第5話 新章の幕開け? 勇者の第一歩

 雲一つない綺麗な青空に鳥が優雅に羽ばたく。

 今日も平和で心地の良い朝。──ガシャーン! ……そんな事はなかった、昨日はあのままシャルルとリアムの家に泊めてもらい次の日を迎えたが朝から物凄く騒がしい。

 様子を見に行くとシャルルが正座をさせられリアムに怒られている。どうやらコップを割ったらしい。


「寝起きで陶器類を扱うなとあれほど言ったであろう、そなたの脳みそはミジンコドリか何かなのか?」


「うぅ……そんなに怒るなよ〜この通りだから」


「ほんと其方は信じられん生き物だな、これまでどうやって生きてきたのだ」


「まぁ……実質一回死んでるみたいなもんだし」


「あ? 何かほざいたか?」


「いえ、なんでもありません」


 朝から何を見せられているのだろうか。──しかしよくよく考えればシャルルが羨ましい。──なにせ美少女に頭を踏まれるなどそれはそれはご褒美なのでは?


〜〜〜


「其方よ、我にひれ伏すのじゃ」


「ははぁー!」


「うむ、よい子じゃ。よい子には褒美をやらねばな」


ぐにゅ〜ん、ぐにゅ〜ん


「おうふ──これがリアムの……いい!」


 言葉に表せない幸福。このまま踏み続けられ──なんなら死ぬまでずっと。──とにかくこの瞬間は誰にも譲りたくない、自分だけの領域、何人たりとも邪魔など許されない!


〜〜〜


 と言う風に気持ちの悪い妄想を展開し、明らかに危ない親父の様な顔でヘラヘラしているとオースティンの存在に気付いたリアムと目が合う。

 我に返り自分の気持ち悪さを思い出して「あ……」と言う気の抜けた言葉が口から溢れ出た。


「起きていたのか──座ってろ、すぐにご飯を用意する。──其方よ、次はないぞ」


「はい!」


 オースティンとシャルルは椅子に座りリアムがご飯の用意をする。──昨晩も同じ光景だったが、流石に泊めてもらいご飯を用意されるとなるとこのまま何もせずにいられるわけがない。


