第13話 あざとさ

「ねえお姉ちゃん。今日こそ一緒に寝てもいい?」

「え……?」


 バイトが終わってわたしたちは家に帰り、少ししてから一緒にソファに座ってテレビを見ていた。


 なんてことない癒される動物系の番組だ。


「この前は楓ちゃんと被っちゃったからダメだったんだよね?」

「そ、そうだけど……」


 まだ楓ちゃんは帰ってきていない。


 もう下校時間は過ぎているはずなんだけど、何をしているのだろうか。


「こら、柚。由衣が困ってるでしょ」


 わたしが柚ちゃんとソファに座って話していると、茅ちゃんが現れた。


「茅ちゃん!」

「ちょ、ちょっと待って、茅ちゃん……」

「なに」

「い、いつからお姉ちゃんのこと由衣って呼ぶようになったの……?」

「さあ? そんなの別にいつからでもいいでしょ」


 茅ちゃんは不敵な笑みを浮かべている。


「お、お姉ちゃん! やっぱり今日わたしと一緒に寝よ! ね、いいでしょ!?」

「柚! 由衣を困らせてるって分からないの? 由衣は別にそんなことしなくていいから」

「ちょっ、勝手に茅ちゃんが決めないでよ!」


 二人はわたしの前でよく分からない火花を散らしている。


(え、ええー……)


 わたしはそんな二人を見て、ただただ呆気にとられていた。


 確かに柚ちゃんと一緒に寝るのはできれば避けたい。


 だってあんな可愛い子が近くで寝てたら、きっと緊張してしまうから。


 それでもわたしのベッドが大きかったらまだ良かったかもしれないんだけど、残念ながら普通のシングルベッドだ。


 さすがに距離が近くなりすぎると思う。


 だけど……


「わ、分かった! じゃあ今日は柚ちゃんと一緒に寝ることにする!」


 喧嘩が始まりそうなこの状況を目の前にして、わたしはこう言わずにはいられなかった。


 呆気にとられているだけではお姉ちゃんとしての役割を果たせない。


「え、お姉ちゃん、ほんと!? やった! ありがとう、お姉ちゃん!」


 そう言って、横から柚ちゃんがわたしに抱きついてくる。


 そんな状況にわたしは「えへへ」と情けない声を漏らす。


「ちょっ、由衣、別にそんなことしてあげなくていいから。迷惑でしょ?」

「ううん、全然迷惑じゃないよ」

「で、でも……」


 まあわたしもどうしても嫌ってわけではないから。


 緊張はしてしまうだろうけど、それは何時間後かのわたしにまかせることにしよう。


「茅ちゃんはわたしとお姉ちゃんが一緒に寝るのが嫌だからこんなこと言うんだよ」

「え?」

「ちょっ、柚──」

「そうでしょ、茅ちゃん?」

「~~っ!」

「え、茅ちゃん、本当にそうなの?」

「ち、違うに決まってるじゃん! 柚の言うことなんて間に受けないでよ!」


 そう言って、茅ちゃんはドタドタと足音を立ててリビングから出て行ってしまった。


「あーあ、せっかく柚が手助けしてあげようと思ったのに」

「え……?」

「んーん、なんでもない! それより、今日本当に一緒に寝てくれるんだよね?」

「う、うん」

「やったあ!」


(な、なんだったんだろう……)


 みんなとそれなりに仲良くなったとはいえ、まだまだ分からないことだらけだ。


 これからもっと仲良くなって、知っていかないと。


 ☆


「お姉ちゃん……」

「ちょっ、柚ちゃん…… だ、ダメだよ……」

「なんで?」

「だ、だって…… 近すぎるよ……!」


 時刻は十二時手前。


 常夜灯の薄い光だけがわたしの視界を開いてくれている。


 わたしは柚ちゃんと一緒にベッドに入っていた。


 ただ二人ベッドに並んで寝ることをわたしは「一緒に寝る」と捉えていたのだけど……


「さすがに抱きつかれたまま寝るのは……」


 わたしの体は柚ちゃんに抱きつかれていた。


 しかもわたしの足にまで柚ちゃんの足が絡まっている。


 この状態で誰が寝れるといいましょうか……


「でもお姉ちゃん、良い匂いするからずっとこうやって寝たかったの。ダメ?」

「うっ……」


 わたしがこういう聞き方をされて断れないってもう完全に分かってるな、この子……


「い、いいよ……」


 そして結局こういう結果になるのは分かっていたのに、抗ったわたしが良くなかったのかもしれない。


「ふふふっ、お姉ちゃん、好きー」


(ははっ…… まあ好きって言ってもらえたからいっか)


「わたしね、本当にお姉ちゃんのことが好きだよ?」

「ありがとう」

「分かってないなあ、お姉ちゃんは」


 そう言って、柚ちゃんはわたしに顔を近づけてくる。


「ちょっ、柚ちゃん!?」

「ね、お姉ちゃん。ドキドキする?」


(え…… めっちゃしますけど!?)


 だけど、妹にそんなこと思うのはきっとおかしいこと。


「べ、別に……」


 気持ち悪いとか思われたくないし、わたしは冷静を装うことにした。


「そっか。柚はね、すっごくドキドキしてるよ」

「え……」

「おやすみ、お姉ちゃん」


 そう言い終わると、柚ちゃんは目を閉じてしまった。


(な…… なんなの、これ!)


 心臓のドキドキが収まらない。


 今のこの現状で、すやすやと寝れる人間なんてこの世には存在しないだろう。


 なんというあざとさだろうか。


 本当にすごい子のお姉ちゃんになったものだ。


 柚ちゃんを好きになった人は大変だな、これは……


 結局わたしはその日、ずっと目が冴えていて、ほとんど眠ることができなかった。

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