第38話 アップデート

「あー、絶対そこ間違えた……」

「わたしが間違ってるだけかもよ」

「いや、美々ちゃんの方が正解だよ…… だって普通に考えて計算おかしいもん…… あー、やらかしたあ……」


 ついに中間テストが始まってしまい、わたしたちはすでに今日の分のテストを終えていた。


 ようやくいくつかの教科のテストが終わって解放されたのは嬉しいけど、違う意味で終わってしまったというか……


「まあ後悔してもテストの結果は変わらないんだしさ。明日のテストのこと考えようよ」

「そう……だよね……!」


 テストは三日間に分けて実施され、まだあと二日分のテストが残っている。といっても、わたしにとって一番鬼門だった化学がすでに今日で終了したので、残りはなんとかなりそうだ。


「それじゃあまた明日ね」

「うん! ばいばーい!」


 いつも別れる公園の手前でわたしは美々ちゃんに手を振る。


 テストがある日は普段よりも早く帰れる。本当は勉強しなきゃだけど、眠いし、ちょっとだけお昼寝でもしようかな。


「ただいま~」


 そう言って、わたしが靴を脱いでリビングに入ると、上の階からバタバタとした音が響いてくる。


「由衣ちゃん!」

「あ、楓ちゃん。帰ってたんだ」


 久美さんはいないみたいだ。買い物にでも行っているのだろうか。


「茅ちゃんと柚ちゃんは?」

「まだ帰ってないよ」

「そっか」


 そんな会話を交わしながら、わたしは冷蔵庫に入っていた麦茶をコップに注ぐ。


 今でも楓ちゃんとどう接していいのか、はっきりとは分かっていないけど、きっと自然体のわたしでいればなんとかなるだろうと思っている。


 楓ちゃんの好きという気持ちを受け入れることはできていると……思う。たぶん。


 まだ出会ってちょっとしか経ってないよね?とか、わたしのどこらへんの要素を好きになることがあるんだろうか、とかいう疑問はあるけれど、そんなことを聞く勇気はまだ持ち合わせていない。


「じゃあわたし部屋に戻るね」

「うん、わたしも行く!」


 そう楓ちゃんが言うので、一緒に階段を上って行く。


 さっきまで感じていた眠気がだんだん小さくなっていっているような気がする。このまま勉強でもしようかな。


 自分の部屋のドアノブに手をかけ、扉を開き、そのまま閉めようとした……のだけど、後ろからわたしのあとを付いてきている人がいた。


「えっと、楓ちゃん? どうかした?」

「……? なんでもないよ?」


 そう言いながらも、わたしの部屋に入ってきて、床にちょこんと座り始めた。


 わたしはとりあえず部屋の扉を閉める。


 ど、どういうこと? さっき「わたしも行く!」って聞こえたような気がするんだけど、自分の部屋に戻るってことだよね? え、わたしの部屋に来るってこと……?


 楓ちゃんはにこやかに笑顔を浮かべながら、わたしのことを見つめている。


 どういう状況なの、これ……?


「楓ちゃん、勉強はしなくていいの?」

「大丈夫!」

「そ、そっか……」


 大丈夫とはっきり言い切れるのはすごいけど……


 勉強もお昼寝もできそうにないこの状況を疑問に思いながら、とりあえずわたしも床にちょこんと座ることにした。


「どうしたの? なんか話したいことでもある?」

「うーん。話したいというよりかは、一秒でも同じ空間にいたいなって。由衣ちゃんと同じ空間の空気を吸えてるだけで満足というか。つまり由衣ちゃんのことが好きってこと」


 なんか楓ちゃんがすごいこと言ってるような気がするのはわたしだけだろうか。


 わたしの中で確立されてきてた楓ちゃんのイメージが今の楓ちゃんと違いすぎて、脳内の処理が追い付かないんだけど。


「えっと、同じ家に住んでるんだから同じ空気は吸えてるよね? わざわざ楓ちゃんがわたしの部屋にいなくても……」

「全然違うよ! 同じ部屋にいるってことは同じ空気を吸ってるだけじゃなくて、普段は見れないはずの由衣ちゃんを間近で見れるってことなんだよ!? しかも動いてるの! 由衣ちゃんは止まってても可愛いんだから、動いてたら百倍可愛いのは当たり前なんだからね!?」

「お、おう……」


 ……よし、もうこれ以上この話をするのはやめよう。わたしなんかが入ってはいけない境地に足を踏み入れてしまった感が強い。


「あ、動画撮ってもいい?」

「え?」

「ねっ、お願い! 絶対誰にも見せないから!」

「いや……」

「個人的に楽しむだけにするから!」

「……………………」


 一瞬脳内でいろんな感情が混ざりに混ざりまくったが、わたしは全てを諦めることにした。


「……………………どうぞー」


 どうやら楓ちゃん情報のアップデートが必要なみたいだ。

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