第29話 柚の話

 あ、もう言っちゃおうかな。


 そう思ったのは、お姉ちゃんがわたしの嫌いなニンジンを食べている姿を見たとき。


 お姉ちゃんは覚えていないみたいだけど、わたしは昔お姉ちゃんと知り合いだった。


 お姉ちゃんにとっては衝撃事実なことだろう。まあそんなのわたしたちが小学生のときの話だし、いろいろあったから、覚えてなくても仕方がないのかもしれないけど。それに約束をしているから、昔のことは話せない。


 わたしが小学三年生だったある日、風邪をひいたときにお姉ちゃんが今日みたいに、お見舞いに来てくれたことがある。


 その状況があの頃とほとんど変わらない状況だったことに、わたしは懐かしさを覚えていた。

 

 だけど、一つ変わっていたことがある。それはわたしと同じニンジン嫌いだったはずのお姉ちゃんが、ニンジンを食べられるようになっていたということ。


 ああ、お姉ちゃんも変わったんだなって思った。


 その寂しさとお姉ちゃんの優しさとが一緒になって、わたしは「好き」を口にした。どうせ、お姉ちゃんが本当の意味を理解しないということも分かっていたから。


 だけど、本当に何一つ分かっていないみたいで、鈍感だな、とは思った。あれだけこっちは頑張ってアピールしているのに。


 お姉ちゃんは「家族」というものに囚われすぎなんじゃないだろうか。家族だから、というのは通用しないんだと教えてあげたいけど、今言ったところでお姉ちゃんを困惑させるだけなんだろうなとも思う。


 恋愛って難しい。お姉ちゃんはこんなに近くにいるのに、すごく遠くにいるみたいで。


「はあ……」


 思わず漏れてしまうため息も、お姉ちゃんはおろか、誰にも聞こえていない。


 家族って面倒だなあ。しかも近くにライバルが二人もいるしさ。なんでこんなに家族ってだけでややこしいことになってるんだろう。


 きっと今一番焦っていて、二人に嫉妬しているのはわたしだ。


 楓ちゃんはお姉ちゃんと同じ学年で同じクラスだという時点でアドバンテージがある。それにすごく計画的な性格をしているから、きっとわたしよりももっと先を見ていることだろう。茅ちゃんは楓ちゃんみたいに計画的ではないけど、わたしみたいに複雑なことは考えていないはず。あの子は本当に純粋だから。


 その純粋さが羨ましくて、わたしは明るく純粋そうなふりをしているだけ。それが一番モテそうって思ってるから。本当は何も持っていないのに。


 もっと二人みたいになれたら…… 


 ……ダメだ、暗いところにいると暗いことを考えてしまう。


 わたしはベッドから起き上がり、部屋のドアを開けた。


 熱も下がってるし、もうダルさもない。


 今、何時だろう。もうみんな寝てるかな。お腹すいたな。


 そんなことを考えながら、階段を降りていく。


「あ、柚。もう熱下がった?」


 明かりのついたリビングには、茅ちゃんだけしかいなかった。他のみんなはもう寝てしまったんだろう。


 眩しさに目を細めながら時計を確認すると、時計の短針は「1」を指していた。


「うん。こんな時間まで何してるの?」

「別に。なんか寝れないからダラダラしてただけ」


 それなら自分の部屋に戻ってダラダラすればいいのに。


 そう思ったけど、それを口に出すことすら、少し面倒だった。


「なんかお腹すいたなあ。そうだ、チャーハンでも作ろうかな。柚も食べる?」

「え、あ、うん。食べる」


 そう言うと、茅ちゃんは冷蔵庫を開けて中身を物色し始めた。


 ちょうどお腹すいてたし、ラッキー。でも勝手に作ってお母さんに怒られないのかな。


 そんなことを考えていると、ふとある疑問が生まれてきた。


 なんで茅ちゃんはわたしがちょうど起きてきたこのタイミングで動き始めたのだろうか、と。


 いつも通りの何気ない会話のようで、茅ちゃんの声は少し上ずっているように聞こえた。まるで下手な演技をしているみたいに。


 ……もしかしてだけど。


「茅ちゃんさ、実はわたしが起きてくるの待ってた?」

「……ち、違うけど」


 あ、これ違わないときの言い方だ、と一瞬で分かった。


 わたしが夜に起きてくるかもしれないから、寝ないでずっと待っててくれたってこと? そもそも起きてこないかもしれないのに? 心配してくれてたの?


 そう思ったときに、だんだんと心が温かくなっていくのが分かった。本当はどうなのか、はっきりとは分からないけど、そう思わせてくれることが嬉しかった。


 さっきまで家族って面倒だな、なんてことを考えていた。だけど、わたしは今、誰よりも「家族」というものの温かさを感じていた。


「……何、ニヤニヤしてるの」

「ううん、なんでもない。わたしも一緒に作る!」


 もしお母さんに怒られるなら、わたしも一緒に怒られよう。


 そう思える人が、家族がいることがわたしの心を自然と明るくしてくれていた。

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