第24話 最期は突然に

「ハァ……ハァ……よし、誰もいないな、いないよな?」


 先程までの狭い道とは違い広めの空間が現れた、天井から水滴が滴り落ち小さな水溜りの出来たその広場は程よく冷たい空気が漂う快適な環境だった。


「ハァ……やっと追いついた。──そろそろ聞かせろ、貴様は一体何をしている」


「話したいのはそうなんだけど、そんな隙が無いんだよ、あいつらは急に現れるからな」


「あいつら? 誰の事だ……シャルルが何かの気配がすると言っていたがそれの事か?」


「多分、と言うかそうだね、俺はよく知らないんだけどさ、あれって黒魔術師って奴かな、なんかこう、黒いモヤのかかった魔法をこう、ばー! ってした感じでさ」


「なるほど」

(分からぬ、分からぬぞ。暗いモヤ? 聞いた事が無いわけでは無いがそれだけで黒魔術師とは……それにこの気配、敵はもっと)


「──おーい、聞いてるか? 先に行っちまうぞ」


「あ、待て」

(チッ。何故か奴の前では微妙に上手くいかないな、シャルルもシャルルだがこいつも大概だな)


「あまり先に行きすぎるな、この暗さじゃすぐにお互いを見失うぞ」


 この洞窟こそ自分の庭、と言わんばかりに躊躇いなく前に進むオースティンを少し羨ましく思う。そんな気持ちを秘めて一歩を踏み出す。


「ケケケケ」


 突如耳元で囁かれた不快な笑い声がリアムの頭に伝播する。


「誰だキサマ!」


 脚力を活かしたステップですぐさま距離を取る。そこにいたのは普通の人間、見た目だけは普通の人間だった。


「この薄気味悪い気配、まさかこんな所で会えるとはな」


「えへぇ♡ 子供を追ってたはずが〜 こんなところで思わぬ収穫がぁ〜」


 男のねっとりとした気色悪い声がリアムの耳を絞らせる。

 酔っ払いの様なフラフラとした立ち姿に鼻歌混じりのヘンテコな歌、その雰囲気から警戒を緩めてしまいそうなものだがそんな事はない、その男から発せられているドス黒い気配がそうさせなかった。


「リアム! あいつだよ、俺がさっき言ってたの」


「──分かっておる、われに任せろ」


「任せろ? 1人でぇ? 自信があるようだねぇ、その自信、僕にも分けてくれないかなぁ〜えへ。えへへへへへ」


「なんだコイツ狂ってる」


「だぁあはぁ……そこ、危ないよ」


 あまりに一瞬の出来事だった。

 突如崩壊した天井は真下にいた2人を襲う。瓦礫みるみる内に積み上げられ瞬きを3度する頃には完全に山になってしまった。

 そんな規模の崩壊が起こればシャルルの元にも当然音も振動も届く、そちらに急ぎたい気持ちもあるが厄介な連中に追われこちらも大変である。


「いやー普通の人間だったか。変な気配だったからちょっと楽しみだったんだけどなぁ。──それよりどうしようかなぁ、全員相手にするのもめんどくさいし、撒こうにも追ってくるのは上手いんだよなぁ、地形を完全に把握してそうだし……あ!」


 浮かぶ妙案、この手があったか! とニヤニヤしながら何度も首を縦に振る。


「そうじゃんそうじゃん、地形を把握してるなら変えればいいや、こんな簡単な事に気付かないなんて俺も歳だな」


 足元に魔法陣を形成し冷気の魔力がみるみる集まる。

 その冷気はただ集まるだけではなく湿った岩肌をも凍らせるほど密度の高い純正の魔力が環境を変える。

 凄まじい魔力を持つ者、強大な魔法陣を形成、展開する者、そう言った能力の高い魔術師も一昔前前に比べればさほど珍しくもないが、彼はそんな魔術師とは少し違う、魔力の高さではなく密度、そこに注目した結果他とは劣る魔力でもそれから放たれる魔法の威力は2倍にも3倍にも膨らむ。

