第33話 宝剣と魔導書
陽は既に沈みかけている時間だが人々の交流は終わらない、商人や旅の芸人、そして屈強な冒険者が道を埋めている。
「人が多すぎだねぇ。やっぱりなんかあるんだな」
「どこでもいいから適当に宿を探しましょ。それとなんでこうなってるのかちゃんと教えてちょうだい。知らない知らない言ってるけどなんか知ってそうだし」
つい先ほどの事だが門番の1人が追い返したはずの2人を追いかけて来た。
ぽかんとする2人に対して名前を聞いたその門番は『君が、そうか君がそうなのか……』と口ずさみ有無を言わさずレギンフォードへと招き入れた。
マールは当然だがシャルル自身も状況をあまり理解出来ていないが何はともあれ無事に入る事が出来たため良しとする。
──と、言うわけで今に至る。
「──本当に全然知らないって。ある程度の予測は出来るかなってぐらい」
「そう? それでもいいわ。……それよりさ。勘違いならいいけど人がたくさん集まってる割にはしんみりしてないかな」
「うーん。勘違いじゃ無いと思う、少なくとも武装してそこら辺をうろついてる人達は。この量がピリピリして街中を歩いてるんだから例え無関係の人間もイヤでもその空気に当てられる」
「なるほどね。あ、じゃああれは皆んなヒリついてて足を止める人がいないんだね、可哀想」
「なんの事言ってる? んん?」
2人の見つめるその先には奇抜な格好をした人物が1人、いわゆる大道芸人だろうか。
シャルルの率直な感想は……何をどう評価するのか難しい腕だった。
手でちょうど良く掴めるサイズのボールを3つ使いジャグリングを披露しているが今時それだけではあまりに無策すぎる。
周囲の反応からしても特段珍しい事はしていない様に感じる、極め付けは地面に置いているあのシルクハットだ。
お金を入れて貰うための物だろうが2匹の小鳥がゆったりとくつろいでいる。
「あれは……向かってるんだよ。俺やマールに目的があるのと同じであの人も何処かを目指してるんだよ、今はその道中ってだけ」
「へぇ〜。かっこいいじゃん、どこに向かってんだろうね」
「そりゃどこに向かってるかなんて分からないけど……明後日の方向に行くのが。──イインジャナイカナ」
……その夜。
手頃な宿屋に泊まった2人。
明日に備えてゆっくり体を休めるつもり……の、ハズだったがプチ喧嘩が始まった。
「ここは私の場所! あんたは頑丈だから1日ぐらいそっちのソファーでも大丈夫でしょ」
「いーや無理だね。お前あれに座ったか? 冬の湖面レベルでガッチガチだぞ」
一つしか無いベッドの争奪戦。
部屋を2つ借りれば何の問題も無いが2人は似た様な境遇で家を飛び出してきた、故にそんな贅沢な金銭は持っていなかった。
なんとかかき集めた結果一部屋だけ借りる事に。
「大体なんでこんなところに泊まるのよ、探せば他に幾らかあったでしょ」
「ふ、甘いな田舎者。ここの宿代を舐めちゃいけねぇ、水だけとは言えシャワーが使えるだけで価値が高すぎる」
水のみのシャワーが使えてベッドも及第点のデキ。
その2つだけは問題ないが他に設置されている家具類はため息が出るほど酷かった
シャルルの言った様に長年使っているソファーは
そして何故か壊れかけの本棚がそのまま置かれている、手の行き届いてない棚に小さな蜘蛛が糸を張り快適に過ごしている異様な空間。
「最悪。──今からでもなんとかならないかしら……あ! 閃いちゃった」
マールは満面な笑みを浮かべ鼻歌混じりで凝り固まったソファに座るシャルルに近づく。
「あなたの
ソファの横に立てかけていたシャルルが所持している剣を指差してそう言った。
耳を疑った。
何を言っているんだこいつは、それ以外の言葉が浮かんでこなかった。
気付いた時には剣を奪われまいと両手両足で抱き抱え最大限の抵抗を見せた。
「あの門番、あなたの剣を見てから急に態度を変えたように見えたわ。つまりそれにはすんごい価値があるな違いないわ」
シャルルが抱き抱える剣を引き抜こうとするが地に深く根を張った植物のように動くそぶりを見せない。
ただただ無表情で自らの剣を守るシャルルからは焦りのない必死さを感じられた。
「一体何があなたをそこまで。──いいわ、ならそっちので我慢しましょう」
「そっち? 今度は何を企んで」
マールは腕を伸ばした。
