竜と綴る僕らの伝承

よちまる

第1話 ここから始まる伝説の物語(仮)

 朝から活気に溢れた元気な声が空へと突き抜る! 今日はこの国の生誕祭。セール価格の商品や普段お目にかかれないレアな商品などがこの広場に沢山集められている。


「はいはい! いい素材揃ってるよ! 目玉素材はこの赤龍から採れた上質な鱗! 装備強化したい人は見ていってくれ!」


「お、赤龍の素材だって、ちょっと見ようぜ」


「見るのもいいけど買い物は程々にしとけよ、この後オークションが控えてんだから」


「こっちも上質な品を仕入れてるよ!」

「装飾品見てかない?」

「旅の準備はここでしてってくれ!」


 この光景を目の当たりにし余韻に浸る青年が1人。実家を離れてこの地にやってきた。


「着いた! この賑わい! 見るからにやり手の冒険者! ここが狩猟国家フリューゲル!」


 ここフリューゲルは狩猟国家と呼ばれ、基本的に必要な素材や食料、主に作物は自分達の国で育てる事でどの国よりも高い食料自給率を誇る国。

 中には環境的に育たない野菜や果物があるがそれはハンターや訪れた冒険者が依頼を受けて採取に向かう。

 こうして歴史を紡いできた背景から狩猟国家と呼ばれ手に負えない高難度の依頼が流れてくることもしばしば。


「でも。──来たはいいけど依頼を受けるための酒場はどこだ? 人が多すぎて分かんない」


 人混みの中、華麗な足捌きで進んで行く、とりあえずこの集団の中から出る事を優先しようととにかく人が少なそうな所に向かい歩く。


「さぁ始まりました本日のオークションイベント! 勿体ぶらずに行きますよ? 本日の注目の品はこちら!」


 支配人が布を取るとケースの中に入っていたのは輝きを放つキノコだった。


「あ、あれはまさか!?」


「そう、中にはご存じの方がおいででしょう、こちらは死の宝石箱と呼ばれるあの鉱脈地帯にのみ群生すると言われる幻のキノコ! その名前ブラックダイヤモンド! 

