第19話 聖女誘拐事件④

 ラインガトン男爵、ご本人の登場だ。ついてるんだかないんだか、とても悩ましい。


「ラインガトン様、も、申し訳ねぇ」

 と植木職人のおじいさんは謝った。

「お前は仕事が遅い。罰として屋敷の掃除もしておけ」

 と言われ、落ち込んだ様子のおじいさんだ。けど植木職人に屋敷を掃除をさせるほどの人手もないのか? このお屋敷には確かにメイドさんが見えないけど……


「ガキどもは早く帰れ。俺はラインガトン・ド・スマルター男爵だ。覚えてお……け」

 と言って俺の隣にいるロクサリーヌを見つめて、ラインガトン男爵は鼻の下を伸ばして固まった。その様子を見てなんとなく分かったけど、この好色そうな顔はアウトだろう。ロクサリーヌをさらった3人の男たちを思いだしながら話す。


「ラインガトン様……。ダモンって男を知ってますか?」と俺は問いかける。

「儂がそんな怪しいやつ知ってるはずがなかろう」 

「そうですよね、そんな怪しいやつをラインガトン様が知ってる訳がないですよね。ダモンってやつがラインガトン様の便箋びんせんを持っていたなんて事実ありえませんよね?」

 と、とぼけて聞いてみる。ダモンが『怪しいやつ』とこの男爵は言ってる。俺はダモンって名前しか言ってないのにな。この男爵様は自白したようなものだ。


 ラインガトン男爵は

「ないない。儂の名をかたった偽物であろう」

「そうですよね。ダモンとその仲間は捕まってますもんね。そんなダモンがラインガトン様の便箋を持ってたなんて話になったら、大変ですもんね」

「その通り。お主、若いくせになかなか分かっておるじゃないか」 


 ダモンはラインガトン男爵の便箋を持ってたんだけど、話の内容はこの男爵の頭の中に入っていないようだ。こっちを見ずにロクサリーヌばかり見てるからなぁ。ロクサリーヌが気になって仕方ないらしい。 


 そんなラインガトン男爵の視線の先のロクサリーヌは、見つめられて居心地が悪そうだ。これだから植木職人のおじいさんは、男爵の評判を言わずお茶を濁した言い方をしたんだろう。ロクサリーヌが評価を保留したのはこれが理由という訳か?


「これ以上、長居しても悪いから俺たちはこれで帰りますね」

「いや、しばし待たれよ。ロクサリーヌ様がいらっしゃるのであれば話は別だ。食事を用意させよう」と、ウキウキしてる様子のラインガトン男爵だ。

「あ、いえ、私は結構ですので」

 顔が引きつってるロクサリーヌと比べて、とてもウキウキしている様子のラインガトン男爵が対照的だった。


 断り切れなかった食事の最中もラインガトン男爵が盛り上がれば上がるほど、ロクサリーヌのテンションは右肩下がりだ。


 このまま食事をしていても何も進展しない、と考えた俺はちょっとお手洗いに行ってくる、と席を外した。そのときのロクサリーヌの絶望的な顔が忘れられないが、我慢してくれとラインガトン男爵に見られないとこで、拝むように手を合わせて部屋を出た。


 普通に考えて知られたくないものは厳重に守られているんじゃないかなと思う。人手も足りないみたいだしと考えれば、見張りが立っている部屋にこそ俺は興味がある。


 そしてトイレを探すフリをして護衛が警備している部屋をチェックした。2階建てでそれほど大きくない屋敷だから、護衛が守っている部屋はすぐ分かった。


 護衛が立っていたのは1部屋だけだった。しかも2人で守ってた。主人のラインガトン男爵はロクサリーヌと一緒にいるのにな。そんな部屋より主人のラインガトン男爵を守れよ、と思いながらロクサリーヌが待つ部屋に戻った。


 あのわずかの間にロクサリーヌに近づいて手を握っていたラインガトン、エロ男爵だ。涙目になってるロクサリーヌを見て限界ぽいなと思い

「では俺たちは帰りますので」

 と言って早々に俺は帰ろうと促した。


 しかしラインガトン男爵は

「それは聞けない話だな。ロクサリーヌ様は帰らせない」

 と言い出した。まぁ、考えてみればそれもそうか。ロクサリーヌを攫ってこいと荒くれものに指示をだした人間が、のこのこやってきたロクサリーヌに何もせずに帰すことなどありえないってことか。それは確かにごもっともなお話だ。


 だからこそロクサリーヌには囮役になってもらった訳だけど、こうも簡単に引っかかってくれるのはそれはそれでどうなんだ。とはいえ後でロクサリーヌにめちゃくちゃ怒られそうな未来が見えた俺は、仕方ないかと怒られる覚悟をして1人静かにため息をついた。


「命が惜しくばお前1人で帰れ。そうすれば見逃してやる」

 貴族にはこんなのしかいないのか? 欲望に忠実すぎる貴族が多すぎだろう。それでも帰ろうとする俺たちをみて、ラインガトン男爵は兵士を呼び寄せ

「この男を斬り殺せ」

 と5人の兵士に冷徹に告げた。ひどい話だ。

「ガザセルさん!」とロクサリーヌは叫ぶ。


 兵士5人くらいどうってことはないと思う。そもそもロクサリーヌは人質とはいえない。鼻の下をのばしたラインガトン男爵はロクサリーヌに嫌われたくないはずだ。そう考えれば現状だとロクサリーヌの命にかかわるような真似はできないに違いない。


 やってきた兵士の武器も剣と盾の2人、槍の2人、斧の1人とオーソドックスな装備のようだ。イメージしながら「心配しなくていいよ」とロクサリーヌに言って簡単に強化を済ませる。


 距離を取らないと本来の力が発揮できない槍使いの兵士の距離をゼロにして、有無を言わさず頭を殴りつけ昏倒させる。さらにもう1人の槍使いの兵士に回し蹴りを喰らわせ吹き飛ばす。


「これで2人」と強化を済ませる。

「何をしておる! たった1人相手にこの体たらくは一体どういうことだ!? こんなガキに用はないんだ! 倒せないなら金は払わんぞ! しっかり戦え! バカ者共が!」

 ラインガトン伯爵は1人でわめき散らしている。

「お金を払わないのに戦わせるの? そういう話らしいけど、みなさんは命をかけてこんな主人のために戦うの?」

 と、残りの3人の兵士に俺は問いかけた。顔を見合わせた3人は

「割に合わない!」

「今までだって難癖なんくせつけてまともに金を払ってくれたことなんてないじゃないか」

「とてもじゃないが、あんたにはついて行けない!」

 と3人の兵士は捨てセリフを残して逃げ出した。それを聞いて慌てたのはラインガトン男爵は

「誰か! 他に誰かいないのか!」

 と叫んだ。そんなラインガトン男爵に

「まだ戦う?」

 とニヤリと俺は笑いかけた。ガクリと膝をついたラインガトン男爵の手を振りほどき「私に近づかないでください!」とロクサリーヌは怒鳴り、平手打ちを食らわしたのだった。

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