第42話

 なんか大変なことになっちゃったのかなあ…… 一緒にお風呂なんて……


 夜も0時。電気も消して、さあこれから寝ようかなとベッドに潜った私は考えを巡らせていた。


 わたしが押しに弱いってことには自覚があるし、言い返せる強さがあるわけでもないし。


 やっぱわたしって最弱の長女だな〜。楓ちゃんもなんでわたしなんかを……


 これといって自分に良い特徴があるわけでもないし、不思議だ。しかも出会ってから少ししか経っていないのに、その間にわたしを好きになることなんてあるんだろうか。


 そう言えば、楓ちゃんはなぜか最初からわたしに好意的だった。本当にただお姉ちゃんが欲しかっただけなのかな……


 そんなことを考え始めて五分後くらいだろうか。部屋の扉が開く音が聞こえて、私は身構えた。


「ちょっ……!?」

「動かないで」


 徐々にベッド付近まで、そしてついにベッドの上にまで誰かが近づいてきたことに私は困惑するが、声の主を聞いてとりあえずはほっと一息つく。


「楓ちゃん? どうしたの?」


 常夜灯をつけているおかげで、ギリギリ顔を認識することができる。だけど、表情まではあまりよく見えない。


 何か用だろうか。そう思って私は電気をつけるためにリモコンに手を伸ばす。しかし、その手がリモコンに触れることはなく、私の腕はベッドに押さえつけられていた。


「楓ちゃん……?」

「夜といったら夜這いだよ」

「楓ちゃん……!?」


 ベッドに押さえつけられている手に楓ちゃんの手が絡まってくる。


 楓ちゃんの反対の手がわたしの腰に回され、ぴったりと体が楓ちゃんと密着する。


「ちょ、待って待って待って!」


 わたしは楓ちゃんの背中をドンドンと叩く。


「どうしたの?」

「どうしたのじゃないよ! 何してるの!?」

「だから夜這いだよ」

「夜這いの意味がよく分からないんですけど!?」

「えっと、夜這いっていうのはね、寝ている人に──」

「言葉の意味ではなく、楓ちゃんの行動の意味が分からないって意味です!!」


 そんな会話を交わしている間も楓ちゃんはベッドから下りようとはしない。


「好きな人に夜這いをかけるのは普通のことだよ。せっかくお父さんとお母さんがいないなら何かしないとねっ」

「っ……!」


 これは何かヤバい気がする。


 表情は見えないけど、楓ちゃんの雰囲気と声がこのまま流されるのはよくないとわたしの勘に伝えている。


 いくらわたしが流されやすいからといっても、抵抗しないわけではない。


「そ、そう言えばさ! 楓ちゃんはなんでわたしのこと好きなの!? 聞きたいなあ!」


 楓ちゃんを押し返すようにして、私は質問を投げかける。


 なんとか楓ちゃんを落ち着かせなければ。


「なんで……? うーん、考えたことないな……」

「え、どういうこと?」


 緩んできた楓ちゃんの力をここぞとばかりに押し返して、私はようやく起き上がることに成功した。


「好きなのが当たり前っていうか。由衣ちゃんの全部が好きだから」

「えっと……」

「あ、具体的に言って欲しい? えっとね、笑顔が可愛いところも好きだし、優しいところも好きだし、ちょっと猫背なところも好きだし、わたしの方が身長高いからいっつも上目遣いになってるところも可愛くて好きだし、考え事してるときも──」

「わー! も、も、もう大丈夫です!!」


 さすがに致死量すぎる。恥ずかしさで死んでしまいそうだ。そういうことを聞きたかったわけではないのに。


「そうやってすぐ照れて焦っちゃうところも可愛いくて好き」

「わ、私、もう限界なので!」


 私は口を塞ぐようにして、楓ちゃんの口元を押さえた。


「ちょっ……!?」


 楓ちゃんから言葉が出てこなくなったのはいいものの、私はその手を掴まれ、手のひらや指に柔らかい感触が当たる。


「か、かえでちゃ……」

「ね、由衣ちゃん。私のこと好きになってよ」

「ちょっ……」

「由衣ちゃんのこと一生好きでいるよ? よそ見もしないし、ずっと尽くすよ」


 楓ちゃんからなんとも言い難い雰囲気が伝わってくる。あったかいようなそれでいて張り詰めたようなそんな感じ。


 私は一旦気持ちを落ち着けて考えてみる。


 私は楓ちゃんの気持ちを受け止めきれているのだろうか。無理なら無理とはっきり言ってあげることが楓ちゃんのためになるのではないだろうか。それが楓ちゃんを傷つけることになっても。だけど……


「私…… 分からないよ…… そこまで言ってもらえる価値が自分にあるなんて思えないから……」


 自分に自信があるわけではないから、楓ちゃんの中にいるわたしと自分の中にいるわたしが釣り合わない。


 だから受け止めきれていないのかもしれないと、今なんとなく分かった気がする。


「由衣ちゃんはさ…… ……………………ううん、なんでもない。私は待ってるからね」


 そう言った楓ちゃんの柔らかい感触がわたしの頬に触れた。

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