第25話 守る為の戦い
ターラに引っ張られたセレスは、とあるテント内に行き着く。テントのサイズは他と変わらず、人3人が入れるくらいであtが。
そのテントの中には1人の妊婦がいた。もう出産間近なようであり、その腹部は膨張している。
「ど、どうぞ。飲めますか?」
セレスはそんな女性にボトルを差し出す。そして女性の体への配慮も忘れない。
「大丈夫です。ありがとう」
女性は感謝を口にすると、ボトルを受け取って中身を飲む。
セレスは長居しても邪魔になると思いテントから出る。出入り口から出た先では待っていたターラが仁王立ちしていた。
そんな彼女にセレスは言う。
「問題なく飲んでいました。素人目線なので分かりませんが、顔色も良くて体調も良さそうに思えましたよ?」
「そうか、そりゃあ良かった。あんま出歩けなかったらしいから、これで水分は安心だな」
安堵するターラ。その姿を見て、セレスは彼女が優しい人間なのだということを再確認する。助けられた時点で確信していたものの、男勝りな性格、そしてそこから来ているであろう態度言動はセレスにとってはまだ不慣れであった。
そんな中、セレスは気がつく。
「あ、そういえば、す、すみません! 自己紹介がまだでした」
セレスは焦り、頭を急いで下げる。ターラの名前は先程のソン・リンとの会話から知ってたが、面と向かった自己紹介は行っていなかっし、自分だけ名前が知られていない。それは助けてもらった者として、そもそも人として非常に失礼であると思ったからである。
「あー、そういえばそうだったな。じゃあ、アンタ名前は? 私はターラ。ターラ・カザイール」
だがセレスに対してターラは失礼などとは微塵も思ってなく、寧ろそんなこと頭の中になかった。なので軽い反応だった。
「私はセレスです。姓は……諸事情で持ってないです。すみません」
セレスは申し訳なさそうに名を名乗る。
そんな彼女の態度に納得はつかなかったのか、ターラは目を細めた。
「謝んな謝んな。事情なんて誰にでもあることだ。謝る必要なんてない」
ターラは手の平を振り謝罪を拒否する。
セレスの誤り癖は、彼女が初めて目を覚ましたあの日から続いていた。何故そんな癖があるのか、彼女自身にも分かってはいない。
「あ、す、すみま————いえ、分かりました」
再び謝りかけたが何とか持ち返し、承諾する。そして続けて、セレスは気になっていたことを尋ねた。
「あの、唐突なんですけど、ターラさんはアスオス、じゃないですよね。でもこのテント街の人でもなさそうですし」
彼女は何者なのか。セレスが気になったのはそこだった。
アスオスにしては何かが違うし、ここに住んでいるただの一般人だとも思えない。
ターラは答える。
「私か? 私はここの住人さ。だが、守られる側じゃない。私はノアを守る防衛部隊の人間だ」
「防衛部隊……ですか?」
彼女の言葉を復唱する。それにたターラは頷く。
「アスオスが設けてくれたこの共同体は確かに安全性が非常に高い。だが、この地はそもそも戦場の中だ。ゼーティウスは銃口を私達に向けることはないが、問題はカララバの奴ら。私達無主地帯の人間を食い物にし、簡単に銃口を向けてくる。そんな奴らから自身を、そしてみんなを守る為に作られたのが“防衛部隊”。守る為の力だ」
カララバはゼーティウスと違い、アスオスを敵視している。加えて彼らの無主地帯の人間への扱いはまるで昔の奴隷のようなものだ。人権などありはしない。
「ということは、貴方もTTに乗るんですか?」
「ああそうさ。とは言っても実践経験はほとんどない。シュミレーターでの訓練のみだ。センスはずば抜けてるらしいけどな」
ターラは苦笑いする。しかしそこには不安などは感じられない。ただ恥ずかしがっているだけに思えた。
そんな彼女にセレスは聞く。
「恐怖、とかないんですか? こう、死んじゃうんじゃないかとか、人の命を奪っちゃうんじゃないかとかって」
先日ユウにしたような質問であった。だが今回は自身の罪悪感の払拭が目的ではなく、単純に彼女について気になったのだ。
ターラはその質問の返答を悩むことなくハッキリと口にする。
「恐怖なんて私にはないね。ここには私の家族とか、まだ幼い子供とか、老人や障害者だっているんだ。私はそんな人達を守る為に戦ってる。守る為だったら手を汚せるし、悪魔にだって身を捧げられる。だから、恐れの気持ちなんてないのさ、私には」
「守る為、ですか……」
セレスの脳裏にユウの姿が浮かぶ。
やはり似ている……いや、違う。これは先日彼の言っていた考え方、経緯の違いだ。
彼女は人を殺す為ではなく、ただ守る為に戦おうとしている。それは一方的なものとは違うものだ。故にその行動をプラスに捉えることができる。
恐らくターラこそが、彼が明言していた考え方を持った人なのだろう。
