第17話 やりすぎ

「す、好きな人とどうやって仲良くなるか?」

「はい。わたし実は今好きな人がいまして……」


 な、なんと!? 楓ちゃんに好きな人!?


 すごく意外だ。楓ちゃんがモテるというのはこの目で見ていて、よく分かっているけど、楓ちゃん自身にもう好きな人ができるなんて。


「え、ええっと、とりあえず座ってゆっくり話そうか?」


 わたしは楓ちゃんを自分の部屋に招き入れ、ベッドの上に座らせた。わたしもドアを閉めて、楓ちゃんの横に腰を下ろす。


「それで? 詳しく教えて?」

「はい。わたし、今好きな人がいるんです。同じクラスなんですけど、どうやって距離を縮めればよいか悩んでまして……」

「同じクラス!?」


 ま、まじか! 同じクラスに好きな人!? ってことはわたしのクラスの中に楓ちゃんが思いをよせている人がいるってこと!?


 ものすごく気になるけど「それ誰誰!?」と聞くほどの勇気はない。


 うちの学校のサッカー部のエースと言われている風見かざみくんだろうか。それとも明るくて人気者の結城ゆうきくんだろうか。


 めっちゃ気になる~! けど……


 わたしは楓ちゃんの好きな人に対する興味をグッと飲み込んで、他のことを聞くことにした。


「楓ちゃんはその好きな人と今どれくらい仲良いの?」


 わたしに恋愛経験はない。誰かを好きになったこともないし、告白された経験もない。


 だからアドバイスなんて無理じゃん!と思われるかもしれない。


 そりゃもちろん実際に恋愛経験がある人には敵わないのはもちろんだ。


 しかし。しかしだ! わたしには今まで積み上げてきた漫画という教科書から得てきた知識があるのだ!


 オタクと自称するほど漫画が好きな訳ではないけど、実は美々ちゃんが漫画大好きで、美々ちゃんの家には少女漫画からラブコメまで幅広い恋愛ものの漫画が揃っている。


 わたしは昔からよくそういう漫画を美々ちゃんに貸してもらったり、直接美々ちゃんの家に行って読むなんて経験があるわけですよ。


 つまり、多少のアドバイスならできる!


 そんな自信があった。


「どれくらい仲が良いか…… そうですね…… 友達以上には確実になってると思うんです」

「あ、そうなんだ?」

「はい。だけどそこからどうしていいか分からなくて……」


 よく言う、友達以上恋人未満というやつだろうか?


 それならもう恋人まで秒読みなんじゃないかな? 何もしなくても、楓ちゃんのままでいけば大丈夫だとは思うけど……


 うーん、それでも恋人まで到達することができないから悩んでいるんだろう。


 よしっ、ちゃんとアドバイスできるように頑張ろう。わたしは頼りになるお姉ちゃん!


 そう自分をマインドコントロールして、わたしは口を開いた。


「楓ちゃんから告白はしないの? 相手に告白して欲しい?」

「そうですね、わたしからしてもいいんですけど、まだそこまでではないというか…… 急に告白してしまったらびっくりしてしまうかな……という感じです」


 あれ、友達以上なのに? んー、よく分かんないけど……


「じゃあさりげないスキンシップをしてみるとかはどう? それか〇〇くんが彼氏だったらなあとかいうセリフを言ってみるとか?」

「なるほど…… ありですね。じゃあ試してみます」

「へ?」


 楓ちゃんがそう言うと、わたしの手の平の上に楓ちゃんの手が添えられた。しかもじりじりと横から距離を詰めてきて、肩がもう触れてしまっている。


 きっと今、わたしが楓ちゃんの好きな相手役として求められているのだとすぐに察した。


 けど……


(ちょ、ちょっと待って! 急にやられるとドキドキしちゃうんですけど!)


 急な楓ちゃんの攻撃により、わたしの心臓は早鐘を打っていた。


 さりげなくと言ったはずなんだけど、家族かつ女のわたしでもこんなにドキドキしているくらいだ。これで男の人が意識しないはずがない。


 すると楓ちゃんがわたしの目を少し上目遣いで覗き込んできた。


「由衣さんがわたしの彼女だったらなあ」

「うっ……」


 わたしは反射的に自分の胸を押さえていた。


 可愛すぎる。これ可愛すぎます、ちょっと。無理無理、これわたしじゃないと耐えられないよ。何この可愛さ? わたしの妹、可愛すぎない? これで落ちない男がこの世にいるの?


「由衣さん、どうですか?」

「う、うん。良かったとは思うけど、これだともうほぼ告白してるようなものというか……」


 さりげなく言う分には構わないけど、こんなに意味ありげに言ってしまったら、もう告白しているのと同じだ。


「そうですか……」

「あ、で、でも全然大丈夫だったと思うよ!」

「そうですか?」

「うん! へへ、やっぱり楓ちゃん可愛いから、ドキドキしちゃったなあ」

「っ…………」


(…………あれ?)


 なぜか沈黙が流れ、楓ちゃんは歯で下唇を噛み締め、眉をひそめている。


 あ、やばい。わたし今ちょっと気持ち悪いことを言ってしまったのかもしれない。


「か、楓ちゃん、ごめ──」


(…………え)


 わたしが「ごめん」と言い終わる前に、気が付くと、わたしの背中はベッドにぴったりとくっついていた。そして楓ちゃんが真剣そうな顔で、わたしの上にまたがっている。


「……由衣さん、好きです。ずっと大好きです」

「え……?」

「可愛すぎるんです、由衣さんは。心臓が苦しいんですけど、どうしたらいいですか?」


(ちょっ、え、どういう!?)


 わたしは状況が飲み込めていなかった。


 どうなってるの!? 楓ちゃんがわたしのこと好き!? え? ええ!?


 この感じで家族として好きなんですーというのは考えづらい。だとすると残された可能性は一つなんだけど…… え、ええええ!?


 わたしは表情には出さなかったけど、内心はものすごく動揺していた。


「か、楓ちゃ──」

「というのは少しやりすぎですかね?」

「……へ?」


(や、やりすぎ……? え、え…… どういうこ── あ、え!? も、もしかして……!)


 このセリフから楓ちゃんの意図を読み取るに、楓ちゃんはまだ好きな人への予行演習をしていたのではないだろうか。


 それをわたしは勝手に勘違いして……


 え、だとするとわたし恥ずかしすぎじゃない!? そんなわけないのに、自分に告白されてるって勘違いしちゃったよ! めっちゃイタイやつじゃん、わたし! うわー、恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい…… とりあえず消えてなくなりたい……


「由衣さん?」

「…………やりすぎだと思います」


 わたしは両手で赤くなった顔を隠しながらそう言った。

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