第26話 完全包囲

 早朝。空はまだ暗い。太陽は顔を出さないが、光の波が地平線を照らしている。テント街の人間は未だに眠っている時間帯だ。


 そんな空の下でユウは1人、誰もいない内壁側を歩いていた。内壁には整備されたTTが皆つま先を揃え、踵と背中を壁に密着している。


 ユウは先程まで機体整備を行っていた。長距離移動での戦闘で機体フレームに相当の負荷が掛かっていたらしく、整備完全終了までえらく時間が掛かってしまった。無名の専属整備士のミラディエットは無茶をするユウのグチグチと文句を垂れ流していた。お陰で彼女は整備を終えるとバッタリと死ぬように無名の前で眠ってしまった


 ユウは彼女の宿舎にミラディエットを送り届け、自身も少し休む為に移動していた。まだ動けないこともないが、整備を終えたら指示があるまでやることはない。


「……あれは」


 そんな移動をしている最中、とある機体が目に止まる。街灯が申し訳程度に付いている為、色もハッキリと認識ができた。

 ユウはその機体に近づき、正面に立って見上げる。


「これがアーテライト製の機体。確か名前は……“オルトロス”」


 オルトロスと呼ばれた機体は他とは違う新しい見た目をしていた。紫と白をベースカラーにしたこの機体の頭部カメラアイには、防塵の為の黒いバイザーが取り付けられており、TT特有の表情というものが見て取れない。

 また、腰部側面のアーマーには膝まで伸びている薄い可動式スラスターバインダーが取り付けられている。実際に動いているところは見ていないが、それだけで高機動なのだと予想がついた。


 ユウでもアーテライト財団製の機体を見るのは初めてだった。噂程度の知識しか耳にしてなかった為、実際に目の前で見ると驚かされる。


「何故財団はこんな機体をここに置いたんだ? ノアに置く必要性でもあったのか?」


 ユウの脳内に疑問がよぎる当然のことだった。確かに目の前にある機体は高性能なのであろう。


 では何故そのように貴重なTTをこの地に置いた?


 普通ならば、戦争をしているゼーティウスかカララバ、そのどちらかに運用させてデータ等を取らせるのが現実的ではないのだろうか? 何もこんな辺境の地に置く必要なんてない。


「何か狙いでもあるというのか? データを取る必要がありながら、こんなこと……まさか」


 嫌な予感がよぎる。考えすぎかとも思ったが、そうでもなければ不自然だったのだ。


「財団の狙いは、この機体を—————」


 —————言い掛けた時だった。


 突如、街灯のように立てられたスピーカーから耳を裂くような警報が鳴り響いた。






「何があった?」


 警報を聞きオリードは本部に駆けつける。

 本部には既に何人かの部隊長と代表が状況把握を始めており、オリードが来たことに気づくと彼に顔を向けていた。その中の部隊長の内の1人はオリードに言う。


「オリードか。ついさっきレーダーに反応があったらしい。熱源から見るにTTの反応だ」


「TTだと? 数は?」


「ざっと数えると100機程。ノアの壁全方位を完全に囲い込んでいる」


 総数約100。これはかなりの大軍である。まるで自分達も戦争をしているように思えてくる。

 オリードは顔を険しくした。


「まるで殲滅戦だな。強者が弱者に行う一方的な虐殺。嫌いな言葉だ」


「どうするんだ? 今ここではお前がトップだ。つまりこの場合はお前が判断することになる。どうするつもりだ?」


 ここにいる全員が様々な顔をしている。怒りを表す顔や、心配と恐怖の顔、そして希望を失わない強い顔だ。

 そんな彼らの前で、オリードは口を開く。


「当然、徹底抗戦だ。ここで引いても被害は出るし、ここを作る為に動いた人々が報われない。それに、今ここで生きる人々の居場所がなくなるのは何としても防がなくてはならない。そうだろう?」


 オリードの言葉に皆が頷く。その通りだと。自身を奮い立たせ恐怖を打ち消す。

 彼は続ける。


「そうと決まれば早速行動に移ろう。TT部隊を全方位に展開。アスオスからも今ここにある全戦力を出そう。指揮は私が取る」


「オ、オリードさんがなさるのですか?」


 ノアの代表の内の1人が驚く。


「はい。若造ではありますが、私はこれでも過去にとある国で指揮官をやっておりました。なので今回は私がやりましょう」


 代表に対して丁寧な口調で答えるオリード。

 その後も彼は細かい指示等を行っていく。戦闘時の陣形からテント街の人々の誘導まで。事細かく的確が下される。

 そんな中、オリードはとあることに気がつく。


「ヘリク……ヘリクはどうした?」


 声を上げ、ブリーフィングルーム内を見渡す。しかし、名を呼んだ人物の姿はない。いるものだと思っていたヘリク・ケイナンスがここにいないことに、彼は初めて気がつくのだった。

 そんな彼に側にいた男が教える。


「ヘリクさんなら体調不良者を訴えた人の所で付きっきりで看病していた筈です。昨日の夜遅くのことだったので今は分かりませんが」


 彼の言葉を聞き「そうだったのか」とオリードは納得する。そこでオリードはその男に対して言う。


「なら今からヘリクを探しに行ってくれないか? そしてもし動けるようになったら医療班に手を貸すように伝えてくれ。彼の医者としての技術は今一番重要だ。頼めるか?」


 男はオリードの頼みに対し「分かりました」と承諾すると、ヘリクを探しに駆けていった。

 彼を目で見送ったオリードは、ブリーフィングルームに置かれた円卓に映るレーダーで自軍と敵軍の配置を確認する。厳しい戦いになることは確実だ。だがこれは戦争ではない。命を守る為に実力で争う防衛戦だ。

 オリードは円卓に両手を置き体重を乗せ、ポツリと呟く。


「————さあ、防衛戦といこうじゃないか」

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