第30話 何かが来る

 場所は本部内、ブリーフィングルーム。


 オリードはノア周辺を映し出す円卓を前に、周りに対して指示を行なっていた。


「補給を急がせるんだ。前線は崩壊してないが、不安定なことに変わりはない。壁だけで防げる規模じゃないんだ」


 周りは相変わらず騒がしい。戦闘が始まってそれなりの時間が経つが、当然落ち着きなんてものはなかった。

 あるのは焦り、恐怖、絶望。だがそんな状況下でも皆命を守る為に戦っているのだ。


 —————しかし、懸命に抗う彼らに対し、天は爆発と轟音を下す。


 ドカンと。

 衝撃、爆音、轟音が響く。

 同時にグラリと大きな揺れが大地を襲う。


 ブリーフィングルームにいる人々は、その衝撃を壁やテーブルに捕まることで転ばないように耐えた。

 オリードは円卓に捕まり身を低くすることでその衝撃に耐えると、「またか」と怒りを吐いた。


「戦闘機による上空からの爆撃。古臭い手ではあるが未だに効力は健在、か」


 時代の流れによって衰退した空を飛ぶ戦闘機。TTの台等によってその存在は廃れてきてはいるものの、対人相手や対拠点攻略では未だに使用されているのだ。

 今の爆発と衝撃はまさにそれだ。狙いはこの本部どころか、ノアの内部全域。住民なんて関係のない無差別な攻撃だ。


「壁を破壊できないのなら越えればいい、か。考えとしては妥当だ。被害状況は?」


 オリードは状況確認を急がせる。

 彼のいるこの本部はシェルターの装甲並みの強度がある為、戦闘機程度の爆撃ではそう簡単には堕ちはしない。だが他は別だ。建設途中の場所は紙装甲と言っても過言じゃない。


「シェルターの装甲への被害約30%! 整備中のドッグへの被害は甚大です!」


「今の攻撃でドッグでの負傷者が多数! 補給と整備に遅れが生じています!」


 耳に流れてくる被害の情報。

 オリードは顔を歪ませる。しかし悩んでいる暇など彼には存在しない。


「すぐに救護を回せ。ヘリク達への負担は増えるが、やむなしだ」


 オリードのすぐに指令を下す。それを聞き、周りの人間は再び行動をしだす。

 焦らず、冷静に指示をするオリードであったが、内心にはかなりのストレスが掛かっていた。

 だがしかし、彼はそんな心的状況など無視し、脳を回転させる。


「……何か違和感を感じる。なんなんだ、この無策とも取れる陣形は?」


 オリードは目の前にあるデジタルで戦況を映す円卓を見て呟く。

 彼は円卓に映る数多の敵の反応に違和感を感じていた。

 アリのように群れる赤い表示。機体同士の連携、陣形などはあるとは思われるが、戦略的に見た場合、これではただ物量だけで攻め込んできているのと一緒であった。


「特別な戦略、陣形は見られず、上空からの攻撃を除けばTTによる別動隊等の影も無し。どういうことだ? カララバ側は一体何を狙っている?」


 疑問を呼ぶ敵軍の動き。

 ノアの攻略。それがメインの目的であることは明確だ。

 だが、それにしては何か違和感がある。

 オリードは考えた。しかし、答えは見えてこない。

 彼がその答えに辿り着くのは、今から約10分後であった。







 場所は変わって本部の1階。

 そこは臨時の救護場と化していた。

 送り込まれるは負傷した人々。

 大口径の弾丸で片腕を抉られたパイロットや、爆撃で飛び散った瓦礫にぶつかり頭の中の赤い脳を見せる整備士。爆炎で両目を焼かれた衛生兵など。様々であった。

 故に1階では痛みによる喘ぎと増援を呼ぶ叫び声がやかましいくらいに飛び交っていた。

 そんな中、1階の1室のベッドで頭を押さえながら苦しむ白髪の少女が1人。


「ウッ、クゥ! あああああ!」


 セレスはガンガンと響く激しい頭痛に襲われていた。

 それは自立をしているのが難しいほど痛みであり、意識を保っているだけでやっとの状態であった。

 よって、戦闘が始まる少し前から、この部屋のベッドで体を休めていた。

 しかし—————


「い、たい……痛いよぉ……もう、嫌ぁ……」


 痛みは引くことを知らず、彼女の心と頭を蝕んでいっていた。

 途中までヘリクやミレイナが付き添いで看病をしていたが、戦闘が始まってからは負傷者の救護の為に定期的な様子見程度しかできなくなってしまった。


「—————来る」


 そんな彼女の口が開く。喋ることすらやっとであったものの、我慢できずに、自然と漏れた言葉であった。


「来る—————何か! 何かが来るぅ!」


 怯えるように言うセレス。

 痛みに襲われる彼女の脳に、何かが流れこむ。しかしそれは彼女に向けられたものではなく、無差別的なものであった。

 しかし彼女にはそれが分からない。いや、

 この痛みが、この恐怖が。もう彼女には分からなくなってしまっていた。


 だが、1つだけ確かなことがある。

 それは彼女が口にした言葉—————何かが、来る、ということだけだ。

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