第21話 カップルモード

 わたしたちは電車に二十分ほど揺られて、映画館に到着した。


 思ったよりも混んでるなあ。まあ休日だから当たり前ではあるんだけど。


 わたしたちが見る予定の映画も何時間か先でないと、席が空いていない。


「茅ちゃん、どうする? 結構時間あるけど」


 だいたいあと二時間くらいは時間が余っている。ここはいろんなお店が併設されてあるから、時間を潰すのには困らなそうだけど。


「うーん、じゃあとりあえずゲームセンターでも行って時間潰す?」

「そうだね、そうしよっか」


 ☆


「ちょっ…… 無理無理無理!」

「いやでも……」

「さすがにこれはっ……!」


 わたしたち二人しかいない密室。


「でも顔近づけないと入らないよ」

「近すぎるっ……!」


 もっと近くに来てと手招きするわたしと、それを拒否する茅ちゃん。


 ……そして早くボタンを押せと催促する機会音声。


 わたしたちはゲームセンターに来て、二人でプリクラを撮ろうと試みていた。


「茅ちゃん、それだと見切れちゃうよ?」

「見切れてていい! いいから早くボタン押して!」

「いや……」


 わたしが一緒に撮ろうといったのが良くなかったのだろうか。


 もっと密着してくれないと、二人とも画面に入らない。


 このプリクラはボタンを押すと、秒数のカウントダウンが始まってパシャリ、というタイプのプリクラだ。ボタンはわたしの側に設置されている。


 だから撮影のタイミングはわたしが握っているわけだけど、早くボタンを押してと言われても、茅ちゃんが画面に入っていないのにボタンは押せない。


「茅ちゃん…… わたしと一緒に映るの嫌?」

「い、嫌なわけじゃないけどっ……! ちょっと距離が近すぎるって言うかっ……!」

「え、でも友達とプリクラ撮ったことあるよね?」

「あ、あるけどお……!」


 こんなにテンパっている茅ちゃん、初めて見た。まさかプリクラをこんなに恥ずかしがるとは。なぜだ? 女子はみんな喜んでやると思ってたのに……


「茅ちゃん、ほんとに嫌ならやめるけど…… 今回はやめとく?」


 わたし一人で映って可愛くピースしていても何の意味もない。こういうのは友達とかと撮ってわいわいするのが楽しいのだ。


 わたしもお姉ちゃんなんだから、余裕を見せれるようではないと。茅ちゃんが嫌なら、無理強いはしない。


「うっ…… いや…… ちょ、ちょっと待ってて……」


 そう言うと、茅ちゃんは後ろを向いた。


『すうー、はあー……』


 そんな音が聞こえてくる。深呼吸でもしているのだろうか。


(プリクラ撮る前に深呼吸する人、初めて見た…… そんなに人と近いのが苦手なのかな?)


「よしっ…… いける」


 茅ちゃんは覚悟を決めたような顔で、わたしの目を真っ直ぐに見つめてくる。


(いやプリクラ撮るだけなのにそんな顔しなくても……)


「じゃ、じゃあボタン押すね?」

「うん」


 わたしはボタンの方向へ手を伸ばし、ついにポチッ。


 お待たせしました、機会音声さん。すいません、長いこと催促させてしまって。


『じゃあ準備はいい? 撮影スタート!』


 わたしたちは機械に促されて、ピース、小顔ポーズ、そんな定番ポーズを撮影していった。


 このプリクラはナチュラルに盛れるタイプのプリクラだったらしく、あまり顔が派手になりすぎてなくて、いい感じだ。


 それにさっきまでの茅ちゃんはどこへやら、めちゃめちゃノリノリでポーズを決めていた。さすが現役女子高生。


『お互いのほっぺをむにゅっ!』


(……ん?)


「茅ちゃん、いい?」

「うん、だ、大丈夫」


 若干茅ちゃんの声が裏返ってるような気もするけど……


 わたしは茅ちゃんのほっぺを指示通り、むにゅっとし、これで四枚目の撮影が終わった。


 確か六枚まであったから、残りはあと二回だ。


『相手をぎゅっーとハグ!』


(……んん?)


「茅ちゃん?」

「ほ、ほら! やるよ!」

「う、うん……」


 茅ちゃんは手を広げて、ハグをするのを待っている。めっちゃ恥ずかしそうにしてるけど。


 これに関してはわたしも恥ずかしいけど、茅ちゃんがやる気になっているのに、わたしが拒否するわけにはいかない。


「ち、近っ……」

「茅ちゃん? 大丈夫?」

「だ、大丈夫…… 早くボタン押して……」

「うん」


 わたしはボタンに手を伸ばし、これでようやく五枚目の撮影が終わった。


 ついにというか、ようやくラストだ。


『最後はほっぺにちゅー!』


(……んんん? ……うん? ほっぺに……? は? え?)


「茅ちゃん!?」


(どうなってるのこれ!? 普通プリクラでこんなことないよね!?)


「は、はい……」


 茅ちゃんは目を閉じながらそう言うと、ほっぺをわたしの方に差し出した。


 え、これやるの!? しかもわたしがする側!? というか、さっきからなんかおかしいと思ってたけど…… これカップルモードになってない!?


「か、茅ちゃん、これだけは別のポーズにしない……?」


 さすがにほっぺにちゅーは難易度が高すぎる。


 カップルとしての難易度は低いのかもしれないけど、わたしたち家族なんです。この子、わたしの妹なんです。


 さすがにこれは…… 


「…………ダメ」

「なぜ!?」


 そんなに茅ちゃんってルールに忠実なタイプなの!?


「……わたしも恥ずかしいんだから早くしてよ」

「え、えええ……」


 どうしてもやらないといけないんだろうか…… でも最初に「やめとく?」って聞いて余裕かましてたのに、やらないっていうのも…… うううっ……! ええい、できる! わたしならできる! 由衣は最強! 宇宙一強い!


 わたしは覚悟を決めて、ボタンに手を伸ばした。


 すぐにカウントダウンが始まる。


 心臓がドクドクと早鐘を打っている。なんなら機械から発されているカウントダウンよりも早い。


 わたしはぎゅっと目をつむって、茅ちゃんのほっぺに唇をつけた。


「ひゃっ……」


 そんな声が茅ちゃんから聞こえてきて、わたしはもう心臓の鼓動が早いのか遅いのかすらも分からなくなってしまった。


(う、うううっ……!)


 パシャッという音が聞こえて、わたしはすぐに茅ちゃんから離れた。


(ははっ…… は、恥ずかし~……)


 顔を赤くした女子が二人。


 プリクラの中にはなんともいえない、生ぬるい空気が漂っていた。




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