第35話 短い一日
『はい。じゃあこの問題分かる人ー』
えっと、髪が長くて、眉毛は平行で、目がおっきくて……
『誰もいないの? じゃあ先生が適当に当てるからねー』
芝野先生の言葉を聞いて、一瞬の緊張が走るが、わたしではない別のクラスメイトの名前が呼ばれたことを聞いて、ふうと息を吐いて安堵する。
授業中だと言うのに、内容は全く頭に入ってこないので、当てられていたら大ピンチだった。
私はシャープペンシルを握って、楓ちゃんをデフォルメした絵をノートに描いていく。
我ながら結構似ているなと思いながら、もう一つ、わたしをデフォルメした絵を隣に描き、楓ちゃんから私に向かって矢印を伸ばす。その矢印の間にはハートを入れ、もう一度、朝の出来事を考えてみる。
わたしは朝、早くに家を出た。すると、楓ちゃんがわたしの後を追いかけてきた。好きな人はいるかと聞かれ、いないと答える。そして楓ちゃんから好きだと言われる。
好き…… 好き…… 好き……
…………うううううううーっ!!!!
わたしは髪の毛がぼさぼさになることなんて一切気にせずに、くしゃくしゃと頭を掻きむしる。
やっぱり何回考え直しても、朝に起こったことは私の記憶の中で変わることはない。
好きという言葉が友情や家族愛である可能性についてはもう百回くらいは考えた。だけど、それでも変わらない。
楓ちゃんがわたしのことを好き……か。信じられないけど、あの雰囲気で勘違いだということはないと思う。いや、これで勘違いだったら恥ずかしいんだけどさ。
これで何十回目かのため息が漏れる。
わたしはどうしたらいいんだろう。今までみたいに、楓ちゃんと話せる自信がない。
つい昨日まで、楓ちゃんとの仲が深まった気がしてるんるんしていたのが嘘みたいだ。
私はもう一度シャープペンシルを握って、私から楓ちゃんに向かって矢印を返す。だけど、ここにハートが生まれることは…… きっとない。
別に同性だからとか、そういうことではない。いや、少しはあるのかもしれないけど。そこよりも楓ちゃんはわたしの妹だから。同性であるという前に、わたしたちは義理だとはいえ、家族なのだ。
家族をそういう対象として考えることはできない。
『はい、じゃあ今日はここまでね。これからすぐにホームルーム始めます。ってことで誰かこのプリント配ってー』
芝野先生の淡々とした声と、授業終了のチャイムがわたしの思考を遮る。
楓ちゃんのことを考えていたら、もう放課後が目の前になっていた。学校の一日ってこんなに短いものだっただろうか。
「由衣さん」
「なっ、何かな!?」
楓ちゃんが振り返って、わたしに話しかけてくる。
まだ一度も席替えをしていないので、わたしと楓ちゃんはまだ前後の席のまま。授業が終わるとすぐに美々ちゃんのところに逃げていたが、これからすぐにホームルームなので、席を立って友達のところへと向かう人はいない。
つまり、今は逃げられないということ。
「今日一緒に帰りませんか?」
「え!? あ、あの! 拙者、今日は美々ちゃんと一緒に帰りまするので! 御免!」
うーん、やばい。明らかに動揺してしまった。しかもだいぶ気持ち悪いタイプの。
「……そうですか。分かりました」
ううっ、そんな悲しそうな顔しないで…… そんな顔されるなら、由衣さん気持ち悪いですねって言われた方がまだいいよ……
少し心が痛むけど、まだわたしの心の整理がついていない。この状態で楓ちゃんと話しても、混乱がさらに極まるだけだと分かっているので、あえて何も言わない。
「はあ……」
ホームルームの最中も考えることは変わらず、ため息が出ることも変わらず。
なんで楓ちゃんがわたしのことを好きなのかも分からないし。
なんてことを永遠と考えていると、ホームルームもすぐに終わって、いつもならようやくかと思う学校から今日も解放される。
「由衣ー、帰ろー」
「うん。ねえ美々ちゃん、今日カラオケ寄って帰らない?」
「お、いいね。行こ行こ」
一人でこの問題を抱えきれる気がしない。
楓ちゃんの名前を出すつもりはないけど、それとなく美々ちゃんに相談したい。あと、普通に歌って頭をすっきりさせたいっていうのもある。ついでに言えば、なるべく家に帰るのを遅くしたいっていうのも。楓ちゃんと顔を合わせないことはたぶん不可能だから。
「由衣ー、行くよー」
「あ、はーい!」
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