 そんな威力の魔法が放たれれば地形を変える事など造作もないが問題が一つある、こんな所でそんな魔法を放って良いのか否か、答えは当然否、彼も当然それは分かっている、だが時間がないのと天性の面倒くさがりと楽観的な性格が災いし、まぁなんとかなるなだろの精神で少々抑え気味だがこの狭い通路で魔法を放った。


「行くぞ! そんじゃあ後はなんとかなれ魔法!」


 放たれた魔法は辺り一面の環境を変えながら地形を破壊し進み続けた。

 通った道には氷柱が生成され道を塞ぐ、ギリギリ通れなくはないが氷柱は上にも生成された為、万が一それが上から降ってこようものなら串刺しとなり、又、氷の影響によって死体が腐る事なく未来永劫彫刻と成り果てるだろう。

 彼が放った魔法はそんな凶悪なトラップが幾つも張り巡らせたデスロードとなった。


「よし! 次行くぞ次!」


 先程の揺れと音の正体を探るべく再び進み始めた。

 一方その張本人はと言うと。

 シャルルの放った魔法による揺れや音は一切気に留めず相変わらずヘンテコな歌を歌っていた。


「あっかーい鱗を削ぎまして〜しったたーる鮮血コーティングぅ〜高値で取引……一等品〜⭐︎」


 男は絶妙なステップを踏みながら周りを見渡すと、水溜りの中で光る何かを見つけた。

 宝に目がない男はそれに近付き暗闇の中目を凝らす。


「お! おぉ! こんな所にレイデンゾ鉱石ぃ! ついてるなぁ〜あは、明日は曇りかな? 出来れば雨上がりが嬉しいけど、ぐふふは……あぁ?」


 崩壊した天井にやって出来上がった山の一部が動いた。

 その部分は高熱により赤く染まりまるで鍛冶屋が鉄を溶かす時の様にドロドロに溶け去った。


「まだ戦いは終わっておらぬぞ、それとも既に勝ち誇ったつもりか?」


「あれぇ? 生きてたのぉ? まぁあれぐらいでは死なないとは思ったけど予想以上にピンピンなんだぁ」


「随分と余裕だな、われも甘く見られたものだ、先程も声を出すのではなくあのままわれ攻撃を仕掛けていれば良かったものを、まぁ三下のキサマが殺気を殺して近付くなど到底不可能だがな」


「うへへ♡ あんまり無理しない方がいいよん。平然を装ってるけど結構きてるんでしょ? そんなのお見通しだよぉ。それに君弱そうだもん。──だって人間を助けて自分が下敷きになるなんて、一応聞くけど本当に竜? 君竜だよね?」


「キサマの様なヘドロにわれの素性を明かす義理などない。代わりに一ついい事を教えてやる、力に溺れた者の死はとてつもなくつまらんぞ、死はあまりに突然やってくる」


「だはぁ! なにそれぇ。──君面白いこと言うねぇ……あ! つまり今の状況って事? 君は今ここであっさり僕に殺られるから、うへへ! うへははへふへふへへ!」


「──はぁ。呆れてものも言えぬ、本当に人間という種族は……」


「愚かだよな」


 聴き覚えのある安心する声。

 その言葉と同時に暗闇の向こうから淡い紫色の刀身が男を襲う、が、男も人間離れした恐ろしい反応、状態を反らし寸前のところで躱した。


「へ! ふへへ! お仲間ぁ? ねぇねぇ、さっき僕に声をかけずに攻撃すれば良かったって馬鹿にしたよね? 仲間が同じ事してるよ? ほら、さっきのセリフ言わないと、ほらほら! 早くさっきの!? ……あ、あ、……」


 男は膝から崩れ落ちた。

 なんとか状態を起こそうとするが体が震え起こす事が出来ずそれどころか全身の力が一気に抜けてゆく。


「──なんの話? まぁそれはどうでもいいとしてアンタもしかして俺の攻撃を避けたって思ってた系? 残念だけど躱せてないよ、それどころかクリーンヒット、小太刀こいつに塗られた毒が強力すぎて血が流れない程度に抑えないと人間なんてすぐ死んじまうからさ、もしそうなったらお前から話が聞けないだろ? さぁ……早くしろ、さすれば楽にさせてやる」


 環境を一変させる冷気魔法よりもさらに冷たく冷酷な視線を男に向け、シャルルによる尋問が始まった。

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