第11話 救世主
『ねえねえ、諸麦さん』
「はい?」
『諸麦さんって楓ちゃんの妹なんだよね?』
「そうですけど……」
『じゃあ楓ちゃんの電話番号教えてくれよ。楓ちゃん結構ガード堅くてさ。なかなか教えてくれんだよなー』
これで何回目だろうか。
よく知りもしない男子たちに呼び出されるのは。
「いやあの、それは楓ちゃんに直接聞くのがよろしいかと……」
なんでこんな奴にかしこまった言葉を使わねば……と思ってはいるが、実際目の前にある威圧感には逆らえないものである。
『えー、いいじゃん、教えてよ。減るもんじゃないしさ』
減ります。減りますけど。わたしの信用というゲージが。
もし楓ちゃんに嫌われたらあなた責任とってくれるんですか?
無理ですよね?
はい論破。
……なんて心では強気なことを考えているけど、そんなこと直接言えるわけもない。
(どうしよう…… この人、しつこすぎでしょ……)
まだ朝だというのに、わたしのところに楓ちゃんの連絡先を聞きに来た男子生徒はこれで何人目だろうか。
その中でも一番厄介らしき人に現在進行形で絡まれている真っ最中だった。
「無理です……」
『えー、いいじゃん。ね、お願い』
「無理なものは無理なんです……」
お願いだから、さっさと諦めて欲しい。
どんなに聞かれたって教えられないものは教えられないんだから。
『別に教えてくれてもいいじゃん。そんな堅い性格だと、君モテないよ?』
「はあ、左様ですか……」
(ほんとめんどくさいな、この人。てか誰なのよ。まず名前を名乗らんかい)
心の中ではこういう人に対していくらでも言えるのに、喉の奥から先には言葉が出てこない。
もっとはっきり言えたらいいのに……
「由衣? なにして── って、はあ。またか」
「み、美々ちゃんー!」
後ろから、美々ちゃんの声。
救世主様のご登場だ。
「今日何回目なのよ」
「もう七回目ですぅー!」
「ったく。まだ朝よ? これからどうなんのよ」
『ねえ、こっち無視しないでよ。さっさと楓ちゃんの連絡先教えてくれたらいいからさ』
「だから無理なんです!」
(この人、日本語分からないのかな?)
「由衣が無理だって言ってんでしょ? そんなに楓ちゃんの連絡先が知りたいなら自力でゲットしろよ。周りに迷惑かけんな」
『はあ? んだよ、こっちが優しくしてたらよ』
「君、優しさをはき違えてるけど、大丈夫そう?」
『はあ? こいつ──』
そう目の前の誰かさんが怒りをあらわにしたときに、ホームルーム開始の五分前を告げるチャイムが校舎に鳴り響いた。
『……チッ。覚えとけよ』
そう捨て台詞を吐いて、その人はこの場から去って行った。
(ちゃんとホームルームには間に合うように帰るんだ……)
「由衣、大丈夫だった?」
「もうほんと美々ちゃんのおかげで助かった…… あの人、めっちゃしつこかったの……」
今年のしつこいオブザベストイヤーに推薦しておいてあげよう。
「ああいう自分のことしか考えてない奴ってほんとにいるんだね」
「別にわたしに連絡先を聞いてくるのはいいんだけどさ。一回で諦めて欲しいんだよね……」
どんなに詰められたって、教えられないって言ってるんだから。
なのに「いいじゃーん」とか言われると、こっちも「はあ……」ってなっちゃうよ。
「まあまたなんかヤバいやつが来たら、わたしに言って。先生にチクるから」
「お母さんっ……!」
「お母さん言うな!」
なんというカッコよさだろうか。そこら辺の男子よりも余程カッコいい。
わたしもこんな人になりたいものだ。
「じゃ、教室戻ろ。ホームルーム始まっちゃう」
「うん!」
☆
「ありがとうございましたー!」
ここはいろんな季節の花が取り揃えられているお花屋さん。
わたしは放課後、このお花屋さんでアルバイトをしていた。
一緒に働いている人はみんな優しいし、お客さんまで優しい。
やはり花には人を癒す効果があるのは間違いない。
前はチェーンの飲食店でバイトをしていたのだけど、ほんと秒で辞めた。
「あ、ほんとにいるんだ、こんなヤバい人……」っていう人が目の前に、しかも何人もいるんだから、怖くなってしまったのだ。
そのときはスマイル、スマイル、とにかくスマイルのことしか考えていなかったので、今のアルバイト先は天国だった。
一生こういう空間で過ごしたい。
「由衣ちゃん由衣ちゃん」
「はい?」
わたしに話しかけてきたのは、このお花屋さんの店長、
男の人としては少し小柄なとても優しい人だ。
たぶん年齢は四十代前半とかその辺りだろう。
「今日からもう一人新しいバイトの子が入るんだ」
「あ、そうなんですね」
ここはそこまで大きなお店ってわけではないから、雇われているバイトの数も少ない。
だけど少し前に辞めてしまった人がいるらしいので、その分の枠が空いていたんだろう。
「それで今日から新しくその子が入るんだけど、仕事の内容教えてあげて欲しいんだよ。いいかな?」
「はい、大丈夫です」
藤田さんの口ぶりからするに、そんなに年上の人ではなさそうな感じだ。
できれば年齢が近い人の方が嬉しい。
「こんにちはー!」
元気な声と共に、お店のドアが開けられた。
「いらっしゃいま──」
(……え!?)
わたしは入ってきたお客さんを二度見した。
ものすごく見覚えのある人物だったからだ。
「柚ちゃん!?」
「おっ。お姉ちゃんだ。エプロンつけててもやっぱり可愛いねえ」
(え、びっくりした!)
まさかわたしのバイト先に柚ちゃんが来るなんて。
何か花でも買いにきたんだろうか。
というかそれ以外でお花屋さんに来る目的はないわけだけど。
「お、ちょうど良かった。由衣ちゃん、この子が新しいバイトの子だよ」
「……え?」
「由衣ちゃんが喜ぶかと思って、同じくらいの歳の子を選んだんだよ。しかも苗字が同じって運命みたいでしょ?」
「藤田さん!?」
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