第44話 三 告白
「お姉ちゃん。ね、お姉ちゃん」
さっきと全く同じ感覚。誰かに呼ばれている感じ。また茅ちゃんかな、と思ってわたしはゆっくりと目を開ける。
「え……」
「ごめんね、起こしちゃって」
しかし、そこにいたのは茅ちゃんでも、ましてや楓ちゃんでもなく、我が家の末っ子、柚ちゃんだった。
幻覚? 夢?
今日は隣で寝ている人がよく変わる。この柚ちゃんはわたしが夢の中で勝手に作り出した柚ちゃんなのではないだろうか。
「本物だよ」
そんな思考が読まれたかのように、柚ちゃんは柔らかい声でそう言った。
わたし、考えてることが分かりやすいのかな……と反省しつつも、柚ちゃんに質問を投げかけてみる。
「えっと、茅ちゃんが先にいたよね?」
「うん、いたよ。そこ」
柚ちゃんに指さされた方向を見て、わたしは目を丸くした。さっきまでわたしの隣にいたはずの茅ちゃんが楓ちゃんの隣ですやすやと眠っていたのだ。
わたしは茅ちゃんにおやすみと言ったあと、どれくらい眠っていたのだろうか。
感覚的にそんなに時間が経った感じはしないけど、少し前に茅ちゃんと会話した記憶を呼び起こしてみる。
「……もしかして、茅ちゃんって一回寝ると引きずっても起きないタイプ?」
「そういうタイプ」
いや血の繋がり凄すぎでしょ。めちゃめちゃ血繋がってるじゃん。完璧な姉妹じゃん。わたしも明日から引きずられても起きない人間になろうかな……
「ねえ、なんでここにいるか聞かないの?」
「えっ、いや……」
確かにそう言われればそうだけど。
この状況が今日で三回も起こると、勝手に慣れてしまっていた自分がいた。
「えっと、深い意味はない……みたいな?」
茅ちゃんは確か、そう言っていた。
楓ちゃんに関しては深い意味があったけど……
「深い意味…… ないと言えばないかもね」
「……? そう?」
よく分からないけど、分かったフリでもしておこう。そんなふうに誤魔化そうとしていたら、柚ちゃんがギュッと私に抱きついてきた。
「ゆ、柚ちゃん!?」
眠さで少しもやがかかっていた頭から霧が晴れていく。わたしは目を見開いて、暗くてよく見えない柚ちゃんの顔を見つめた。
だけど、柚ちゃんは何も反応を示さず、何も答えずで。
わたしはどうしたらいいか分からず、そのまま硬直していた。
いつもの「お姉ちゃーん!」って感じのハグではなさそうだ。雰囲気的にも、目に見て分かるくらいの柚ちゃんの明るさが見えない。夜のせいではなさそうだ。
「柚ちゃん? 何かあった?」
わたしはわたしの胸に顔をうずめている柚ちゃんの頭を撫でながらそう言った。
柚ちゃんはいつも明るいのが特徴だ。だから、今みたいに元気がないときがすごく分かりやすい。
何かあったなら、私が力になってあげたい。そう思うのは姉として当然の感情であり、義務みたいなものだ。
「聞いたの」
「……? 何を?」
「楓ちゃんに好きって言われたんでしょ?」
「え……」
心臓がドクンと波打つ。
「どうしてそのことを……」
「わたしもお姉ちゃんのことが好き」
「え…… え……?」
頭が白くなってしまって、理解が追い付かない感じ。相手が何を言っているのか分からない感じ。こんな感情を味わうのは二回目だ。直近に同じことがあったことをわたしは鮮明に覚えている。
わたしのことが好き……?
それは家族愛とか友情のような「好き」であることを願いたいけど、そうではなさそうなことがわたしを混乱させる。
「柚ね、お姉ちゃんのことが好きなの。気が付かなかった?」
「き、気が付かなかったって…… そもそもわたしたち家族で……」
「でも義理だよ」
「だ、だからって……」
何を言っていいか分からなくて言葉が出てこないような、言いたいことがありすぎて、言葉が出てこないような。
……どうして。どうしてこうも叶わないであろう好意ばかり向けられるのだろうか。
同性だということを割り引いて考えてみても、わたしたちは家族だ。義理だろうとなんだろうと、わたしたちが姉妹で家族という囲みの中にいることは変わらない。
わたしの頭が固いのだろうか。多様性とはこういうことなんだろうか。わたしにはよく分からない。
「なんでみんなわたしのことなんか……」
そもそもの話、そんなに好かれるようなことをした覚えなんてさらさらない。
一目ぼれされるような容姿も持っていないし、何か誇れる長所もない。何もないわたしのことを好きになる要素が思い当たらない。
「わたしのこと…… 覚えてない?」
「え……」
「やっぱり覚えてないよね」
「えっと、あの、どこかで会ったことあったっけ?」
「わたしね、昔、お姉ちゃんのコイビトだったの」
「………………………へ?」
私は素っ頓狂な声をあげた。
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