その手の延長線上にあるのはシャルルが所持していたもう一つの武器。
「ははん。次はこの小刀を質屋に持ってこうってか、そうはいかねぇ。ガッチリ肌身離さず守ってやるからな」
「お気になさらず」
マールは腕を伸ばしたままその場に立ち尽くす。
再び力付くで奪い取りに来るかと思っていたがそうではない様だ。だとすれば何を。
そう考えているとマールが何かを口ずさんでいる。『チェック』最後にそう言い残した。
シャルルは違和感を感じる。
さっきまで埋まっていた空間がぽっかりと開いてしまった様なそんなもどかしさが体に伝わる。
「……あれ? ない、どこ行った!?」
「ふふん。これであなたのちっこい剣は私の物ね」
なんと小刀はマールの手の中に。
シャルルが状況を飲み込めずにいるとマールは品定めと称して鞘から小刀を抜こうとした。
「それだけは!」
言葉と同時にシャルルが動いた。
爆発的な瞬発力により距離を詰めると鞘から小刀を抜こうとしているマールの右手首を掴んだ。
当然マールも抵抗を見せようとしたが力が入らない。
床に足がついていない。
体が宙に浮き一切の抵抗も出来ずそのまま床に叩きつけられ押さえ込まれた。
床がきしみ今にも抜けてしまいそうな音が響く。
「イッタ……い」
「ごめん、でも……コイツだけはダメ。売るのが、とかじゃなくて、触る事が許されない」
床に突き刺さった小刀を抜いたシャルルは、次に袖をまくり始めると腕を軽く切りつけた。
当然血が流れて来たが、それは液体として滴り落ちるのではなく結晶となった血の塊が床に転げ落ちた。
「分かる?」
「どく……それもかなり高濃度の」
「正解。ちなみに切りつけなくても刀身が肌に触れるだけでその部分は壊死してく。俺は平気だけど」
「そんな危ない物なら先に言ってよ、死ぬところだったじゃない」
「なんで俺が責められるんだよ。そもそも勝手に取ったのが悪いんだろ? 人から物を取っちゃダメってお母さんから教わらなかったか?」
「……ごめんなさい」
「よろしい! シャワーでも浴びてくる? 俺は先にこの部屋片付けるから」
「えぇ。そうさせてもらうわ」
言葉通りマールは横の扉からシャワー部屋に向かいシャルルは残った。
「さーて軽く片付けないとな。後からトラブルになるのはごめんだって思ったけどあれはなんだ?」
シャルルは床に落ちた本を拾い上げた。
この部屋に元から備わっていた物では無さそうだ、それに近くにはマールのカバンが落ちていた、どうやらさっきの混乱で床に落ちてしまい中身が出て来てしまったのだろう。
「あいつも不用心だよな、自分の物が盗まれるって考えないのかよあのお嬢様は。ちなみになんの本だこれ……なんだこれ」
最初のページを開いてみたが現実とは異なる世界線が展開される
「それか俺が知らないだけで今の富裕層はこんな本を読んで時間潰してんのか? 知ってる言語もあれば知らないのも……でもちょっと楽しいな」
本を読み始めて10分とちょっと。
「あーいいお湯だったわー」
マールが戻って来るまでの時間シャルルはずっとベットに座り本と睨めっこしていた。
「あんた何してんの? それ、私の魔導書じゃない、あなたには3年早いわよ」
よほど集中しているのかマールの存在に気付かない。
すると何かを口ずさんでいたシャルルが徐に右腕を前に伸ばし『チェック』と小さく呟いた。
「あんた魔導書が読め……え?」
「おほほ! こんな感じか! なんか今のいい感じだったんじゃね、次はもっと複雑なやつ、いたんだマール……ってあれ?」
シャルルの目の前で体を抱き抱える様に立ち尽くすマール。そして伸ばした自身の腕を見て状況を理解したシャルルの顔が徐々に青くなっていく。
「これは……」
「えせ……は、やく」
「あの……えへへへ」
「……私の下着を返せ!」
「わー! ごべんなさーい!」
強烈なビンタがシャルルを襲い、その勢いのまま部屋の窓ガラスを突き破り外へと放り出された。
尚、この時に出した被害により出た損害により後日本当に剣を売る事になりかけたが、マールが持っていた魔導書の一つをトレードした事で事なきを得たのだった。
竜と綴る僕らの伝承 よちまる @yochimaru
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