あまりにレアで地域によっては空想上の食材として語られる事がありますが、これは紛れもない本物、この珍味…味わいたい方は是非!」


 説明を終えると我こそはと集まった人たちが一気に入札額を上げていく。


「1000デクス!」

「1500!」

「こっちは2500!」

「2550!」

※1デクス=100円


「うわすっげ、あんなキノコ初めて見た、普通のキノコじゃないにしてもあんな金出せないって。──イタッ!」


初めての光景によそ見をしていると歩行人にぶつかってしまった、その人が持っていた袋からトマトがコロコロと転がるとグチャ! と音を立てて潰されてしまった。


「ヤッベェ! あの……ごめん! 申し訳ない!俺とした事が気を取られて!」


「別に気にするな……この時期だとこう言う事はよく起こる、それより初めて見る顔だな、ここに来たのは最近か?」


 そう言われて下げた頭を上げ顔を見ると心臓がドキッとした。

 フードを被っているが俺には分かる、サラサラの髪、蛇の様に鋭く綺麗な瞳、そして何より整った顔立ち。はっ! これが一目惚れというやつなのだろうか。


「はい! そうなんです、実はたった今ここに辿り着いたばかりで。酒場を探しているのですが教えていただけないでしょうか」


「酒場? それならあそこの大通りをひたすら真っ直ぐ歩いていれば嫌でも目に入ってくる」


「なるほど、親切にありがたい、よろしければ何かお礼をさせてくれませんか? トマトの事もありますしお茶でもいかが?」


「悪いが時間の無駄だ。──我は急いでいるのでね。それとトマト一つなくなった所で我は何も思わん。──むしろ喜ばしいぐらいだな」


 伝説の勇者を目指す男の初陣は呆気なく散ってしまった、活気が溢れ楽しそうな人々の声も今では雑音にしか聞こえない程心に深い傷を付けてしまった。


「うぅ……まぁいいさ! 俺はこれから伝説になる男! こんな所で立ち止まる訳にはいかない!」


 勇気を握りしめた拳を掲げた。


「ねぇママ! あそこのおじさん空に向かって何かしてるよ、あれも何かのイベント?」


「あれは違うわ……ただ単に関わっちゃいけない人よ……さぁ向こうに行きましょう」


 そっと拳を下げて何もなかったかの様に酒場に向かい歩き出した。


 時間が経つにつれて熱量が増すフリューゲル中央広場、それとは対象に下がり続ける人が1人、先程広場で自称勇者とぶつかったフードを被った人物。


「やっと静かになって来たな、ほんと鬱陶しくてたまらん、ただでさえ人が多くて暑苦しいのにイベントとなれば一層暑苦しい」


 昼間にも関わらず日光があまり当たらない薄暗い路地を歩いている。

 しばらくして家にたどり着いた人物は開閉する度に軋む扉を開けて中に入った。


「あ〜おかえり〜祭りはどうだった」


 奥の部屋から1人の男が出て来た。


「くだらん、そんな事を聞く為に起きて来たのか? いいから寝てろ、食事を用意するからよく食べてよく寝ろ、よくならないなら薬をもらって来てやるからな」


 食事を済ませた男はすぐにソファの上で横になり寝込んだ、食欲はあるが顔色が悪くとても苦しそうな表情を浮かべている。


「やはり薬が必要みたいだな……酒場ギルドに顔を出してくる」


「え? わざわざ俺のために? 優しいなお前は〜」


「1人であんな大勢の所に行くなど決して喜ばしい事ではないが……其方の弱々しい姿を見るのも我とて喜ばしくないから」


「行ってら〜」


「絶対に安静にしておくのだぞ?」


 フードを被った人物は再び外出し酒場ギルドに向かった。


 ギルドは普通の酒場として経営しつつメインはハンターや冒険者達が依頼を受けるための受付の場所、緊急性の高い依頼は国から直接依頼が出る事もあるが基本的にギルドに行けば全ての依頼に目を通す事ができる、故に人が大勢集まる。

 フードを被った人物は人混みが大の苦手だが、薬をもらいに立ち寄るだけなので多少の我慢で済む。

 と考えているが現実と言うのはこう言う時に限って上手くいかない、それを体験するのはほんのすぐ後の話だった。


予想外の出来事まで10分──。


 国が祭りで大盛り上がりの中、中央広場に負けず劣らずの盛り上がりを見せるギルド内部、祭りのためにレアな素材を集めた冒険者仲間達がお互いに功績を褒め合い酒を片手に語り合っている。


「え? だからもっとランクの高い依頼は受けれないのか?」


「はい。──お客様は未登録の冒険者ですので上のランクに挑戦するにはまずギルド名簿にエントリーしていただかないと……」


 自称勇者は目的の酒場に到着したが高ランクの依頼が受けられないと言う事実を聞いた。当然と言えば当然である、見ず知らずの冒険者に危険な依頼は渡せない。


「そうだぞ若造! 何事もまず下地が大事だからな、いきなり上を目指すと痛い目見るぞ、それはそうと気合が入ってるのはいい事だな!」


「えぇ〜でも俺の実力を知って貰えばすぐにでも……なんなら紫銀の龍だって!」


「ハハハ! それはいい事じゃないか! それならその実力とやらを認めてくれるマスターを見つけるんだな、そいつに頼めば特例で昇格してもらえるかもしれん」


 話を聞くとこのギルドは大きく分けて3つ、ビギナー、スタンダード、クリエイティブに別れ誰しも初めはエントリー試験を受けて合格すればビギナーからスタートする。

 しかしマスター? と言う存在から推薦されればいきなりスタンダード、なんならクリエイティブからスタートする可能性もあると聞いた。


「とは言っても知り合いも居ないしどうやってそのマスターとやらに接触すればいいんだよ、とほほ……ぐずっててもこのままだしとりあえずエントリーぐらいしとこうかな」


 酒場の隅にあるテーブルに座っていた自称勇者は立ち上がりギルド名簿にエントリーするためもう一度受付に向かうが、力強く台を叩く音、そして語気を強めた声が聞こえた。


「ないってどう言う意味だ?」


「そ、そのままの意味です--最近は祭りに合わせてレアな素材や食材の依頼を受ける方がほとんどでしたので優先度の低い依頼は……」


「……なら仕方ない……我にその依頼を寄越せ。──すぐにだ」


「は、はい!」


 鋭い眼光で受付嬢を睨みつけたのは先程出会ったフードを被った人物だった。


「そ、それでは・リアム。お一人の依頼でよろしいでしょうか?」


 マスター? 今確かにマスターと聞こえた、推薦する権利を持つ実力者。

 彼女がそのマスターなのだろうか、難しい事は考えずに舞い降りたチャンスをモノにすべく、人を押し除け彼女の目の前まで強引に移動した。


「当たり前だ……それよりその呼び方をするな。我はまだ認めて──


「俺も! 俺もつれて行ってくれ!」


 自称勇者はリアムの言葉に被せる様にそう言った。


「お前は先程の……」


 断られると思っていたが彼女はすんなりと許可をした、名はリアムと言うらしい、握手を求めるが「時間の無駄だ--。すぐに出発する」といい酒場ギルドから出て行った--。

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