第10話 言うとおりだ

「ん……」


 薄暗い天井が視界に広がる。


 カーテンで閉め切られた窓に目をやる。


 そしてその流れで近くにある目覚まし時計を確認する。


 AM6:00。


 カーテンの隙間から小さな光が漏れている。


 朝らしい。


 目覚ましよりも先に起きるなんて滅多にない。


 昨日夜に少し寝てしまったからだろうか。


 なんにしても起床予定だった七時まで二度寝する気にはならない。


「ふう……」


 わたしはベッドから起き上がり、クローゼットを開く。


 少し毛羽立った制服に袖を通し、わたしはドアノブに手をかけた。


 最近の女子高生は朝の準備に大量の時間を消費するらしい。


 そんな最近の女子高生の朝の消費時間内訳の半分を占めているのはメイク。


 わたしも最近の女子高生のはずなんだけど、準備にかかる時間はせいぜい三十分くらい。


 顔を洗って、歯磨きをして、ヘアアイロンでねぐせを直して。


 ほんとそれくらい。


 全くノーメイクのすっぴん状態で毎日登校している。


 理由はまあいろいろある。


 まず普通にメイクが全く下手なこと。


 ネットに上がっているメイク動画を真似したりしたんだけど、なぜだか変になってしまう。


 あとはそもそもメイクにあまり興味がないこととか。


 高校生にもなると、メイクをしない方がおかしいってことは分かっている。


 別に学校に禁止されているわけでもないし。


 だけどこの興味がないっていうのは結構絶大な力を持っているのだ。


 まあ大学生になったらちゃんとしよう。うんうん。


 そんなことを考えながら洗面台の鏡の前でねぐせを直していると、洗面所に人が現れた。


「あ、茅ちゃん」


 目をこすりながらやってきたのは茅ちゃんだった。


「おはよう、茅ちゃん」

「……おはよう」


 いつも通りの茅ちゃんなのに加え、起きたばかりだからか声のトーンが低い。


 わたしは洗面台の前からけて、茅ちゃんに場所を譲る。


「別にいいのに」

「ううん、わたしはこっちの小さい方の鏡で大丈夫だから」

「……そう」


 ここにはもう一つ、壁にかかっている小さいサイズの鏡があるし、ねぐせを直すのはこれで十分だ。


「あ、そうだ。茅ちゃん昨日はありがとうね。すごく助かったよ」


 わたしは昨日のお礼を茅ちゃんに告げる。


「別に。なんかうるさかったから、行っただけだし」

「そ、そっか。でも本当にありがとうね。茅ちゃんがいなかったら大変なことになってたかもしれないから」

「大げさすぎ」


 茅ちゃんの中では大げさかもしれないけど、わたしの中では大げさではなかったりする。


 こんなふうに茅ちゃんは素っ気なく話してるけど、実際はすごく優しい子なんだと思う。


 できればもっと仲良くなりたいなあ。


 でも踏み込みすぎると良くないっていうのは身をもって経験したから、慎重にゆっくり行こう。


「……あの、さ」

「ん?」

「わたしたちって家族じゃん」

「うん、そうだね」

「その、だからさ…… えっと、その……」

「茅ちゃん?」


 茅ちゃんは何か言い淀んでいるようだった。


(はっ…… もしかしてわたし、知らないうちになんかしちゃった!?)


 わたしが気づいてないだけで、何か気に障るようなことをしてしまったのかもしれない。


 なんせわたしは魚の骨も綺麗にとって食べることができないような人間だ。


 ご飯の食べ方が汚くて不快だとか、そういうことだろうか。


 それともよく制服を着たまま寝てしまって、制服をしわしわにしてしまうことに幻滅しているのだろうか。


 それともお風呂……etc.


 言い出したらキリがない。


 何にしても、なかなかすぐに全部の自分のダメなところを変えることは難しかった。


 きっと失態を犯しているに違いない。


 なんて言われるか……


「その、家族なんだしさ…… ゆ、ゆゆ、ゆ……」

「ゆ?」

「ゆ、由衣って呼び捨てにしてもいい!?」


(……え?)


 わたしが想像していたことと茅ちゃんの口から出てきた言葉がかけ離れすぎていることによって頭が混乱する。


 わたしはただ口をポカンと開けることしかできなかった。


「だ、ダメだよね、やっぱり! あはは。今のは忘れて……」


(はっ……!)


 そう悲しそうに言って鏡に向き直る茅ちゃんを見て、わたしは動いていなかった頭をすぐにフル起動させる。


「いやいやいや! すごい嬉しいよ! 由衣って呼んで! ほんと是非!」

「……ほんと?」

「うん! 茅ちゃんからそんなこと言ってもらえるなんて嬉しい!」


 これは少しでもわたしに心を許してくれてると舞い上がっていいのだろうか。


 よし舞い上がろう。


 ひゃっほーい!


「……良かった。あやの言うとおりだ……」

「ん? 誰?」

「う、ううん、なんでもない」


 そう言って、茅ちゃんは小走りで洗面所から去っていった。


 わたしはそれからずっとウキウキしながら、朝の支度を済ませることになった。



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