第2話 初めての冒険。洗礼のお出迎え
2人はフリューゲルの外に広がる広大な大地を歩く、彼女は時間がないと言っていたが結局あの後本当に何の準備もなくあの街を飛び出した、せめて何処かで軽い挨拶でもしておくものだと思っていたのだが……冒険者と言う者はこれが普通なのだろうか。
「ねぇリアムだっけ? あんたマスターなんだよな? マスターが何の事なのか分かって無いけどとにかく推薦する権利持ってるんだろ?」
「……どこで聞いたのか知らないが我がマスターと知れば貴様の様に推薦だのなんだのすぐにそうやって駆け寄って来て鬱陶しい……推薦の事など我に聞いても無駄だ……我はその権利がない」
「え? だったらマスターって……もしかしてマスターって名前なのか?」
「そうではない、したくないからだ……なんの目的があるのか知らぬが我に頼むのは時間の無駄だからやめておくのだな」
「ふふ、目的? よく聞いてくれた…俺は産まれながらに国に……いや、世界に認められた存在! 伝説の勇者となり世界に幸福をもたらす象徴となるのだ!」
これは決まった。──と心の中で呟くがリアムの反応を伺うと、何も聞いていないと言わんばかりに俺を無視して……それに心なしか早歩きになっている気がする。
「お〜い……ちょっとぐらい興味持ってくれてもいいだろ?」
「たわけ。──自身を勇者と豪語するのであればまずはそいつらの相手でもするのだな」
「そいつら? ってどいつら? あぁこいつら?」
周囲を見渡しても魔物は見当たらない、足に変な違和感を感じ下を見ると複数のスライムに囲まれていた。
「おいおいお嬢さん、流石に俺の事舐めすぎじゃないか? こんな奴ら俺にかかれば。──うわ! ちょっとやめろ! くすぐったいって」
スライムは飛びかかり自称勇者の体に張り付き体を震わしている。
これはこのスライムの得意技でこうする事で粘液を出し相手の防具や服を溶かすのである。
もっとも──少しの魔力で装備を保護すれば溶かされる事はないし仮に溶かされたとて人体になんら影響はないが。
「何をしているのだ……そんな奴らに遊ばれるなどよく勇者を名乗れたな……先が思いやられるわ」
「あははは! あ、ちょっと助けてよリアム! くすぐったくて力が……ふふふ、マスター! リアム様! リアムさん助けて〜」
「はぁ……」
大きなため息をつきながら自称勇者を救出すべく張り付いたスライムを1匹ずつ摘んで剥がし摘んで剥がした。
「いや〜助かった助かった」
「貴様は本当に勇者なのか? それどころか戦闘すらまともにした事ない様に見えるが」
「親父に稽古を付けてもらったしイメージトレーニングもバッチリだよ」
「貴様はよくそれで今まで生きて来れたな、運がいいのかどうか」
「いや運はないでしょ、それにリアムだって俺の潜在能力を見出したから連れて来てくれたんだろ?」
「なんの事だ?」
「だから依頼を受けた時だよ、正直あんなにすんなり許可をするなんて思わなくてな」
「あぁ、貴様の事だ……どうせ断れば幼児の様に無様に泣きついて来るだろうな。そちらの方が面倒臭いから承諾しただけの話だ。決して貴様の実力を認めた訳ではない……それにさっきのザマでよくそんな口叩けるのだな」
確かに今の所何一つとしていい所がないが冒険は始まったばかり……いずれ彼女を助ける時が来る! ……と息巻いたはいいが現実とは常に非情である。
気合を入れればなんとか! なんて事はそうそう起こる事ではない、目的の場所に到達した頃にはヘロヘロになっていた。
「ちょ無理……何時間歩けばいいんだよ」
「1時間ちょっと歩いただけで情けないのう」
「1時間も歩いたんだろ? なら休憩しようぜ休憩」
「別に貴様はそこで待っていればいいさ、手を貸して欲しくて連れて来た訳ではないからな。我の邪魔をせずに散歩でもしてるといい」
「クッソ……もっと走り込みしておけばこんな事には……待ってくれよ──」
自称勇者はリアムに離されないよう何とか喰らい付き後ろをついて行く、リアムは後ろを一切振り向く事なくひたすら森の奥地へと進んで行くと、次第に森は異空間にでも迷い込んだかの様な異質な姿へと変貌した。
