第3話 茅

 次は茅ちゃんだ。


 もしかしなくても厳しいタイプの面接官である可能性が高い。


 わたしは楓ちゃんよりも少し緊張して、ドアの前で深呼吸をする。


「茅ちゃん? 入ってもいいかな?」

「…………どうぞ」


 空耳かなってくらい小さな声をなんとか聞き取ったわたしはドアを開ける。


「……なんか用?」

「ちょっと話したいなーと思って」


 やっぱり少し冷たいような気がする。


 やっと目が合ったのは嬉しいけど、茅ちゃんの目の奥からはわたしに対する好意を感じられない。


 わたしは不安をぐっと飲みこんで床に座っていた茅ちゃんの隣に座った。


「茅ちゃんはさ、好きなものとかあるの?」

「……好きなもの?」

「うんうん」


 食べ物でも趣味でも動物でも何でもいい。


 こういうことを知っておくのは、これから一緒に過ごす上で、すごく大切なことだと思う。


「あるけど。何?」

「お、教えて欲しいなーって……!」

「嫌なんだけど」


 こ、これはだいぶ分厚い壁が立ちはだかってるな……


 しかしこんなところで諦めては長女に就任したわたしの名が廃る。


 まあそもそも廃ってると言われたらなんの反論もできないんだけど。


 けど! だけど! ここは気を強く持たなければ! 


「じゃ、じゃあその好きなものってどれくらい好きなの?」


 ここで諦めたら試合終了。試合終了の一秒前でも諦めないのが日本人精神。


 そもそも終了なんか絶対させないけど!


 壁があるなら壊せばいいってどこかのすごい人が言ってたのを聞いたことあるし!


「……世界で一番」

「へえ! 世界で一番なんだ! そんなに好きなものがあるっていいなあ」

「別に……」


 わたしにも趣味みたいなことが一つだけある。


 好きなものがあるってことは結構いろんな時に心を救ってくれることがある。

 

 しかも茅ちゃんの場合、世界で一番って言い切れるくらいだから、相当すごい。


「まだ他になんかあるの?」

「あー、えっと…… あっ、そうだ! 茅ちゃんって髪綺麗だよね!」


 同じ女子としてどうやって手入れしているのか教えて欲しいくらいに茅ちゃんの髪はサラサラしている。


 それに加えて輝くような薄い色の金髪。


 髪を染めると髪の毛が痛みやすいとよく聞くけど、茅ちゃんの髪からはそれがあまり感じられない。


「ああ……これ。高校は染めれるらしいから染めてみたんだけど、わたしもこの髪は気に入ってるんだ」


(お……? これってもしかして正解ルート?)


「本当に綺麗だよね!」

「……ありがとう」


 茅ちゃんの顔は少しほころんでいる。


(めっちゃ正解だ!)


 わたしは心の中でガッツポーズを決めた。


 それにしても本当に綺麗だよなあ……


 金髪が特に好きってわけではないんだけど、こういう薄い色の金髪は好きだ。


 電気の光でもこんなに綺麗に映るんだから、太陽に照らされたらもっと綺麗なんだろうなあ。


 わたしはつい触りたくなってしまって、茅ちゃんの肩の下の髪の毛を少しだけ手に取った。


(うわ、めっちゃサラサラだ。どうやったらこんな髪になるんだろう? やっぱ美容院とか頻繁に行ったりしてるのかな?)


 触ってみると、茅ちゃんの髪のサラサラ具合がより伝わってくる。


 ちょっと全国民触ってみて欲しい。


「ちょ、触んないでよ!」

「あ……」


 気がついた時には茅ちゃんがわたしから距離をとっていた。


 やばい失敗した。大失敗だ。


「ごめん!」


 わたしはすぐに頭を下げて謝った。


 まだ家族になりたてほやほやのほとんど他人に急に髪の毛を触られるなんて、確かに怒られてもおかしくないことをしてしまった。


 最悪気持ち悪いと思われていてもおかしくはない。


 (やらかしてしまった……)


「もう用がないなら出てってよ」

「……うん」


 仕方がない。わたしが悪いんだし、ここは一旦退散するとしよう。


 だがわたしはまだ諦めないぞ。


 挽回のチャンスを虎視眈々と狙うのだ!


 …………ちゃんと反省はしてます、調子乗ってごめんなさい。


「茅ちゃん、本当にごめんね?」


 わたしは茅ちゃんの部屋を出る直前にもう一度謝っておいた。


「……べ、別に本気で嫌だったわけではないし」


 そんな小さな声が部屋を出る直前に聞こえた。


 うーん、茅ちゃんは冷たいだけではないっぽいなあ。


 まだよく分からなけど、茅ちゃんとはなんとなく仲良くなれそうな気がした。


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