第36話 相談

「待ってきたこれ! 九十点いくんじゃない!?」


 軽快な音楽と共に、画面に映されている点数がどんどんと高くなっていく。


 美々ちゃんは真剣に画面を見つめながら、祈るようにマイクをギュッと握りしめていた。


「ぬあああ! また八十九点じゃん! あと一点んんん!」


 悔しがる美々ちゃんを見て、わたしは「あはは」と大きな口を開けて笑う。


「あー、もう無理だわ。八十九点から上にいかん」

「もう八十九点だけで三回目だもんね」

「わたしの歌唱力は永遠に八十点台のまま…… 由衣は九十点いってるのに……」

「たまたまだよ」

「たまたまで九十点台は出ません!!」


 ぷくーっとフグのように頬を膨らませている美々ちゃんを見て、わたしはまた笑う。


 美々ちゃん意外と面白いんだよなあ。


「あと時間十二分くらいだけど、どうする? 延長する?」

「ううん、そろそろ帰ろうよ」


 もうすぐ中間試験もあるというのに、カラオケに来たいというお願いにすんなりとOKしてくれるとは思わなかった。


 わたしも普通ならこの期間にカラオケなんて来ることはないけど、どうしても相談したいことがあったのだ。


 制限時間は十二分。


「ねえ美々ちゃん」

「ん?」

「もしもさ、妹に告白されたらどうする?」

「…………ん?」


 しまった。ちょっと直球すぎた。


「いや、別に妹じゃなくてもいいんだけどね! 近しい関係の人に告白されたらどうするかなって!」

「近しい関係? 友達とかってこと?」

「んー、まあそんな感じ!」


 全然そんな感じではないけど。


 相談したい相談したい、という思いだけが先行しすぎて、どういうふうに伝えるかを全く考えていなかったわたしが悪いので、このまま行くしかない。


「え、何、由衣誰かに告白されたの?」

「んー、まあそんな感じ?」

「ええ!? 誰!? 山田!? 山本!? それとも山口!?」

「いやわたしなんでそんな名前に山が付く人にモテるの!? 違うからね!?」


 わたしは興奮している美々ちゃんをなんとか落ち着かせる。


 カラオケの点数待ちのときより興奮してるよ、この子。


「ちょっと誰かは言えないんだけど、美々ちゃんならどうするかなーって。結構仲が良い?感じだからさ。わたしはそんな恋愛として見たことなくて……」


 さすがに本当に妹から告白されましたなんて言えるわけもなく。


 これがわたしの伝えられる精いっぱいだった。


「んー、そうだなあ。わたしだったら付き合わないかもなあ」

「そう……だよね。あ、じゃあさ、もしもわたしが美々ちゃんに好きって言ったらどうする?」

「………………ん?」


 あれ、わたし今結構ヤバいこと言った? なんか言った気がする。


「えっと、それはどういう?」

「ほら! わたしと美々ちゃん仲が良いから例えとして聞いただけで! 別にそういうことではないからね!?」

「あ、そ、そう。いや分かってたけど、びっくりしちゃって。えっと、わたしが由衣に好きって言われたらどうするかだよね?」

「う、うん」


 わたしと楓ちゃんの家族という関係を友達の枠で例えるとするならば、きっとわたしと美々ちゃんの関係が一番そうだろう。


 妙にドキドキするけど、気になるのも事実だ。


「…………そっかってなるかも」

「そっか?」

「うん。付き合うとか付き合わないとかは分かんないけど…… とりあえず好きって言われたことを受け入れて、そこから考える……かな」

「…………へえ」


 受け入れる……か。


 信じられない気持ちが大きすぎて、わたしは起こった事実をちゃんと受け入れられてなかったのかもしれない。


 まずは受け入れるところから始めたらいいのかな。


「考えてどうする?」

「え?」

「それで付き合いたいってなる可能性ある?」


 わたしはそういう気持ちになることはないと思っている。


 もしも逆にわたしが美々ちゃんに好きだと言われたとしても、きっと付き合うことはない。それくらい友達という関係が強いから。


「それは…… 分かんないよ。未来のことなんて誰も決められないでしょ。だからさ。こんなふうにもしものことなんて考えても意味ないんじゃない? これから起こることを一個ずつ受け止めて行けばいいんだよ」

「…………受け止める」


 そっか、そうすればいいんだ。あんまり悩みすぎてもダメなんだよね、きっと。


 起こったことを受け入れて、これから起こることを受け止める。これがわたしのすべきことなのかな。


「……ありがとう美々ちゃん」


 その声と同時に、ピピピと大きな音が電話の音がカラオケボックスの中で響く。どうやら時間みたいだ。


「んじゃあ、そろそろ行こっか」

「うん! ありがとね、美々ちゃん!」

「はいはい」


 もう一度お礼を言って、電話を手に取る美々ちゃんの腕に抱きついた。


 やっぱり美々ちゃんはすごい。いつでもわたしを助けてくれる。


 今日一日晴れなかった心が少しスッキリしていた。

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