第23話 ジャンケン大会

「茅ちゃん……」

「う、うう……」

「そんなに泣かなくても……」

「だってえ、死んじゃうとは思わなかったんだもん……」

「そ、そうだよね」


 あれからカフェで一時間ほど時間を潰し、ようやく本命の映画を見ることができた。


 簡単な言葉しか出てこないけど、めちゃくちゃ感動した。今まで感動系の映画で泣いたことがなかったわたしでも泣くのを我慢してしまうほどだった。


 だけど結局泣くことはなかった。


 まあなぜかって言うと、うーん、なんて言うかな。あんまり集中できなかったのだ。


 横からものすごく鼻をすする音が聞こえてきたからだ。そう、横を見ると茅ちゃんが号泣していたのだ。


 内容的にラスト辺りで主人公の好きな人が亡くなってしまうくだりがあったんだけど、そのシーンになるとあちらこちらからすすり泣く声が聞こえてきた。


 それで隣を見てみるとすすり泣くどころか、茅ちゃんの目からは大粒の涙が流れていた。


「と、とりあえず涙拭こう?」


 わたしは茅ちゃんにハンカチを手渡す。


「は、鼻水ついちゃう……」

「別に良いよ」


 わたしはハンカチを返そうとする、茅ちゃんの手を押し返す。


「ありがと……」


 それにしても茅ちゃんがこんなに泣くなんて意外だ。


 なんとなく茅ちゃんはこういう感動系の映画だとわーっと泣くってよりかは、静かになくようなイメージがあった。


 なんか可愛いなあ。


「どう? 落ち着いた?」

「うん……」

「目赤くなってるね……」


 わたしは茅ちゃんの顔を覗き込む。


 大丈夫かな、明日腫れないといいけど……


「ち、近い……」

「あ、ごめんね」


 そろそろ暗くなってくる頃だ。六時過ぎから雨が降り出すと天気予報で言っていたから、早めに帰った方がいいだろう。


 落ち着いてきた茅ちゃんを見てから施設を出て、わたしたちは駅に向かって歩いて行った。


 ☆


「まじか……」


 さすがにこんなことになるとは思わなかった。


 だって今日の天気予報では夕立程度で、少しすれば雨はやむと言っていたから。


 だけどそんなことにはならず、駅の電光掲示板には電車の運行中止を知らせるおしらせ。そしてそれに戸惑う人たち。


「どうしよう……」

「とりあえずお母さんに連絡…… あ、やば、わたしスマホの充電切れてる……」

「じゃあわたしがするよ」


 そう言ってカバンからスマホを取り出すと、わたしのスマホがプルプルと音をたてた。画面には「楓」と書かれている。


「楓から?」

「うん、そうみたい」


 わたしはスマホをタップして、耳元にあてる。


『楓ちゃん!』

『由衣さん、もしかして今駅にいます?』

『え? うん、いるけど……』

『やっぱり。ちょっと西口の方に出れますか?』

『え、うん、出れるけど……』

『じゃあそれでお願いします』

『え──』


 どうしたの、と楓ちゃんに聞く前に電話は切れてしまった。


「由衣? 楓なんて?」

「なんか西口の方で出てきてって。とりあえず行ってみようか?」

「うん」

「じゃあ、手貸して」

「え?」

「はぐれると良くないから」


 電車が止まってしまったからか、駅の中には混乱している人たちが多くいる。手でも繋いではぐれないようにしないと。


「で、でも……」

「ごめんね、行こう」

「ちょっ──」


 わたしは強引に茅ちゃんの手をとって、西口に向かって歩いて行く。


 西口に行くというゴールを伝えてはあるけど、茅ちゃんのスマホは充電切れてるし、万が一のことがあってはいけない。


 わたしたちが階段を降りて西口に出ると、見覚えのある人物が目に入った。


「え、なんでいるの!?」


 なんとなく想像はしていたけど、わたしたちが西口に出るとそこには楓ちゃんの姿があった。

 

 だけど驚いたのは、柚ちゃんも一緒にいることだった。


「わたしたちも遊びに来てたんです。近くのショッピングモールで柚とお買い物して帰ろうとしたらこの雨で……」

「そうなの! おかげでびしょ濡れだよ。髪の毛もごわごわだし……」


 柚ちゃんはそう言って、口を尖らせて、髪の毛を小さなブラシでとかしている。


「大変だったね……」


 わたしと茅ちゃんはあいにく雨が大降りになる前に駅の中に入ることができたけど、楓ちゃんと柚ちゃんは結構雨で濡れている。


「……で、なんで由衣さんと茅は手を繋いでるんですか?」

「あ、ごめん!」


 わたしは繋いだままだった手をぱっと離す。


 茅ちゃんからは「別に……」という声が小さく漏れる。たぶん怒ってはいないはず。


「はぐれないようにして…… ってあれ、なんで楓ちゃんはわたしたちがこの駅にいるのが分かったの?」

「ちょっと前に由衣さんらしき人を見かけてたからもしかしたら……と思いまして。茅と遊びに行ってるのは知ってましたから」

「あー、なるほど」


 あれ、待ってこれ四人とも家に帰れないってこと?


 それなら早めにどこか泊まるところを探さないと、本当にヤバいことになってしまう。


 楓ちゃんと柚ちゃんも濡れたままだと風邪ひいちゃうかもしれないし……


「えっと、とりあえず久美さんに電話した方がいいよね?」

「それは大丈夫です。もうわたしが連絡しておきました」

「そっか、良かった」

「それとホテルも予約しておきました。幸い明日は休みですし、今日はホテルに泊まって、明日電車が動いてから帰りましょう」

「あ、うん、ありがとう……」


(す、すごい…… わたしが戸惑っている間に楓ちゃんが全部終わらせてる……)


 すごく姉の力を見せつけられた気分だ。やっぱりわたしに姉という役割は向いていないのかもしれない。たぶんこの姉妹の中でわたしが一番しっかりしていない。


「ということで、ここでジャンケン大会を開催したいと思います」

「……え?」


 なに? ジャンケン大会? どういうこと?


「参加者はわたしと茅と柚」

「え、何、どういうこと?」


 茅ちゃんがよく分からないという様子で顔をしかめている。


「予約できた部屋は二人用の部屋が二つ」

「……そういうことね」


 え、どういうこと? なんで今ので理解できたの? というかわたしはジャンケン大会に参加できないの?


「あの、わたしは?」

「由衣さんは不戦勝です」

「なぜに……」

「じゃあ行きますよ。ジャンケン、ポン──!」



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