第14話 謝罪

「ふあ~」

「由衣、さっきから何回もあくびしてるよ?」

「んー、昨日あんまり眠れなくてさ」

「なんか動画でも見てたの?」

「ううん、ちょっといろいろあって」


 いくら美々ちゃんだとしても「妹にドキドキして眠れなかったんだよね、あははー」なんて気持ち悪いことを言う自信はない。


「もう昼休憩なんだからさ。なんとか目を覚まさないと」

「そうだよねー……」


(まあ一時間目と三時間目は寝ちゃったんだけど……)


 美々ちゃんとは席が遠いから気が付いていないんだろう。


 ラッキーラッキー。


「諸麦さん諸麦さん」

「え? どうしたの?」


 クラスメイトの子に話しかけられた。


「誰かが諸麦さんのこと呼んでるよ」

「え、誰だろう……」


 わたしはクラスメイトの子が指を指した方向を見る。


(うわあ…… まじか……)


 教室の扉の前でわたしを待っているらしかったのは、昨日出会ってしまった名も知らぬしつこい男子だった。


 楓ちゃんの連絡先を教えてくれとしつこかった人。


 まだ諦めてなかったのか、この人。


 それともわたしに何か嫌味でも言いにきたんだろうか。


 どっちにしても面倒だ。


「また、あいつか。由衣、わたしも一緒に行こうか?」

「と、とりあえずわたし一人で行ってみるよ」


 わたしも一人で立ち向かえるようにならないと。


「そっか。気を付けて」

「うん……」


 さすがに人目の多い学校で何かされるってことはないだろう。


 それでもちょっと怖いけど……


 わたしは席を立って、緊張しながら教室の扉に向かって行く。


 心臓がドキドキしている。昨日のドキドキとは全く違う、嫌なドキドキ。


「あ、あの、諸麦ですけど…… 何か用ですか……」


 わたしは恐る恐る話しかける。


「諸麦さん。その、昨日はごめん……! ちょ、ちょっとしつこくしすぎたっていうか……」

「え?」


(しゃ、謝罪?)


 怒られることはあっても、まさか謝罪の言葉が出てくるとは思っていなかった。


「じゃ、これでちゃんと謝ったから! じゃあ!」

「え……」


 そう言って、その人は足早にこの場から去って行った。


(ええ……)


 逃げるように去って行った……っていう表現が一番当てはまりそうだ。


 なんだったんだろう。ほんと数秒で帰って行ったな。


 それに結局名前はなんていうんだろうか。


 まあ特に関わることはないだろうから、いいんだけどさ。


 わたしは少し混乱したまま、自分の席に戻って行った。


「由衣、どうだった?」

「えっとね、なんか謝られた……」

「え、あいつちゃんと謝ったの!?」

「うん」


 昨日わたしが楓ちゃんの連絡先を教えないことに対して、あれだけ不服そうにしていたんだから、それは驚く。


 「覚えとけよ……」なんて捨て台詞まで言っていたのに。


 なにか心境の変化でもあったんだろうかな。


 あとで心が痛くなったとか。


「……まあなんでか分かんないけど、先生にチクるようなことがなくて良かった」

「あはは、そうだね」


 ☆


「由衣さん!」

「あ、楓ちゃん」

「一緒に帰ってもいいですか?」

「あ、うん、いいけど、今日は友達と一緒じゃなくていいの?」

 

 昨日は帰りが遅かったからたぶん友達と遊んでいたんだろうな。


 さすが楓ちゃん。わたしよりもクラスに馴染むのが早い。


「はい、今日は大丈夫です」

「そっか。なら一緒に帰ろうか」


 今日はバイトもないし、美々ちゃんも用事があるからって先に帰ってしまったから、もともと一人で帰るつもりだった。


 わたしは教科書をカバンに詰め込んで、楓ちゃんと一緒に学校をあとにする。


「そう言えば、今日片桐かたぎりさん来ました?」

「え、片桐さん?」


 誰だろう。そんな人うちのクラスにいたっけか。


「ほら、あのしつこかった人ですよ」

「しつこかった…… って、ああ! え、もしかしてあの人のこと!?」

「たぶんそうです」


 え、例のあの人って片桐くんって言うんだ。初めて知った。


 もう知らない人のままだと思ってたのに。


「ちゃんと謝りました?」

「え、うん。謝ってくれたけど…… えっと、なんでそのことを楓ちゃんが知ってるの?」


 楓ちゃんにはその片桐くんって人がしつこかったって話も、謝ってくれたって話もしてないはずなんだけど……


「ふふふっ。なんででしょうかね」


(え…… こ、怖! なんで楓ちゃん知ってるの!?)


 太陽に照らされている楓ちゃんの顔は笑っているはずなのに、目だけは笑っていないように見えた。


「ふふ、わたしの由衣さんにあんなことするあの人が悪いんですよ。この世から消えても文句は言えないですよね」


 いや、文句言って! そこはさすがに文句言って!


 あの人ほんとだるいなーとかは思ってたけど、さすがにこの世から消えて欲しいとまでは思ってないから!


「まあ実際はたまたま片桐さんと話しているのを見かけただけですから」

「あ、そうなんだ……」

「美々さんには感謝しないとです」


 それは本当にそう。


 というか、この感じだと美々ちゃんの後ろに隠れてビクビクしてたとこを見られてたってこと?


 最悪じゃん……


「でもこれから何かあったらわたしにも言ってください。いいですか?」

「う、うん、ありがとう……」

「約束ですよ」


 なんか怖いから何かあっても楓ちゃんに言うのだけはやめておこう……


「か、楓ちゃんは優しいんだね……」


 優しさが怖いような気もするけど。


「由衣さんのためですから。……ところで由衣さん」

「ん?」

「昨日、柚と一緒に寝たんですよね?」

「あ……」


(こ、これは……)


「柚だけズルいです。わたしとも一緒に寝てくれますよね?」

「い、いや昨日は──」

「寝てくれますよね?」

「あ、はい……」


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