓越しに映る風景は相変わらずまっさら。戦闘を終え、回収されなかった機体の残骸などがチラチラ映るくらい。その残骸の多くは、この無主地帯に取り残された国家無所属の人々の資金源になる。
なので、この荒野には残骸が少ない。デコボコの地平が続くだけだった。
「え? あの村には戻らない? 復興作業は?」
ミレイナは助手席で疑問の声を上げる。ヘリクから告げられた新たな任務、その内容に対してだ。
運転をするヘリクはさらに任務の説明を続けた。
「あの村には僕らじゃなくて、別の部隊が向かうことになった。で、僕らはそれとは別の任務。距離的に少し遠い他の村への物資支援になった」
「なんでそんな……現場を見てた私達の方がスムーズで確実な筈なのに」
ミレイナは口を尖らせる。
その様子を見ながらも、ヘリクは任務の内容の説明を始めた。
「まあそう言わずに。色々と理由はあるんだ。今回の任務は、複数の村を休憩ポイントがてらに支援を行っていく」
「休憩ポイントって……目的は違うってこと」
「うん、今回僕らが向かうのは、前から計画されていた、“ 無主地内村落共同体”への人々の移住計画、その移住先の共同体を担う集落。目的は、そこの発展の為の物資輸送さ」
“無主地内村落共同体構築計画”
アスオスが無主地帯に残された人々を救うべく考案された計画だ。
内容は簡単。海に面した土地で巨大な共同体を作り、無主地内でバラバラになって日々危険に晒されている人々全員を集めて保護するといったものだ。
単純ではあるが、数年前から始まった大掛かりな計画だ。資金的な問題もあり、本格的に移住を始められるのは早くて半年後である。
「移住ねぇ……それまで持つのかな? 私達の活動って」
「持たせるしかない。大丈夫さ。なんてったって、僕らはこれを10年間続けてきたんだ。だから半年だって一年だって問題なく—————」
問題なくやれるさ、なんて安心させるかのようにヘリクが言おうとした時だった。突如トラックの通信が開かれ、彼にとって非常に憎たらしい声が聞こえてきた。
その声は呆れたかのような言い方で、彼らに告げる。
『楽観的だな。そんか考えでは、真っ先に死ぬぞ』
トレーラーの中で待機している無名の中で、ユウは腕を組みながら堂々と通信を介して言う。
流れる少年の言葉は、ヘリクの顔を険しくする。同時にトラックは加速する。それは彼の怒りを表すかのようであり、イラつきを鎮められるかのようでもあった。
「ユウ? 楽観的って?」
ミレイナはユウの言葉に疑問を抱き、理由を聞く。
『言葉のままだ。戦場を甘く見過ぎている。俺ならこんな所、一時も安心することなんてできない』
当然のように述べるユウ。
そんな彼の言葉に苛立ちを隠せないヘリクは、我慢できずに口を出した。
「君さぁ、盗み聞きするどころか空気読まないとか、ホンットに最悪だよ」
『事実を言っただけだ』
だが、ユウも引くことをしない。興味ないように見せかけはするものの、負けず嫌いで頑固なところは(ミレイナにだけは)隠しきれていなかった。
ユウは追い討ちを掛けていく。
『争いとは、常に進化を続けるものだ。以前俺達が遭遇したゼーティウスのエース部隊、あれが全てを物語っている。数年前まで実現不可能だったTTの飛行が、今では形は違えど実戦で運用されるまでになった。もはや、過去の経験は通用しないかもしれない……俺も含めて』
ユウはどうしようもないかのように言った。自身のこれまでの経験が、いずれは役に立たなくなる日が来るかもしれない。それは彼にとっての恐れであった。
「今はそういったことを言ってるんじゃなくて、空気を読めって言ってるんだ。暗くなっちゃった人間にさらに不安を煽るような言い方して。それで何が戦場がなんたらー、だよ全く」
一蹴する。しかし、そもそも互いに話しているステージが違うので、中々噛み合わない。
しかしそれでもユウは反発する。
『理想に花咲かせている場合じゃない。現実を見ず、理想を夢見ることでいつも通りだから大丈夫と安心を作り出す。それは変化の否定だ。いつまでも固まった考えだと、急激な現実の変化に置いていかれる。そして死んでいく。対応しきれない現実に、脳が対処できずにだ』
「だから! 今問題なのはそこじゃなくてだね!」
ぶつかり合う2人。
この前も似たような衝突を見たものだと、ミレイナは呆れを隠せない。「はぁ」と溢れ出る溜息は、その心情を物語っていた。
そんな言い合いが続く昼間。時計の針は既に午後の2時を回っている頃。
————突如、それは起きた。
ヴィー ヴィー ヴィー
ユウの機体に搭載されたレーダーが反応した。
音に驚いたヘリクは反射的にブレーキを踏み、トラックを緊急停止させる。
レーダーの音は消えず、ヴィーヴィーとなり続けている。
「この反応は⁈」
分かり切っているのだが、ヘリクは声を上げてユウに確認を取った。
ユウは言われずともすぐにレーダーを確認し、報告する。
『これは……カララバのTTだ。この先にある目的地の村に複数の反応がある』
