第8話 校舎案内
「ねえ、楓ちゃん、どこから来たの!?」
「俺と連絡先……!」
「楓ちゃん、今日ひま? 放課後一緒に遊びに行こうよ!」
「お、俺と連絡……」
始業式も終わり、新しい担任も発表され、今は先生が教室に来るのを待っている特になにもない時間。
予想通り、楓ちゃんはクラスのみんなに囲まれていた。
それをわたしと美々ちゃんは少し遠くから眺めている。
「いやー、見事に囲まれてますな、由衣さん」
「そうですなー、美々さん」
「まああれだけ可愛かったら、そりゃ囲まれるか」
「だよねー」
やっぱり楓ちゃんは可愛い。
それに穏やかそうな雰囲気だから、みんな話しかけやすいんだろう。
男女問わず、楓ちゃんの机のまわりには人が集まっている。
一つ後ろの席である、わたしの席も知らない誰かに座られていた。
「姉である由衣も囲まれてもおかしくないんだけどねえ」
「そんなわけないでしょ。それよりどうしよう……」
「何が?」
「楓ちゃんとクラスが一緒だとわたしがダメ人間ってことがバレてしまう……」
「うーん、まあそれは仕方ないんじゃない?」
「美々ちゃん!?」
「だってそれが由衣の素なんだし。まあさっきのは冗談で、由衣は別にそんなにダメ人間ではないと思うよ?」
「み、美々様ぁ……!」
わたしはギュッと美々ちゃんに抱きついた。
今日も美々様は後光が眩しい。
「よしよし。……って由衣。なんか来たよ」
「あ、楓ちゃん!」
わたしは美々ちゃんから離れる。
楓ちゃんはいつの間にか人の中心から抜け、わたしたちの前にやって来ていた。
「由衣さん! 同じクラスですね!」
「う、うん! 楓ちゃん知ってたの?」
「はい、実は。由衣さんを驚かせようかなって思って!」
楓ちゃんはいたずらな笑顔を浮かべた。
新しい楓ちゃんの一面が見れた感じがして、なんだか嬉しい。
「ほんとびっくりしちゃったよ! さすがに違うクラスになるかなって思ってたから!」
「えへへ、すいません。ところで由衣さん、その方は?」
「ん? ああ、美々ちゃんだよ。ほら、今日の朝わたしが言った人」
「そうなんですね。えっと、美々さん……でいいですかね。わたしは由衣さんの妹の楓です。よろしくお願いします」
「うん、よろしく」
美々ちゃんはサラッと楓ちゃんに挨拶を返す。
(さすが美々ちゃん。コミュ力高し)
「それで由衣さん。今日先生に由衣さんに校舎の案内をしてもらうように言われまして…… 大丈夫ですか?」
「今日……か。うん、大丈夫だよ」
わたしは部活はしていないし、今日は特に何も用事はないので、大丈夫そう。
「ありがとうございます!」
「楓ちゃーん! ちょっと来てー!」
クラスの子が楓ちゃんを呼ぶ大きな声が聞こえた。
「はーい! じゃあわたし行きますね」
そう言うと、楓ちゃんはまた人の中心へと戻って行った。
(人気者だなあ……)
☆
「ごめんなさい…… 今日はやっぱり無理で……」
「そっかあ。じゃあまた行ける日に絶対行こうね!」
「はい、是非」
「うん、じゃあね!」
放課後、わたしの一つ前の席では楓ちゃんと一緒に遊びに行きたい人たちが、楓ちゃんとの別れを惜しんでいる。
「ふう……」
「楓ちゃん。そろそろ大丈夫そう?」
わたしは後ろから声をかける。
「はい。お待たせしてしまってすいません……」
「ううん、全然待ってないよ。行こっか」
わたしは席を立って、誘導するように、楓ちゃんの前を歩く。
時間かけすぎるのも良くないし、なるべく早く終わらせてあげよう。
「あの、由衣さん……」
隣にやって来た楓ちゃんが、わたしの名前を呼ぶ声が聞こえたと同時にわたしの腕に手を回してきた。
「楓ちゃん!?」
「ダメですか……?」
「い、いやいや! 全然ダメじゃないよ!」
楓ちゃんは家だと、他の人がいるところではあまりくっつきたがらないので、少しびっくりした。
まあなんにせよ、わたしに気を許してくれているみたいで嬉しい。
「えっと、じゃあ説明するね。まずこの校舎は一階と二階が一年生のクラスで、三階と四階が二年生のクラス。三年生はもう一つの校舎にいるの」
この学校は二つの校舎にわかれて、いろいろな教室が配置されている。
三年生のいる校舎がA棟でわたしたちのいる校舎がB棟だ。
美術室はA棟にあるのに音楽室はB棟にあるという結構めんどくさい構造をしている。
しかも場所によってはすごく遠い場所にあるので、移動が大変大変。
楓ちゃんも最初は苦労するだろうなあ。
美術室、家庭科室、職員室、校長室、多目的教室、体育館……etc.
だいたいの場所を案内し終わって、残す場所は音楽室だけとなっていた。
音楽室はA棟の最上階の隅っこにあって、めちゃくちゃ遠い。
わたしの学校では吹奏楽部は音楽室で練習するのではなく、そこらへんの空いている教室でグループごとに練習しているらしい。
だからなのか、音楽室には荷物だけで、人が一人もいない。
(誰もいないなら、ちょっとくらい入っても大丈夫だよね)
「…………静かですね」
「そうだね」
ここは教室から離れた場所にあるし、外で部活をしている生徒の声も聞こえない。
聞こえるのは風の音とかすかな金管楽器の音だけ。
さっきまで人がいっぱいいたはずなのに、なんだか急に学校にわたしたちだけしかいないような不思議な感覚になる。
「あの、由衣さん……」
「ん?」
「その、ぎゅってしてもいいですか?」
「……え?」
わたしは急な楓ちゃんのお願いに心がドキッとなる。
「えっと、楓ちゃんどうしたの?」
「足りないんです……」
「足りない……? 何が?」
「由衣さんの……成分が……!」
そう言うと、楓ちゃんはわたしの胸の中に勢いよく飛び込んできて、背中に手を回してきた。
「ちょっ、楓ちゃん!?」
(どうしたの、急に!? てか、なんかめっちゃ良い匂いするんだけど……!)
「由衣さんの匂い…… 好き…… 頭がふわふわする……」
「楓ちゃん?」
「もっとぎゅってして……」
「か、楓さん?」
「ずっと一緒にいたい……」
「楓ちゃん!?」
な、なんか楓ちゃんの様子がおかしいんだけど…… これは大丈夫なのかな……?
「あの、楓ちゃ──」
「わっ! 人いたの!?」
急に静かな音楽室に甲高い声が響く。
わたしはびっくりして、すぐに楓ちゃんから離れた。
「あ、先生……」
やってきたのは吹奏楽部の顧問である音楽の先生だった。
先生は驚いた様子で胸のあたりを押さえている。
「はあ、びっくりしたじゃない…… あなたたち、ここで何してるの?」
「えっと、その…… こ、この子が今日転校してきたばかりで! 校舎の案内をしていたところです!」
本当のことを言ってるのに、何を動揺してるんだ、わたしは。
「あら、そうだったのね。でももうすぐ生徒たちが戻ってくるから、なるべく早くにね」
そう言って、先生はすぐに音楽室から出て行った。
「………………………………」
「……じゃ、じゃあ、楓ちゃん、もうここで案内終わりだし、そろそろ帰ろっか!」
先生がいなくなると、音楽室にはしばらく流れた沈黙をわたしが破った。
「………………はい」
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