第31話 そういうこと
「じゃあ行こっか?」
「はい」
「美々ちゃーん! また明日ね!」
「はいよー。また明日ー」
放課後。約束通り、楓ちゃんと紫陽花を見に行くことに。
わたしは美々ちゃんに別れを告げ、楓ちゃんと一緒に学校を後にする。
ラッキーなことに現在、雨は止んでいるが、またいつ降り出すかも分からないような空模様だ。もし降ってきちゃったら申し訳ないし、早く行って早く帰ろう。
そんなことを考えながら、手に持っていた傘を軽く引きずりながら歩く。
「………………」
気まずさからか、口をギュッとつぐんで、目をパチパチとさせる。
わたしたちの間には会話という花は咲かず、二人とも車の音や人の声に囲まれながら歩いているだけだった。
な、何か話さねば。
楓ちゃんと二人きりというのは妙に緊張する。
茅ちゃんと柚ちゃんは「妹」っていう認識がしっかりあるけど、楓ちゃんは同い年だし、見た目、中身のどちらを見ても、おおよそわたしの妹だとは思えない。
「……あ、今日、楓ちゃんポニーテールだね?」
わたしは楓ちゃんの髪型から会話の糸口を発見した。
いつもは髪の毛を下ろしていることがほとんどである楓ちゃんの髪の毛は、薄茶色のゴムでくくられていて、歩きながら左右に揺れている楓ちゃんのポニーテールはまさに馬のしっぽだ。
「雨だとゴワゴワしちゃうので、今日はまとめることにしました」
「そっか。可愛いね。似合ってる」
いつも眼鏡をかけている子が眼鏡を外したときみたいに、いつも髪の毛を下ろしている楓ちゃんがポニーテールをしている姿が余計に可愛く見える。
改めてみると、本当に綺麗な顔だ。
小さい顔、切れ長で大きな目、長い睫毛、理想的な横顔。
美人という言葉がぴったり当てはまる。そんな顔をしている。
「……何か顔についてますか?」
「あっ、ごめん。楓ちゃん、可愛いからまじまじと見すぎちゃった」
わたしはへへっと笑いながら、手をすり合わせる。
別に自分の顔が嫌いなわけではないけど、楓ちゃんみたいな子が近くにいると、どうしても憧れてしまう。
せめて勉強だけでも頑張ったら、楓ちゃんみたいな知性のある女性になれるだろうか。
……無理そうだなあ。
「……そういうこと、誰にでも言ってます?」
「そういうこと……?」
「可愛いとかって」
「ええ? どうだろ?」
誰に対しても可愛いって口に出してるわけではないと思うけど。可愛いと思ったとしても、状況的に言わないこともあるし、関係性的に言わないこともあるし。でも可愛いは褒め言葉だし、思ったら言っちゃうのかも……?
「んー、言うこともあるけど、言わないこともある……みたいな?」
「じゃあ美々さんには?」
「美々ちゃん?」
美々ちゃんは…… どうだろ? よく分かんないな…… 昔は「可愛いー!」とかよく言ってたけど、最近は美々ちゃんが可愛いのは当たり前すぎて言ってないような気もする。
「うーん、まあ言ってるんじゃないかな? 美々ちゃん可愛いし」
これ以上考えることがつらくなってきたわたしは、適当なところで答えを返した。
一定時間考えてしまうと、疲れてしまって、わたしの脳は思考をシャットダウンする傾向にあるみたいだ。
「そうですか。できればやめて欲しいですけど」
「え?」
「何でもありません」
楓ちゃんの歩くスピードが少し早くなった。おいて行かれないようにわたしも楓ちゃんのペースに合わせる。
……なんかよく分かんないけど、あんまり機嫌よくない感じ? オーラがいつもよりも冷たいっていうか。曇りのせい?
ただでさえ、じめっとしている空気がさらにじめじめしたように感じる。
「由衣さん」
気まずい空気が流れそうなことを察知したわたしよりも、先に口を開いたのは楓ちゃんだった。
「……手。繋いでもいいですか?」
「え? ……い、いいけど」
とまどいながらも、手を差し出す。
なんでそんなこと……と一瞬言いそうになったが、別に拒否する理由もないし、ここは言うことを聞いておく方がいいと判断した。
わたしよりも0.5まわりくらい大きな楓ちゃんの手にわたしの手が包まれる。
あったかくて、柔らかい。
自分も女子であるはずなのに、女の子の手って柔らかいなあ、なんて思春期男子みたいなことを考えていた。
そこからは短いやりとりくらいで、特にこれといった会話を交わすことなかったが、なぜだか気まずさはあまり感じなかった。
わたしたちは手を繋いだまま、紫陽花のもとへと歩いて行った。
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