第30話 紫陽花
最近少しずつ雨が多くなってきた。六月に入ってすでに数日が経過して、梅雨に突入しようとしているからだろうか。これから一か月は雨の多い日が続くことだろう。
六月六日の今日現在も、朝から空一面はグレーで染まり、太陽は姿を見せずに、しとしとと雨が降り続いている。
「あー、今日も雨か…… 髪の毛、めっちゃゴワゴワするんだけど……」
「美々ちゃん、くせっ毛だもんね」
美々ちゃんの髪の毛は湿気からか、毛先の辺りがくるんと、うねっている。
必死に何度も毛先を真っ直ぐに直そうとしているけど、美々ちゃんの髪の毛は言うことを聞いてくれていないみたいだった。
「むー、私も由衣みたいにストレートが良かった……」
「ええ? でも、わたしもそんなに真っ直ぐなストレートってわけじゃないよ?」
美々ちゃんほどのくせっ毛ではないにしろ、実際、髪の毛の上部ではアホ毛がピコンと元気に立っているし、全体的にいつもよりもボサボサしている。
女子にとって、髪の毛に侵入してくる湿気は大敵だ。
「あー、もう早く梅雨終わんないかな。ほんと、一年でこの季節が一番嫌い……」
「わたしは紫陽花が見れるから、別に終わんなくてもいいけどなあ」
「そんなこと言うの、由衣くらいだよ」
「えー、そうかな?」
確かに梅雨が嫌いな人の言い分は理解できる。
髪の毛はゴワゴワするし、傘をさしていても服が濡れたり、外出するのが大変だったり。雨が続くことで気分が下がってしまって、ストレスを感じてしまう人も多い。
だけど、そんな皆々様におすすめなことがある。紫陽花を見よう!ということである。
あの鮮やかな青、紫、ピンク、白……etc.
わたしも雨よりは晴れ派の人間ではあるが、紫陽花を見ると、憂鬱な気分も吹き飛んでしまう。
「紫陽花の何がそんなにいいの? 確かに綺麗だけどさ」
美々ちゃんは不満そうに髪の毛を伸ばしながら、問いかけてくる。美々ちゃんの髪の毛はまだうねっているままだ。
「紫陽花は綺麗なだけじゃなくて、可愛さもあるし、儚さもあるし! 雨に濡れてる紫陽花もいいけど、雨上がりの紫陽花とかめっちゃ綺麗なんだよ! あと葉っぱも綺麗で──」
「あー、分かった分かった」
わたしははっとして口元を押さえる。美々ちゃんは「聞いたわたしが間違いだった」みたいな表情をしている。
しまったしまった。美々ちゃんが聞いてきれるものだから、つい紫陽花の魅力をまくし立ててしまった。
まあ、紫陽花の魅力は語れるけど、なんでわたしがこんなに紫陽花のことを好きなのかは分からない。きっと細胞レベルで何か感じるものがあったんだろう。
「あ、そうだ! 今日、ちょっと遠回りして帰ろうよ! 綺麗な紫陽花が咲いてるとこ知ってるんだ!」
「あー、ごめん。今日は妹に勉強教える約束しててさ」
「そっかあ…… じゃあ仕方ないね」
美々ちゃんは妹なんて別に良いものではないとわたしに言っておきながら、よく勉強を教えてあげているし、妹の心配をしているような言葉を聞くことも多い。
なんだかんだ妹とは仲が良くて、美々ちゃんは面倒見のいい生粋のお母さん気質なのである。
「なら、わたしが一緒に行きますよ」
「え……」
急に甘い匂いがわたしをふわりと包む。
「楓ちゃん!?」
わたしは後ろから抱きつかれ、わたしの肩には楓ちゃんの顔が埋まっているみたいだった。首筋に当たる楓ちゃんの髪の毛がくすぐったい。
前のわたしなら、あたふたと慌てていたところだが、こういうスキンシップにも少しずつ慣れてきたものである。
「いいじゃん。楓ちゃんと一緒に行ってきなよ」
「え、楓ちゃん、いいの?」
「はい。わたしも由衣さんの好きな物を好きになりたいです」
「楓ちゃん……」
楓ちゃんが一緒に行ってくれるというのはすごく嬉しいけど、楓ちゃんの前で変な行動をしてしまはないかが多少心配ではあった。
だけど、そんな心配よりも、わたしの好きな物を好きになりたいと言ってくれることによる嬉しさの方が断然勝っていた。
わたしは少しだけ首を回して、楓ちゃんの方に振り返る。
「よしっ、じゃあ一緒に行こうか!」
「ふふっ、はい」
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