第18話 一緒に行きたい!
「由衣ちゃん、恋人っているの?」
「……ひぇ?」
美味しい食事。楽しい会話。面白いテレビ。何気ない普通の幸せな夜ご飯。
わたしに突如として、心臓がドキッとするような質問が投げかけられた。
「い、いないですよ!」
わたしは箸を止めてそう答えた。
「えー、そうなんだ? 由衣ちゃん可愛いから恋人の一人や二人いてもおかしくないのに」
「二人いるのは問題だと思いますけど……」
「あ、じゃあ好きな人は?」
「い、いやー……」
そんなヒヤリとするようなことをわたしに聞いてくるのは久美さんだ。
他の家庭ではお母さんとこういう恋愛の話をするのが普通なのだろうか。
お父さんは仕事からまだ帰っていなくてこの場にはいない。それはまだいいとしても、ここには楓ちゃんも茅ちゃんも柚ちゃんもいる。
「あ、あはは、どうですかねー」
好きな人なんていないならいないとはっきり言えばいいことではあるけれど、普通に家族の会話としてこういう内容の話をするのがどこか気恥ずかしい。
そんな理由でわたしは答えをはぐらかすことにした。
「……お姉ちゃん、いるの?」
「え?」
隣に座っていた柚ちゃんが真顔でわたしの顔を覗き込んでくる。
「好きな人。いるの?」
「え、いや、その……」
(なぜにそんな真顔で……)
わたしはついついしどろもどろになってしまった。
柚ちゃんだけではなく、わたしの答えを聞くためにみんなの箸が止まっている。
もしわたしが今、柚ちゃんと二人で恋愛トークをわいわいと楽しんでいるなら、「えー、そんな人いないよー」と軽く言えたかもしれない。
がしかし、残念ながら今のわたしはそんな軽く言えるような状況には置かれていなかった。
久美さんと妹三人の視線がわたしに真っ直ぐと注がれているのだ。
(やめてやめて! わたし、注目されるとアガっちゃう人間なんです!)
たった四人からの注目だとはいえ緊張してしまう。
わたしは胸に手を当てて、小さく、本当に小さく深呼吸をした。
お父さんと今までにそんな会話をすることはなかった。
別にわたしに好きな人がいたとしても関係ないじゃん……とは言えないのが家族なのかもしれない。
「いない……けど……」
ちゃんといないと言うのにどこか虚しさもあるけど、やっぱり高校生にもなれば恋人が一人や二人いることって普通なのかな。
いやだから二人も恋人がいることは問題なんだけど。
「そうだよね! やっぱりいないよね!」
柚ちゃんは嬉しそうに笑ってそう言うと、再びご飯をパクパクと口に運び始めた。
あれ? なぜ喜ばれてるんだ? 『いやお姉ちゃんに恋人なんているわけないよねー、ダメ人間なのに』っていうあれか? ふっ、まあちょっと悲しいけど、柚ちゃんにそう思われるなら本望…… というか仕方がない……
「ご、ごちそうさま……」
わたしはお茶碗とお皿を重ね、ボンっと流しに置いて、リビングを後にした。
☆
「何の服着て行こうかなあ」
明日は茅ちゃんと映画を見に行くと決まっている日だ。
茅ちゃんの隣を歩いて「なんだあの隣のモサッとしたやつ」と思われないように、できるだけオシャレをして、できるだけ最大限のメイクをしていかないと。
わたしはクローゼットから明日着ていくための服をいくつか取り出し、どの服にしようか、どの組み合わせにしようかと頭を悩ませていた。
「お姉ちゃんー」
するとコンコンという音と同時にわたしを呼ぶ声が聞こえた。
「あ、はーい」
わたしが返事をすると、部屋のドアが開く。
「あれ何してるの、お姉ちゃん?」
「あ、柚ちゃん。明日遊びに行くから服選んでるの」
「へえ! お姉ちゃんの服可愛いね!」
「お、ありがとう。あ、柚ちゃんどれがいいと思う? 明日どれ着て行こうか悩んでてさ」
わたしはベッドにいくつか服を並べた。
こういうときは自分の考えよりも客観的な意見の方が最適解なことが多い。
ちょちょいと柚ちゃんに決めてもらおう。
「んー、そうだなあ」
柚ちゃんは顎に手を当てて、わたしの服と真剣に向き合っている。
そ、そんな真剣に考えなくても……とは思うけど、単純に嬉しい気持ちもある。
「柚的にはこのワンピースが一番似合いそうな気がする!」
「お、これかあ。うん、じゃあこれにするね!」
最近買ったばかりの春っぽいワンピースだ。
わたしも可愛くて結構気に入っている。
「お姉ちゃん、誰と一緒に遊びに行くの? お友達?」
「ううん、茅ちゃんと行くの」
「……え? 茅ちゃん?」
「うん。ちょっと前に映画に一緒にいかないかってわたしが誘ったの」
「え、待って、柚も行きたい!」
「え?」
「柚もお姉ちゃんと一緒に映画見に行く!」
そ、そんな前のめりになって言わなくても……
まあ二人より三人の方がきっと楽しいので、オールオッケーです。きっと茅ちゃんもその方が嬉しいだろうし。
「うん、じゃあ一緒に行こっか。茅ちゃんに伝えてくるね」
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