第26話 石油王

「ふう……」


 リビングのソファの上で小さく息を吐いて、昨日は楽しかったなあと感傷のようなものに浸ってみる。


 雨が降って、電車が止まったときはどうなるかと思ったけど、楓ちゃんたちのおかげもあって苦い思い出にはならずに済んだ。


 友達と一緒にホテルに泊まっているような感覚で、テンションが上がってしまったことが今となっては少し恥ずかしいけど……


 ホテルに泊まるなんてわたしの記憶では小学校、中学校の修学旅行のときだけ。


 すごく非日常を体感しているような気分だった。


 本当はもっと茅ちゃんといろんな話をしたかったけど、残念なことに途中からの記憶がない。ベッドの上で話しているうちにいつの間にか寝てたことだけが悔やまれる。


 楓ちゃんと柚ちゃんの部屋にも遊びに行きたかった……という気持ちはあまりに修学旅行すぎる発想だろうか。


 今度は家族みんなでどこかに旅行でも行ってみたいなあ。


「……ところで、その、柚ちゃんは宿題終わった?」

「うん、終わったよ」

「か、茅ちゃんは?」

「終わってる」

「そうなんだー……」


 夜ご飯も食べ終わって、リビングでテレビを見ながらくつろいでいるわたしの右隣には茅ちゃんが、左隣には柚ちゃんが座っている。


 そこまでは微笑ましい普通の家族の光景なことだろう。


 だけど、茅ちゃんと柚ちゃんがそれぞれわたしの右腕と左腕にくっついているのだ。


 柚ちゃんはいつもだけど、茅ちゃんがくっついてきたときには驚いた。


 昨日遊びに行って、もっと仲良くなれたと思ってもいいんだろうか。


 まあそれはいい。問題はそこではなくて、二人が一向に手を離してくれないことにある。


 別に最初は良かったんだけど、一時間もこの体勢だとちょっとキツイ。


 今みたいに宿題やったかと聞いても二人とも終わっているし、するーっと抜けられる方法がまだ見つかっていない。


「はあ……」


 考えるのをやめて、ため息をつく。


 とりあえず、別のことでも考えて気を紛らわすことにしよう。


 そう言えば、もうすぐ中間テストだ。そろそろテスト勉強を始めないとヤバいことになってしまう。


 あんまり低い点数をとって、恥ずかしい通知表を久美さんに見せたくないし……


「ねえお姉ちゃん」

「ん?」


 柚ちゃんがわたしの服の裾を引っ張る。


「明日勉強教えてくれない?」

「え、勉強?」


 わたしの考えが読まれたのかと思うようなタイミングで柚ちゃんが勉強の話を持ち出してくる。


「テスト近いしさ。ダメ?」

「いいけど…… そんなに力になれるか分かんないよ?」


 わたしはそこまで勉強ができないというわけではないけど、できるわけでもない。


 いくら去年同じような内容を習ったとはいえ、文系なので教科によっては苦手なものもあるし、化学に関しては全く教えられる自信がない。


 わたしもできるだけ力になってあげたいけど……


「大丈夫! お姉ちゃんと一緒なら頑張れる!」

「そっか、なら──」

「柚、わたしが教えてあげようか?」


「ならいいよ」と言おうとしたわたしの言葉が茅ちゃんに遮られた。


「茅ちゃんって勉強できる系?」

「まあそれなりに。確実に柚よりはできる」

「へえ……」


 いいなあ。わたしも茅ちゃんに教えてもらおうか……


「えー、やだ。お姉ちゃんに教えてもらうからいいよ」

「まあまあ、そんなこと言わないで。あんたの苦手な科目も分かってるし、わたしの方が都合がいいでしょ?」


 おお、これぞ妹想い。


 わたしももうちょっと勉強して、二人に教えられるくらいにまでなってみようかな。


 まあ、それでなれたら苦労なんかしないんだろうけど……


「大丈夫だって。お姉ちゃんに教えてもらう方がいいし」

「いやいや、わたしだって──」

「それならわたしが教えます」


 リビングのドアが大きめの音をたてながら開けられた。お風呂に入っていた楓ちゃんが戻ってきたみたいだ。


 髪の毛はすでに乾かされていて、洗いたての楓ちゃんの髪の毛がサラサラと揺れている。


「あ、え、ちょっ…… 楓ちゃん?」


 わたしは目を何度かパチパチさせる。


 なぜか楓ちゃんはわたしの足元に座って、頭をわたしの膝の上にのせてきたのだ。


 丈の短いズボンをはいているので、楓ちゃんの柔らかい髪の毛が素肌に触れてくすぐったい。ついでにシャンプーの良い匂いがわたしの鼻をじわじわと刺激してくる。


 ていうかなんだこのハーレム状態。なんで左右と下に美女をはべらせてんの? わたし石油王か何かなの?


「いいよ。わたしはお姉ちゃんに教えてもらうから」

「でもわたしの方が由衣さんよりも勉強できるよ。ね、由衣さん?」

「あ、そうだね……」


 わたしの学年の中でも楓ちゃんの学力は相当トップの方なのではないだろうか。少なくとも、わたしのクラスでは楓ちゃんが一番頭が良い。


 やっぱりわたしも勉強頑張ろうかな……


「だから大丈夫だってば! お姉ちゃんに──」

「あ」


 わたしは妙案を思いついて、柚ちゃんが話しているのを全く気にせずに声をあげた。


「じゃあみんなで一緒に勉強する?」

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