丈夫な根を張る草木もあれば枯れ果てた草木も……数秒の間で枯れては生い茂り、枯れては生い茂り……それを繰り返す不思議な植物。
何より異質なのは川……水の色がそうなのか光でそう見えるのか分からないが水の色が紫だった。
それに甘い匂いや刺激的な匂い、時には腐敗臭と生物が生存しているとは思えないメチャクチャな環境だった。
「うえっ なんだよこの森……」
「ここは忘魔の森と言ってな--なんでも遠い過去にここを拠点に呪文の研究をしていた魔導士がいたが…その余波が今でも留まっている…
魔導士はいなくともこの土地には忘れられた魔力が沢山残る。その忘れ物の魔力がお互いに干渉した結果こうなってると聞いた」
「こんな所になんの様だ?」
「依頼の通りだ……ここに薬の材料となるトランスマッシュと呼ばれるキノコがあるんだがそれが狙いだ」
「トランス? 聞いた事ないな」
「冒険者なら知っておいて損はない、そのキノコは毒を中和する性質がある、そのままでも効果はあるがとても喰えた物じゃないがな」
「だから調合して薬にすんのか…毒? もしかしてリアムがそんなに急いでいるのは毒に侵された人を助けたいからか!?」
「少し違うが大体そんな所だな」
まさかリアムにそんな事情があったなんて……それなのに俺は……俺は! これまでの自分の行いを悔いた自称勇者はリアムのために人肌脱ぐ事を決心した。
「ならすぐに目的を果たそう! 時間は限られてるぞ! ちなみにそのキノコは何処にあるんだ?」
唐突に気合を入れた自称勇者はリアムの正面に移動し両手を取った。
「なんだいきなり……この流れてる川があるだろ? このまま進むとこいつの水源があるんだがその辺りに群生している」
「上流だな!? 任せろ!」
「あ、まて! 上流には魔物が…」
リアムは自称勇者を静止したがその声は届かずに1人突っ走ってしまった。
上流を目指しひたすら走る自称勇者は橋を渡り切り株を飛び越え縄張り争いをしている魔物の間を通過し川の上流まで辿り着いた。
「あった! あれがトラ……なんちゃらキノコだな、光を当てる角度によっちゃ透明に見えるけどさっき見たブラックダイヤモンドとか言うキノコにそっくりだな」
早速幾つか地面から抜き取り帰ろうとしたが、雄叫びと共に何者かが天空から自称勇者目掛けて襲いかかって来た。
「スナッチ!」
そして自称勇者は何者かに後ろから思い切り引っ張られ攻撃を躱す事が出来た。
「イテェ……今のはリアムの魔法か? すげぇ」
「こんな初級魔法が楽に通じるなんて貴様は鍛錬が足りておらんな、それよりグレイハウンドか……何故こんな場所に」
「グレイハウンドって言うのか? あのクソでっかい犬」
「そうだ……まだ幼体だがな、大人は体長10メートル程で一回のジャンプで山を飛び越えれるなんて言われるぐらい脚力が凄まじい魔物だな」
リアムは腹を空かせたグレイハウンドの前になんの躊躇いもなく立ちはだかった。
「所詮子供だ、我に歯向かうなど身の程を知るがいい。時間がないのでな…全力で行かせてもらうぞ」
リアムの足元に極大の魔法陣が出現する。
「ぐあぁぁぁ」
グレイハウンドは自慢の脚力による生み出したパワーで地面を蹴り、音速をも越える初速で飛びかかると、それにより強風が吹き荒れるほどの余波が自称勇者を襲う。
どんなに早くてもリアムには通じない、動きを完全に捉えたリアムは十分に相手を引きつけてから、
「ヘルインフェルノ!」
膨大な魔力によって生み出された魔法ははグレイハウンドにとどまらずその後方の崖をも貫き天まで打ち上がった。
自称勇者には何が起こったのか理解が追いつかなかったが、その場に倒れるグレイハウンドを見ると首から上が綺麗に無くなっている……消し炭となり消えたのだろう。
「スッゲェ……これがマスターの力……」
しかしリアムは倒れたグレイハウンドを見て不服の表情を浮かべていた。
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