近くの岩場の側にトラックを止め、ユウはその大岩の上から双眼鏡を使ってTTが密集する村を見る。
村には計6機のTTが佇んでおり、足元には2台のトラックが置いてあった。トラックはユウ達が使っているような特殊なものではなく、いたって普通のもののようだった。
だが、そんなことよりもユウの目を引く光景があった。
「あれは……」
ユウの視線の先には、悲しむような顔をしながらカララバの軍服を着た男達に物資を渡しす人々の姿があった。
よく見ると、佇むTT達は皆、その銃口を村人達へと向けていた。
「ユウ? どんな感じ?」
隣から肉眼で状況を確認しようとしていたミレイナに話しかけられる。
ユウは見たことをありのままに伝えた。
「強奪だ。カララバ軍が村人に大して物資の強奪を行っているようだ」
「え? 軍が?」
耳を疑うミレイナ。それは、岩下のヘリクも同じだった。
「本当なのかい? ユウ?」
「ああ。TTと歩兵が銃口を向けて、脅している」
ヘリクにそう伝えると、彼は深刻そうに顔を歪める。
「そんな……食料も水も、何もかもが僕らの支援でどうにか生活しているっていうのに。これじゃあ……」
悔しそうに顔を伏せるヘリク。その拳は強く握りしめられ、見ているだけでミシミシと音を奏でるようだった。
「許せないか?」
そんなヘリクにユウは問う。
「え?」
急な問いにヘリクは言葉を詰まらせる。
「あの行いが許せないのかと俺は聞いている。ミレイナはどうだ?」
ヘリクへの問いは視線と共にミレイナへと流される。
その視線と問いに、ミレイナは頷く。
「無理。見過ごせない、あんなの」
彼女の目はやる気に満ち溢れていた。
視線は再びヘリクへと向けられる。
「ヘリク、お前はどうなんだ?」
ユウの視線はまるで針のようにヘリクを刺す。その目からは、年下とは思えない威圧を感じられた。
ヘリクはその圧に一瞬押される。そして本心を口にする。
「どうって……僕だって、許せるわけないよ! あんなこと!」
「なら決まりだ。あのカララバ軍を全員殺す。そして村の人々を救う」
ユウはそう言うと岩を下り、トレーラーへと足を進め出す。その歩みには、少しの迷いも感じられない。
そんな彼をヘリクは呼び止める。
「ま、待って! また人を殺すっていうの⁈」
「そうだ、殺す。無名と俺で」
即答であった。やはり迷いなど微塵も感じられない。覚悟が決まり切っている。
「ダメだ。人殺しなんて、そんなこと————」
「他人事だな」
「ッ⁈」
ユウの言葉にヘリクは動揺する。しかしすぐに立て直し言い返す。
「他人事だって? 僕が?」
「そうだ。自分はTTに乗らないからと言って、簡単に綺麗事が吐ける。それで人が救えたか? あの時も」
1週間前の村での出来事が思い出される。
あの時ユウがTTを全滅させなかった場合、あの村はどうなっていたのか。可能性の話だとはいえ、村の人々は生きていられたのか。
「で、でも……それでも、人を殺すのは————」
「なら、お前が無名に乗れ」
「ッ⁈ そ……それは……」
決め手だった。ユウの一言は、ヘリクを一瞬で黙らせてしまった。
言い訳の言葉は全く出ず、ただヘリクが冷や汗をかくばかり。
反論の気配なし。そう判断したユウは言った。
「……人殺しがしたい訳じゃない。許せないという気持ちは俺も同じだ。だが綺麗事で片付く世の中なら、そもそも戦争なんて起こらない。俺達は存在しなくてもよかった」
あの光景を見て平然を装っていたユウも、ヘリクやミレイナと同じ気持ちだった。あんな行い、許せる訳がない、と。
「けれど、これが現実だ。助けたいのなら自分の手を汚すしかない。理想に浸るのはいいが、それはやがて味方をも殺す」
ユウはヘリクへと歩み寄る。そして歩きながら、腰のホルスターにしまっていた銃を取り出す。
未だに何も言えない彼の前に立つ。そして、銃身を持ってヘリクへとグリップを向け、差し出す。
「どうする? これでもまだ綺麗事か? 人殺しはいけないからと言って、罪のない人々から物資を奪うような奴らと話し合いでもするのか?」
近づく銃のグリップ。
ヘリクの顔は酷い有様だった。汗と恐怖がべっとりと張り付いている。
「お前が決めろ。そもそもこの部隊のリーダーはお前だ。好きな方を選べ」
「ウ、クッ……」
さらに銃は近づく。
ヘリクの体がビクリと震える。
だが、彼も分かっていた。このままの自分の考え、理念、こだわりでは、部隊の足を引っ張ってしまうかもしれない。ほんの少しのブレで、味方を殺してしまうかもしれない。
でも捨てられない。その尊厳だけは捨てられない。人間として、人殺しを容認する訳にはいかないんだ。
けれど—————そんなことを言ってられないのも事実なんだ!
葛藤の末、ヘリクは覚悟を決めた。それは中途半端なものであり、今回だけの一時的なものであり、諦めでもあった。
—————そしてヘリクは、突き出されるグリップを強引に、奪うように掴み取った。
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