第29話 紫の閃光

 南区域


 銃弾による閃光が空をよぎる。

 光は高速で壁にぶち当たり、装甲を抉っていく。


 戦闘が始まって早1時間。

 この南区域では激しい攻防が続いていた。

 無数の敵TTに対し、この壁の正面である南区域に配備された機体は防衛部隊の10機に加えてアスオスからの4機。機体総数計14機での防衛戦が展開されていた。

 しかし、やはりカララバ軍からの攻撃は激しく、この1時間で4機の防衛部隊の機体が撃墜してしまっていた。

 技量の高いアスオスではあったが、流石にカバーの限界であった。


 だがそんな中—————


『何なんだよこの機体⁈』


 ガ・ミジックに乗るカララバのパイロットの悲鳴が上がった。

 彼は機体のスラスターを使って後ろ向きで後退する。

 巻き上がる砂煙。ガ・ミジックの全力の推力を持って、彼は前線から離れようとしているのだった。


 それは何故か。何故そうまでして逃げるのか。


 理由はそのガ・ミジックを追うノア側の機体にある。

 紫と白でカラーリングされた謎の機体が、そのガ・ミジックに接近しているのだ。

 腰部スラスターバインダーから青い光がほとばしる。

 比較的鈍足なガ・ミジックの速度を凌駕し、機体は眼前に迫る。


『うわぁぁ!』


 照準すら合わせずにマシンガンでの応戦を試みるガ・ミジック。

 しかし既に遅く、発砲前に敵機が握るロングブレイドでコックピットを貫かれた。

 悲鳴が途切れ、刃先で潰れるカララバのパイロット。

 パイロットを失ったガ・ミジックは脱力し、後退の際の速度を殺せぬまま地面へと背中を削った。

 対して敵を仕留めたノアの機体は、地面を滑るように着地する。

 そして、たった今動かなくなったガ・ミジックに頭部の黒いバイザーアイを向ける。


 殺した。たった今、自分は、人を、殺した。


 その現実が、その事実が、コックピットに乗る彼女の心に刻まれる。自分は罪を犯したのだと。洗い流せない汚れを身につけたのだと。

 だが彼女、ターラ・カザイールは深刻に捉えるものの、落ち込むことはなかった。


「悪い。でも、これは戦場だからな」


 そう謝るように呟く。

 そしてすぐに気持ちを切り替え、戦場を見渡す。


 状況は……良いとは言えない。

 負けるとも言い切れないが、勝てるとも言い切れない。

 ターラは奥歯を噛み締める。そうしていると、コックピットに通信が入る。


『ターラ・カザイール! 前に出過ぎだ! 一旦そこから下がれ!』


 それはアスオスのパイロットからの指示であった。

 確かに彼女は前線に出過ぎている。機体性能が高いので多少の無理が効くのかもしれないが、流石にそれでも過剰な突っ走りであった。

 だが、彼女はそれを拒否した。


「いや。今私がここで引いたら前線維持が出来なくなる。心配すんな、このオルトロスの性能なら、カララバの機体なんぞ恐るるに足らず、ってやつだ」


 ターラはそう言うと足元のペダルを踏み、機体のスラスターを吹かす。そして青い光が発しながら急発進する。

 呼び止める声が響いたが、彼女の耳にはもう届かなかった。


 ターラの自信は彼女の乗る機体の性能があってこそだ。

 というのも、オルトロスの総合スペックはガ・ミジックのおよそ3倍。パワー、スピード、フレーム強度、装甲—————その何もかもが1級品であった。

 故に、彼女もこうして無理ができる。


 機体のスラスターを全て稼働させ、敵TTに急速接近するオルトロス。右に持つ得物のロングブレイドを横に一閃させる。

 対して敵機体ガ・ミジックは左マニピュレータで握っていたアックスでその斬撃を受け止めた。

 飛び散る火花。響く轟音。オルトロスの足が止まる。


「それだけで止まるかぁ!」


 だが、オルトロスのパワーはガ・ミジックを遥かに凌駕する。

 立ちはだかるガ・ミジックのアックス。それをターラはオルトロスの腕力だけで押し飛ばした。

 宙を舞うアックス。勢いのあまり跳ねる敵の腕部。そしてガラ空きになる敵コックピット部分。

 ターラはその一瞬の隙を見逃さなかった。

 オルトロスは空いた敵コックピット前に左腕部を突きつける。その腕部には腕全体を覆う炸薬式パイルバンカーが取り付けられており、その鋭利な杭の先端をコックピット先のパイロットに向けていた。


「潰れな」


 押し込まれる左トリガー。

 瞬間、爆発音と共にパイルバンカーから杭が撃ち出される。

 射出された杭はすぐ目の前のコックピットの装甲を貫き、中のパイロットを潰した。

 抉れる装甲。潰れる肉細工。突き出た杭を引き抜くと、油か血かも分からない黒い液体が踊り出る。そして機人は絶命した。


 敵TTを落としたターラはすぐに周囲をレーダーで確認する。

 レーダーに接近する敵TTの反応あり。

 新たな敵だ。そう理解したターラはオルトロスを動かし、正面を敵TTに向ける。

 敵機との距離は数十m。どうやら敵はアックスによる白兵戦をお望みのようだった。

 ターラは敵機との距離を確認すると、スラスターで機体を加速させた。

 紫の閃光は高速で敵TTに接近する。そして、腰部スラスターバインダーと脚部のスラスターを吹かし、機体を縦に回転させる。

 頭部を中心に360°縦回転するオルトロス。舞い上がる砂塵。その砂塵を連れ、オルトロスは回転を利用しながら敵TTの頭部に下からの片足蹴りを喰らわせた。


 俗に言う—————サマーソルトキックである。


 蹴り上げられた頭部は宙を飛ぶ。

 そして敵機の胴体は蹴られた勢いを殺せずに地面に倒れる。地面にはその衝撃が響いた。

 オルトロスは着地するとすぐに敵機に接近し、そのコックピットにロングブレイドを突きつける。

 そして、


「これが—————私の戦いだ」


 その先端でコックピットを貫いた。




⭐︎⭐︎⭐︎



オルトロス 機体イメージ「ジーライン・ライトアーマー」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る