第17話 聖女誘拐事件②
建物に入っていく影と抱えられた大きな袋。そんな黒で統一された分かりやすい恰好の怪しいやつ。それを見逃す俺じゃない。
静かに建物の様子を見る。古そうな建物だ。おかげで声は良く響く。ロクサリーヌの声も聞こえた。声のする方へ急ぐ。
部屋の前に立ちこの扉の中だと判断した。ロクサリーヌは幸い手荒い真似はされてないようだ。
最悪の事態にはなっておらず、ちょっと安心した。周りを見ると頑丈そうな台の上に空っぽの汚れた花瓶があるだけ。あとは通路と部屋に入るための扉、そして階段しかない殺風景な建物だ。
声を聞く限り、中にいるのは男3人とロクサリーヌ1人のようだ。合計4人。聞こえてくる声と気配は一致する。俺は様子をうかがう。
「楽な仕事だったな。この女にいったい何の価値があるって言うんだか」と甲高い声の男がしゃべっている。
「奴隷商に売り払うんだよ。
「それはさすがにマズいんじゃ? 依頼主がいるんですぜ」と甲高い声の男が聞き返す。
「だな」とあまりしゃべらないもう1人の男は時々
「奴隷商に値段を聞いてその売値を突きつけて依頼主に交渉するか、もしくは値段次第じゃ、そのまま奴隷商に売り払ってさっさと逃げるかのどっちかだ。まぁ、この女の値段次第だな」と話を聞いて、このダミ声の男がリーダーか、と俺は思った。
ロクサリーヌは恐らく商品価値を高めておくため、今のところは問題ないだろう。でも依頼主がいるっていうのが気になる。誰だっていうんだ?
相手はロクサリーヌが聖女と気づいているのか、いないのか。名指しで依頼してるならロクサリーヌを攫ったことは偶然ではないってことか。依頼主がいるって言ってるんだからなぁ、と考えを巡らせる。
奴隷商に1回みてもらい高く売ろうという悪知恵が働くあたり、やっぱりコイツら手慣れてると思った。ロクサリーヌが聖女だとバレたら
あまりここにいて、他にも仲間がいたってパターンが最悪だ。できれば速やかにロクサリーヌを助けだしたい俺は、部屋の中の様子を注意深く探る。
「それにしても、いい女だな」と声が聞こえる。
「んんん~~~~!」とロクサリーヌの嫌そうな声が聞こえる。
救出に入るきっかけが欲しいと思った。色々と作戦を考える。一番に考えないといけないのはロクサリーヌの命だ。
こいつら3人が同時に寝てくれるなら待つのが最善だけど、交代で見張りをたてるだろうしなぁ。見張りをたてないくらいバカだと助かるんだけども、と考える。3人に同時に見つかってしまうのが恐らく最悪のパターンだ。ロクサリーヌを盾に脅されて詰む未来が見える。
とはいえ、このままロクサリーヌを待たせるのも酷だろう。意を決して俺は花瓶を床に投げつけた。ガチャンと派手な音をだして花瓶が割れる。
さて、どう動くかなと息を殺して相手の気配を探りながら待機する。部屋の中の声が途絶える。
「んん~~~~~~!」
と助けを求めるロクサリーヌの声が大きくなる。
「黙らせろ」
ダミ声の男は一言だけ指示し、「黙れ、殺すぞ」と甲高い男のドスの効いた声が聞こえた。ロクサリーヌは黙ってしまったようだ。
位置と声から察するに、あまりしゃべらなかった男だろう。扉にゆっくり近づいてくる気配を感じる。
扉が勢いよく開いて壁にあたる。残念、俺はそこにはいない。花瓶の割れる音に紛れて台の上に移動済みだ。
「残念、こっちだ」と声をかけて俺自身を強化する。台から飛びそのまま扉ごと男を蹴り飛ばした。土壁を粉砕する威力の蹴りで、扉もコイツもまとめて一撃だ。吹っ飛んで頭を壁にぶつけたあまりしゃべらない男は、そのまま気絶したようでピクリとも動かない。
「まず1人」と話し、ユニークスキルによる強化を自身にかける。
「何もんだ! てめぇ!」と逆上した甲高い声の男は、ロングソードを片手に襲いかかってくる。
振り落としてきたロングソードの攻撃を右腕のガントレットで受け流し、懐に潜り込んで相手の
「これで2人だ」と俺は3度目の強化をかける。
「何が目的だ、てめぇ。俺がダモン様だと知ってんのか!?」と
「我が
とスピードアップの風の強化魔法で俺自身をさらに強化する。
「知らんがな」
としゃべりながら剣を持った腕を叩き折り、左拳で軽く殴ってロクサリーヌから引き離し、そのまま顔面を右拳で殴り飛ばす。ダモンと名乗ったリーダーの男は何もできずに吹っ飛んで、壁に頭がめり込みそのまま動かなくなった。
「待たせたな」
と俺はロクサリーヌに話しかけた。ロクサリーヌの猿轡とロープを外す。
「ガザセルさん!」
と安心したのか、泣きじゃくるロクサリーヌを
「安心しろ、もう大丈夫だ」
とロクサリーヌの肩を軽くぽんぽんと叩いて安心させる。
机の上に開いた便箋と手紙が見えた。手紙には『フラタルム魔法学校のロクサリーヌ・フリサオルを攫ってこい』と書かれ、便箋には『ラインガトン・ド・スマルター』と記載があった。それを確認した後、俺たちは建物からでた。
外は人が
「この魔法都市の守衛のものなんだが、どういうことなのか君たち説明してくれないか?」
と言われた。俺は
「このロクサリーヌが誘拐されたので助けたんですよ」
と答えた。それを聞いた守衛のおじさんは顔をしかめた。
「複雑な話みたいだから、ちょっと悪いんだが俺たちと一緒に来てくれないか?」
俺とロクサリーヌは彼と一緒に守衛所へ向かい、この日の
「大体わかった。よくやってくれた。あの3人は俺たちも目をつけてたんだ。危険な目に合わせてすまなかった。ありがとう」
と守衛さんたちに感謝された。そしてロクサリーヌを女子寮に送り届けたあとで、俺も男子寮に戻ったのだった。
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