「……セレス?」
ボーッとしていたセレスにターラは声を掛ける。
瞬時に我に帰ったセレスはハッとし、そして言う。
「いえ、今のでちょっと考えごとをしてました。良い考えだと思います、ターラさんの考えは」
「そうか? そう言ってもらえるなら何よりだ。実践経験少ない奴が何言ってるんだって話だけどな」
笑いながらそう答えるターラ。
そしてセレスがふと空を見てみると、既にその色は赤く染まり出していた。辺りもだんだんと暗くなっている。
流石にそろそろ戻った方がいいとセレスは思った。
「それじゃあ、私は本部に戻ります。今日は出会えて良かったです」
「そうだな。私もアンタに会えて良かったよ。さっさと本部に戻りな。夜は一応良い子が出歩く時間じゃないからな」
ターラはそう言う。
壁の中とはいえ別れとは寂しいものだ。しかし、すぐにまた会えるだろう。2人はそう確信していた。
セレスはターラに「それじゃあ、私はこれで—————」と別れを告げる。
—————その時だった。
白髪の頭がグラつく。クラゲのようにふわりと髪が揺れたかと思うと、セレスは崩れるように膝を曲げ、持っていたクーラーボックスを地面に転がす。そして空いた両手で頭に押さえ、表情を歪ませる。
「ウッ、ク、ァァ」
絞り出される小さな声。
激しい頭痛が脳細胞を刺激する。
血管が締め付けられ酸素が回らない。
痛みはまるで波紋のように脳を蝕む。
痛い痛い痛い。
刺されるような。
殴られるような。
締め付けられるような。
そんな痛みが少女を襲う。
「ど、どうした⁈」
ターラは同じように膝を曲げてセレスの肩を支える。彼女には一体何が起こっているのかが一切分からなかった。
「だ、大丈夫、です……最近、ちょっと、痛むだけで……でも、これはぁ……」
絞り出る言葉は最小限。かろうじて相手に伝わる程度だ。
痛みは止まらない。
まるで脳自身が何かを拒むかのように。
もしくは危険察知。あるいは警戒信号。
少女の脳は狂うような痛みを発し続けた。
中年の男は強化ガラスの向こうにある2機の機体を眺めながら食事をとる。
赤と青の2色で綺麗に分かれた2機の機体は新品のようであり、新車のように小綺麗な光沢を見せている。
男はテーブル上の皿に乗っかる生の肉を手で掴むと、そのまま口に入れた。クチャリクチャリと、潰れるような、弾けるような咀嚼音が部屋に響く。咀嚼を終えた彼は肉を飲み込むと、口元をナフキンで拭き、呟く。
「カララバめ。雇ったかと思えばガキ共の子守をさせるとか、イカれてやがんのか? こちとら戦いを求める傭兵だぞ?」
つまらなさそうに言いながらワインを飲む男。そして時計を確認する。
「シュミレータに入ってから早1時間か。いつまでやってんだあいつらは」
やがて男の正面に立っていた2機のTTのコックピットが開く。そしてその2機の中から白髪の少年2人が姿を表す。
2人の少年の見た目は瓜二つであり、唯一の違いは瞳の色くらいであった。見た目の年齢は14歳程。顔はそこそこ整っていた。しかし————
「クソが! まだ実践じゃないのかよ! シミュレータじゃものたりねぇんだよこっちは!」
この性格が全てを破壊する。赤眼の少年の壊滅的な声がドック内に響き渡る。
そんな彼をなだめるように、青い機体に乗っていた青眼の少年は言う。
「兄さ————いやNo.44。焦る必要なんてないよ。先生の訓練をこなして楽しく殺せる技術を養う。覚えられるものは少しでも多く覚えた方が、実戦の時楽しくなるし」
「うるせえNo.45! 俺はこんなデータで空っぽな奴らよりも、中身がある本物が見テェんだ! 闘争本能にノックされるこの気持ち、押さえられるわけがないだろ!」
武者震い、あるいは怒り。強烈なNo.44の言葉に、No.45は肩を落とす。気持ちは分かるが、自身の兄にあたる存在の制御不能度合いはどれだけ経っても慣れることができない。
すると、ドックのスピーカーから声が響きだす。
『終わったかーガキ共ー』
「ガキじゃねー! 俺達はベルセルカーだ!」
中年の男の声に、No.44は声を荒げる。そんな彼に対し面倒くさそうに男は言う。
『うっせぇなガキが。まあいい。そんなことよりも、お前ら2人に良い知らせがある』
「ああ?」
喧嘩腰のNo.44。だが対してNo.45は冷静だった。
「良い知らせ、ですか。一体何なんです?」
No.45はスピーカー先の男に尋ねる。男は強化ガラスの中から少年2人を見下ろし、白い歯を剥き出しにしニヤつきながら答えた。
『喜べガキ共、戦場だ。相手は正義の味方様、アスオス。奴らが建てた共同体“ノア”とかいう所への—————襲撃だ』
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