「余計なお世話だ、座っていろ」


「安心しろ、食材を見た感じ大丈夫だ、俺が作ってやるぜ! 俺の村に伝わる伝統の料理! 牛肉のアリュウスだ!」


 牛肉のアリュウス──これは春白草スプリーブと呼ばれる香草で作ったスープで牛肉を煮込むオースティンの地域で食べられる伝統料理。2人にそれを振る舞うと言う。

 リアムを無理矢理椅子に座らせ目にも止まらぬ速さで料理をこなすオースティンの邪魔をする者などいなかった。──数分後。


「出来た!」


「……」


「……」


 出された料理を見て2人は目を疑った。

 これはこれは見事に真っ黒。

 おかしい……工程を見ていた感じこんな色になる程の調味料は使ってなかったはず……こいつも単純に料理が下手だと言う事をすぐに理解した。


「……貴様は先程、伝統料理は白いスープで牛肉を煮込むと言っていたな?」


「……はい」


「黒いな、360度どこを見渡しても見事に」


「……」


「まぁ見た目より味だろ、いただきます。──不味い……」


 予想通りの感想が聞こえた、リアムも満を持して一口食べたがそのまま固まってしまった。何も言わなくても何が言いたいか分かる。──この料理は不味いと。


「ごめん……俺が責任持って全部食べるから2人はちゃんとした物を……」


「ご馳走様」


「ご馳走さん、ギルドに行くんだからお前も早く食べろよ、なんなら先に行ってるぞ、用もあるしな」


「え? あ、ほんとに全部食べてる」


「我もシャルルに同行する、悪いが後片付けしておいてくれ、貴様も早く来いよ」


 いつも以上に爽やかな顔のシャルルは手を振りながら外に出た。続いてリアムも。

 2人に早く追いつくためにオースティンも食事を早く済ませようと一口食べたが。……しっかり不味い……雰囲気で誤魔化せないか頑張ったがそんな都合よく行かなかった。

 でも単純に嬉しかった、残さず綺麗に食べてくれた事が。


「よーし! 俺も早くあの2人に追いついてやるぞ!」


 後片付けを終えて外に出たが、リアムとシャルルが家の前で倒れていた。

 リアムはお腹と頭を抑えて、シャルルに至っては泡を吹いて倒れている──。


「み、みず……」


「わ……れも……たの……ぐは」


「わぁーッ! ごめんなさいぃー!」


 すぐに2人に水を飲ませ、心地の良い冷気を当てた事で次第に体調は復活した。


「あー死ぬかと思った」


「猛毒を摂取しても体調不良止まりの其方が泡を吹いて倒れるとは中々強烈な料理だったな」


「えっと……ほんとにごめんなさい」


「それにしてもよくもあの腕で料理を振る舞おうなどと考えたものだな、一体どう言うつもりだ?」


「ほんとにただ役に立ちたかっただけで──料理ぐらいなんとかなると思ったんだ」


「まぁそこのアホよりかはマシだ、貴様の料理は食べても死なぬ。其奴は料理が意味不明すぎて新種の毒を作り出したからな」


「だからあれは体にいい毒なんだって、でも毒は好みが分かれるからな」


「……ありがとう、なんだかシャルルを見てたら前向きになれるよ」


「テヘッ どういたしまして」


「はぁ……どうして我はこんな奴に……」


 ため息をつきながら首を横に振るリアム。

 シャルルはこんな調子だがリアムの実力では足元にも及ばない。その事実がリアムの偏頭痛の原因となり悩みでもある。

 そうこうしている内にギルドに到着した、中に入ると視線が一気にこちらに向いた。

 昨日の事もあり必然と注目される。

 シャルルは別の意味で注目されており今もリアムとオースティンの影に隠れて目立たない様に2人の後ろを歩いている。まぁそんな事をしている方が逆に注目を集めるが──。


「あ、リアムさん、お疲れ様です。それとシャルルさんも……」


「あぁ〜今日はいい天気ですね、こんな日は絶好の依頼日和なんだろうな〜わっはっはー!」


「……修理費用と飲み代を」


「やべ! 捕まりそう、お先に!」


「待て」


 シャルルは潜水艦のプロペラよりも速く足を回転させて逃げようとしたが、すぐにリアムに首根っこを掴まれてしまった、進んだ距離は5㎜だけ。


「昨日なんのために金を下ろしたのだ……」


「いや、これは……」


 シャルルが腰にぶら下げている袋を取り上げ中を確認すると大量の金貨が入っていた。

 その袋をそのままメリッサに差し出した。


「これで足りるか?」


「おいおい。──何枚あると余ってんだ? 全部なくなるなんて御伽話じゃないんだから……」


「はい! ちょうど全部ですね」


「ぎゃあぁぁぁ!」


 一文無しになったショックにより、ギルドの待合場所で魂が抜けた抜け殻のような状態で倒れてしまった。チーン……と言う音がよく似合う。


「今日も賑やかだなお前達は」


「ん? うわぁ──でけぇ」


 振り返るとそこには大男が、こんな人間がいるのか信じられない。

 オースティンは目を擦りクッキリとした目でもう一度確認したがデカい……なんならさっきよりデカく見える。


「誰かと思えばグースハイドか。久しぶりだな」


「リアムも元気そうだな、シャルルは……あそこか、何やってんだあいつ」


「放っておけ。それより何か用か?」


「別に用って程じゃねぇ、シャルルが見ず知らずの奴を推薦したって聞いたから気になってよ、まさかとは思うがこのちっこいのか?」


「そのまさかだ、我も夢を見ている気分だがな」


「ほぅ……まぁ頑張れよ青二才、縁があったらまた会おう」


 ガハハ! と大きな声で笑い飛ばしそのまま消えて行く大男。奴は一体……リアムとシャルルともある程度親しい様子だったが。


「まぁ今のはどこにでもいる普通の知り合いだよ」


「え、急に復活した……」


 何事もなく復活したシャルルは急に何かの依頼者にサインをし始めた。

 横からチラッと覗き見したがビギナークラスの誰でも受けれる難易度の依頼だった。


「よし、じゃあ行ってくるよ、二次処理よろしくねメリッサ、帰って来たら飲もうぜ」


「あ、待てよシャルル、今の依頼は?」


「お前の初仕事だよ、目的は依頼をこなす事じゃなくてこの世界を知る事、しばらく帰らずに自給自足生活な」


「世界を──知る?」


「そう、お前は強くなる以前に色々無知すぎる、まずはそれを知る事から、とりあえず4大王国と4大ヌシの事でも教えようか」


 まるで子供がピクニックに行くぐらいのノリでフリューゲルを出発した。

 本格的に特訓が始まる事は楽しみである反面、個性あふれる2人と一緒に自然の環境で生活をするのはとてつもなく心配である。

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