第21話 闇を照らす聡明の道導

 凶暴化した魔物達の雄叫びが響く静寂な夜道を進む2人は森まで迫っていた。

 ただ闇雲に進んだ訳ではなく微かに残った果実の甘い匂いを辿りここまで移動した、リアムの鼻があったからこその動きである。


「結局ここまで来るのか、もしかして忘魔の森?」


「分からぬ、それにこの森に入ればより一層分からなくなるぞ」


「──手がかりもないし進むしかないか」


「そうだな、油断は……大丈夫そうだな、其方そなたにしては珍しく本気みたいだからな」


「当然当然、なんたって可愛い弟子のピンチだからな」


 シャルルは背中に背負っている鞘から剣を抜いた。


「黒鋼で製造されたこいつがあればもう敵無しよ。焼き切れる限界まで鍛えた鋼で作ったこいつの凄さをやっと理解したみたいだな」


 シャルルはこれまでに無いほど嬉しそうな笑みをリアムに向けたが、『それは無い』それを一蹴した。


われはその小太刀の事を言っている」


 そう言って背中の剣とは別に腰に掛けている小太刀を指差した。

 背中の剣と腰の小太刀、大抵なんとかなる為基本は剣だけで戦うシャルルだが、それに加えて小太刀を装備している時の彼が本気の姿。


「なんだこっちか。──念の為よ、念の為な……」


 少し不満げに頬を膨らませるシャルルを横目にひかりを灯したリアムはひと足先に森へ足を踏み入れた。

 普段からよく訪れる森だが、真夜中となるとこれまでの常識は全て通用しない。

 昼間であればリアムやシャルルから放たれる一般人とは違う雰囲気を察して近寄ってくる事のない魔物も殺気立っている今ならむしろその逆、現に草むらの奥から漂う気配は2人も感じ取っている。


「なんかあれだよな、いいよなこうゆうの」


「何が言いたい?」


「──親友みたいじゃん。こんな夜中に2人で散歩だよ? 仲が深くないと出来ない行動だよな」


「呑気だな。別に其方そなたを心配している訳ではないが緊張感のまるで感じられないそのニヤケ顔はやめた方がよいのではないか?」


「逆にあれだよ。お前が硬すぎるんだって、もっとここをこうやって!」


「な!? やめ!」


 シャルルは餅のように白く柔らかいリアムの頬をこれでもかと引っ張り、笑顔を作り上げる。

 当然抵抗するが、それでもお構いなく引っ張り続けた、気が済むまで、満足するまで続けた。

 そして魔物達の呻き声を掻き消すようにシャルルの笑い声が森の中を彷徨う。


「あーあ、満足満足。ちょっとは柔らかい表情になったか?」


「──こんなしょうもない事でそこまで笑えるとはな、子供じゃあるまい」


 少し赤くなった頬をさすりながら再び前を歩き始めた。

 歩き始めたかと思えば突然立ち止まる。そしてその場でしゃがみ地面に右手をついた。


「──其方そなたは気付いておるのか?」


「やっぱりリアムもそう思う? これはあれだね、変だね」


「──揺れておる……森が」


「思った以上にヤバすぎる状況か……やるしか無いか?」


「当然そのつもりだ、其方そなた離れろ」


 シャルルは距離を取る。

 それを確認し、リアムは左腕を前に突き出す。

 目を瞑りゆっくりと大きく深呼吸をするたび付近の空気が強張るほどの異様な緊張感に包まれる。

 そんなリアムを狙う魔物がゾロゾロと集まって来るが、リアムは威を返さない、なぜならシャルルが居るから、自信は一つのことに意識を割き他はシャルルに任せるという2人の信頼があっての行動。

 しばらく不動の状態が続いたリアムだったが、右の鉤爪を利用して自身の左手首を傷つける。

 辺りに血の匂いが広がり飢えた魔物達が一斉に襲いかかるがそれら全てはシャルルの魔法で氷漬けとなる。


「そろそろ?」


「──ご苦労、よくやった。──なんじ、──聡明の言霊よ……高貴なる血筋に答えろ」


 突風と共に魔法陣が足元に出現、その風は森全体を動かし氷漬けにした魔物達を粉々に吹き飛ばした、シャルルですら状態を低くしていないとすぐに飛ばされそうなほどに強い。


「我の力を与えよう、聡明の言霊よ、──我らに導を与えたまえ!」


 更に強く吹き荒れる、半径20メートルにある木々が次々と倒れ獰猛な魔物達も弱々しい鳴き声を発しながら離れていく。


「──わたくしをお呼びになったのはどなた?」


 2人の脳内に言葉が流れる、姿は見えないが確かにそこにいるうっすらと赤いモヤが2人を包みまるで異質の空間に飛ばされたかの様だった。


わたくしをお呼びになったのはあなたですね? では、あなたのお願いをお聞きになりましょう」


「この森どこかに勇者の御霊を継ぐ男がいる、そいつにたどり着くまでの道筋を我らに示してほしい」


「我ら、と言いますと。──あの方もそうですか、分かりました、わたくしの力を貸しましょう。──ですが、お二人分となりますと、それ相応の魔力も必要になりますがよろしいですか? その魔力を負担するのは、わたくしを呼び出したあなた1人となります」


「当然、承知の上だ。我の魔力を存分に使うがよい」


「いい心がけでございますね、それでは」


 シャルルを包んでいたモヤは晴れ、全てのモヤがリアムを包み込んだ。

 その周囲は強力な磁場の様なものが発生し、誰1人として近付く事は出来ない。それはシャルルとて例外ではなかった。

 中で何が起こっているのか確認する事は出来ないが、情報が絶え間なく頭に流れてくる、森全体が、全ての光景が脳裏に浮かぶ。

 頭の中の情報と死闘を繰り広げていると、リアムの悲痛な叫び声と共に赤いモヤも綺麗に消え去った、──暗い森と差し込む月光、見慣れた場所に戻ってきた。


「──わたくしに出来る事はここまでです。後はその光の玉がお二人を導くでしょう。──それではまたの機会に……」


 急に頭の中がスッキリした、そんな気分だった。


「リアム、大丈夫か?」


 頭を抑えて疼くまるリアムを抱き抱える。


「──問題無い……それより、其方そなたも……先程の光景が見えたか?」


「バッチリ、リアムのおかげだよ」


 哀愁漂う雰囲気が2人に流れる。


「まだ何も終わっておらぬぞ、これからが重要な部分だろ」


「──そうだな……そうだったな、まだまだ先は長いよな」


 時間に余裕などない、すぐにでも行動に移さなければ手遅れの可能性もある、それでもシャルルは焦らなかった、それどころかしばらくの間リアムを抱き寄せその場から動かなかった。


「よし。──行こうか」


 聡明の言霊から授かった光の玉に従い2人は森の奥、更に奥へと進んで行く。

 一筋の光すら届かない暗い森の中も光の玉が2人の行く末を照らす。

 その先に待っているのは希望か絶望か、様々な思考が交差する中希望を求めて2人は進み続けた。

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