第40話 ポイント稼ぎ

 ──テストが全て終わって、勉強からようやく解放された日の夜。


『ということで、お母さんと二人で旅行に行ってくるから』

『あ、え? いや、うん。新婚旅行は大切だもんね。行ってらっしゃい。で、いつ行くって?』

『金曜の夜に出発して、土日休みで旅行の予定』

『いやだから金曜の夜って明日じゃん! 今日もう木曜日だよ!? なんでもっと早く言わないの!』

『ご、ごめんごめん。直前まで行くか悩んでて。親が子供だけ残して旅行に行くのもいかがなものかと思ってな……』

『強く言ってごめんなさい!!! そんなの全然気にしなくていいから! ゆっくりいちゃいちゃしてきたらいいよ!』

『いちゃいちゃってお前…… もうお父さん四十七だぞ?』

『いちゃいちゃに年齢なんて関係ないの!』

『いや…… ……まあいいか。それで申し訳ないけど、みんなに家事とかを全部まかせることになるんだが……』

『そんなの大丈夫だよ! お父さんの娘は四人もいるんだから、何とかなります!』

『……そうか。ありがとう。まあ由衣だけなら心配だったけどな。料理はできないし、靴下は脱ぎっぱなしにするし、制服はしわしわだし……』

『そ、そんなのは過去の話だし! 今はちゃんとしてるし!』

『あははっ。まあまかせたぞ』

『この諸麦家の長女、諸麦由衣にまかせてよね! えへんっ!』


 ……なーんて、会話をお父さんと交わした翌日。


「はい、できましたよー」

「わっ、美味しそう!」

「お風呂も沸かしてあるので、ご飯を食べ終わったらすぐに入れますからね」

「ありがとう!!!」


 皆様のご想像通りなのか分からないけど、諸麦家の長女は何の役にも立っていなかった。


 お父さんと久美さんが家を出発して一時間後。わたしたちはいつもよりも二人少ない人数で食卓を囲んでいる。


 料理はどうしてもできないけど、他にもできることはある……はずなのに、どうしてか他の姉妹にほとんどの仕事を持って行っていかれてしまった情けない長女とはわたしのことです。


 お風呂の掃除をしようと思ったらもうピカピカだし、洗濯機もいつの間にか回ってるし……


 諸麦家の長女、何してんの? たまにあるよね、会長よりも副会長の方が権力あるみたいな。わたし位置的には諸麦姉妹の会長やってるはずなのに……


 むしゃむしゃと楓ちゃんの作ったオムライスを美味しく頬張りながら、自分が情けなくなる。


「洗い物はわたしがするからね」


 スプーンの手を止めて、わたしは言った。


 せめて洗い物くらいはしなければ。ただのヒモ長女になってしまう。


「いやいいよ、お姉ちゃん。洗い物は柚がするから」

「は? ちょっと待って。さっき洗い物は私がするって決まったじゃん」

「決まってないもん。茅ちゃんが勝手に言ってるだけでしょ」

「は?」


 わたしは顔をしかめて二人を交互に見ながら、残っているオムライスを急いで口に運ぶ。


 なんで洗い物をする方で喧嘩が起きそうなの? こういうのは普通、押し付け合って、喧嘩になるもんなんじゃないの?


「では、ここは間をとって私が」

「「ダメ!!」」


 楓ちゃんの上げた手がしなしなと下がって行く。


 なんでそんなに洗い物したいんだろう、優しさが裏目に出てるのかな、なんてことを考えながらも、さすがに黙って見ているわけにもいかず、わたしは二人の会話に割って入る。


「あの、洗い物はわたしがするよ。わたし何もできてないしさ」

「いやお姉ちゃんは大丈夫! せめて洗い物で稼いでおかないと柚ヤバいから!」

「稼ぐ……? 何を……?」

「…………あっ。いや、その」 


 柚ちゃんは何か口を滑らせてしまったこのように、口元に手を当てて、はっとしていた。柚ちゃんも茅ちゃんも目を見合わせるだけで、何も言おうとしない。


 え、何……? 何なの……?


 わたしは首をかしげながら、二人の顔を見つめるけど、二人は目をパチパチさせているだけ。


「……はあ、仕方ないですね」


 不思議そうなわたしを見かねたのか、茅ちゃんと柚ちゃんが何も喋らない代わりに、ようやく楓ちゃんが口を開いた。


「まあ説明しますと、ポイント稼ぎみたいなことをしてたんです、実は」

「……何? ポイント稼ぎ……?」

「はい。わたしたち三人、お父さんとお母さんが帰ってくるまでの間で、『家事を一番頑張ったで賞』というのを競ってるんです。ちなみに判定は由衣さんです」

「え、わたし? というか『家事を一番頑張ったで賞』って何……?」

「文字通りの意味です。家事を一番頑張った人にはご褒美が与えられます」

「ご褒美……?」

「はい。由衣さんと一緒にお風呂に入る権利です」

「…………へ!?!? なぜ!?!?」


 わたしは三人の顔を順番に見ながら、とにかく慌てる。


「いやあ、先に言うと嫌がられてしまうかもなので、直前に言おうと思ってたんですけどね」

「直前でも嫌がるよ!?」

「そこはまあ押せばいけるかなと」

「っ……!」


 くう……っ! 反論できない! わたしも押されたら、結局流れでOKしちゃいそうだからっ! だって可愛い妹の頼み、断れないじゃんん!


「まあ簡単に言うと、三人とももっと由衣さんと仲良くなりたいので、裸のお付き合いをしましょう、ということですよ」

「は、裸のお付き合い……」


 言葉自体は聞いたことあるけど…… そりゃわたしもみんなともっと仲良くなりたいけど……


 「けど……」、ばかりが頭の中で反芻されていく。


「…………その、さ、やっぱ恥ずかしい……かな……」


 誰かとお風呂なんて、小さい頃お父さんと入ったことがあるくらいだし、銭湯とか温泉にもほとんど行ったことがないから、裸を見られることは恥ずかしい。


 逆にみんなの裸を見ることも……


 ふとみんなと目が合ってしまって、わたしはぱっと目線を下にさげた。


 顔熱っ…… 今、絶対良くない想像しちゃってる、わたし……


 顔を両手で覆い隠して、自分の視界を遮断する。


「「「…………天使」」」


 耳にだけ、なんだかよく意味の分からない三人の言葉が届いた。

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