第34話 煙からの離脱

 ビリリと、電気の線が走った。

 モニターに映るのは砂嵐が混じった地面の映像。画面はヒビ割れ、一部はもう機能を停止してしまっている。

 コックピット内ではプープーと警告音が響き渡り、危険を知らせていた。


「はぁ、はぁ—————うぐっ!」


 ターラは体を動かそうと力を入れてみるが、割れたモニターの破片が体のいたる箇所に突き刺さり、切り付けられ、それによって動くことができなかった。

 額から流れる血が目に入り込み、沁みる。

 だがそんなことはどうでもよかった。一番重要なのはそこではない。


「一体、何が……」


 困惑、そして疑問だった。

 ディナスと鍔迫り合いをしていた最中、突如として彼女を襲った激しい揺れと、浮遊感、激しいガラス片。

 そして機体は自立することを忘れ、地面に落下した。

 本当に一瞬の出来事であった。両手足が切断され、コックピット部を攻撃されたと理解したのは、その直後であった。

 だが、分からなかった。敵は何をしたのか?

 もう1機からの支援砲撃? いいや違う。だとしたらこんな一瞬で四肢を破壊することはできない。

 では一体、あの攻撃は何だったのか。彼女の中には、その疑問が未だに渦巻いていた。


 ターラは辛うじて動かせる片腕で頭部のカメラを動かし、映す先を空へと向ける。


 そこには、四肢を失ったオルトロスを見下ろす、ディナスの姿があった。

 青いカメラアイが発光し、標的である獲物を睨みつける。いや、それは嘲笑っているとも言える。


「クソ……」


 怒り、悔しさ、恐怖が溢れる。


 そんな彼女の乗るオルトロスに、ディナスは大型ランスの先端を向ける。

 日の光に照らされるランスの赤いボディは、綺麗に輝いているように見えるが、その表面は今まで狩ってきたTTのオイルでコーティングされていた。それはまるで人の血液のよう。血みどろであった。


「嫌だ……私は、まだ、殺されるわけには……」


 ターラは血で濡れた手でレバーを動かし、抗おうとする。 

 しかし、バックパックが損傷している為、動くことはなかった。

 だが彼女はレバーを動かすのを止めない。レーンに沿って何度も前後に動かす。


「ここで死んだら、皆んなを守れない……死んでいった人達に顔向けできない……また、また、見捨てる……」


 動く度に血が流れだす。

 そして服に染み込み血で染まる。

 それでもガチャガチャとレバーを動かす。


「私は……死ぬわけには、行かないんだ!」


 そして鋭く険しい眼光をモニター先のディナスに向け、必死に叫んだ。




「まだ生きてやがんのか。しぶてぇ野郎だ」


 No.44は地面に転がるオルトロスを眺めながらそう呟く。


「ま、案外楽しめたぜ。シュミレーターのレベル6くらいの動きだったから、まあウォーミングアップくらいか」


 ディナスはオルトロスに対してランスを向ける。

 そんな彼の乗るディナスに、僚機であるエムリスがスラスターを噴かせながら接近する。


『No.44、僕の分も取っておいてよ。1人で無双しちゃってさ』


 流れてくる文句の声。確かに、No.45の撃墜数に対して、No.44はその倍以上の戦果であった。

 No.44はそれに苦笑いしながら答える。


「悪ぃ悪ぃ。今度の戦闘で俺ぁは控えめに暴れるからさ、まあここは1つ」


『控えめに暴れるって……約束してよ』


「分かってる分かってる。じゃあとりあえずこいつさっさと仕留めて次行こうぜ。まだ獲物はいるんだ。急がねェと逃げ出しちまう」


 No.44はそう言うと、貫く為に勢いをつけようとランスの先端をオルトロスのコックピットから少し引き離す。

 相手は最早身動きすら取れないが、確実に仕留めておかなくてはならない。これも、彼らにとっては立派な殺戮遊びである。


 —————だがそんな時、彼ら2人の視界が白い何かに包まれた。







 荒野の中を黒いTTが駆ける。

 無名は黄色い瞳を光らせ、全速力で目標地点へと向かっていた。


「ポイントはこの付近。そろそろ見えてきてもいい筈だ」


 砂埃が足跡のように無名の背後で舞う。

 ユウはモニターで周辺を確認しながら、それと同時に燃料の残量も確認する。

 残量を示すメーターは4割を切っている。ユウはそれを見て敵の規模によっては苦戦を強いられるかもしれないと内心で思う。

 だが、補給なんてしていられなかった。その間に、増援を要請した部隊が壊滅するかもしれなかったからだ。


「緊急の事態を常に想定しておく—————やはり俺は、


 悔しそうにしながらも、ホッとするユウ。


 そんな時、無名のレーダーが敵機を察知した。

 数は2。そして味方機が1。

 やがて無名のカメラもその光景を映し出す。どうやらユウはポイントにたどり着けたようだ。


 視界に映るのは赤と青の敵TT。加えて、味方機の信号を発している紫のTTが1機、四肢を切断されて転がっている。

 赤いTTディナスが、紫のTTオルトロスに槍先を向けている。状況から察するに、恐らくトドメを刺す直前なのだろう。


 その状況をユウは瞬時に理解する。


「目標を確認。敵機の数2、味方機の数1—————間に合うか」


 ユウはスラスターをフルスロットルで噴かせる。スラスターの青い光が一気に噴射され、高速で近づいていく。


 そしてユウは手持ちの武装を確認する。

 片手にはマシンガン

 腰部にはショットガン

     太刀

     ナイフ

 そして、スモークグレネード


 ユウは迷うことなく腰部のグレネードをマニピュレータで掴むと、それを目先のTT3機に向けて投げつけた。

 宙を舞うグレネードはTTの足元に着弾した瞬間に爆発し、一瞬にして周囲を白い煙で覆った。


「うおっ! なんだ⁈」


「これは、まさかスモーク⁈」


 煙を前にして驚く2人の少年ベルセルカー

 同様のあまり、オルトロスにトドメを刺すことを中止する。


 その動きが止まる隙に無名は接近し、煙の中に飛び込む。

 煙で覆われていようが、敵位置は既に確定済み。無名は煙の中のディナスに対して捨て身の体当たりをお見舞いした。


「うわぁぁぁぁ⁈」


 あまりの衝撃で地面に倒れるディナス。

 その間に、無名は転がるオルトロスを抱き上げる。

 そして再びスラスターを噴かせ、煙の中から全速力で離脱した。


「兄さん! こんのぉぉぉぉぉ!」


 だが、煙の中のエムリスは離れていく無名の背中に向けて銃口の火を吹かせる。

 煙の中故に無名の姿は全く見えないが、とにかく逃げていった方向に向けてがむしゃらに発砲する。


 しかし、無名はその射撃をスラスターの強制噴射によって確実に避けていく。

 銃弾の雨は止まること知らなかったが、そのような甘い射撃に無名は捕まることはなく、黒いTTは一度安全な場所へと向かっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

地を駆けるは無名のタイタン ザラニン @DDDwww44

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