第7話 それでも竜は共にゆく
次の日、──青空を優雅に舞う大きな鳥の鳴き声で目を覚ました。
地面にシートを一枚敷いただけだが体の痛みはなく非常に快眠だった。
「起きたか──早く準備をしろ、すぐに出発するぞ」
「おはようリアム、出発って何処に?」
「知らぬ。──我が決める事ではない」
「ふあぁ〜……シャルルは?」
「貴様の後ろだ」
「え? ──うわ、びっくりした……なんでこんなとこに」
いつの間にか2人で添い寝をする様な形になっていた。丸まって寝ているシャルルは無邪気な子供の様で少し可愛かった。
そんなシャルルを起こし、リアムが用意したスープを飲んで身体を目覚めさせた。
「──何をするか決めておるのか?」
「……ん、ああ俺に言った? まずはこの地方の事を知ってもらわないとな、昨日は結局何も話せなかったし。──それとオースティンが何を目指してるとか知りたい、それが知れれば多少は効率よく特訓できるかも」
「ふふ、よく聞いてくれた。──俺は伝説の勇者を目指してるんだ、そのために故郷の離島を離れた。そして海を渡ってボレアス地方1番の大陸までやって来たんだ」
拳を突き出しドヤ顔でそう語った。
「伝説の勇者ってのは知ってる、具体的に何をどうしたらいいか聞きたいんだけど──」
「えっと……具体的にとは?」
「マスター冒険者になる為にはこれをしないといけない──みたいな決まりがある訳じゃないだろ? 何を持って伝説の勇者って認められるんだ?」
「……確かに……言われてみれば──そ、そうですよねぇ」
その答えに難しい表情をするシャルルとガッカリとした様子のリアム。
「貴様は何も考えずにここまで来たのか? フリューゲルに行けば何か手掛かりが掴めるとでも思ってあったか?」
「確かにそれもある……」
「そう言えば貴様、我とギルドで会う前、紫銀の竜がどうとか言っておったな」
「あれ聞いてたのか……そうだ! それだよ! 竜だよ竜! そいつを倒せばいいんだよ!」
「竜を倒すとな──」
リアムは少し顔を強張らせて話を続けた。
「貴様は竜がどんな存在か知っておるのか?」
「舐めてもらっちゃ困る、それぐらいは知ってるさ、竜はその圧倒的な力で世界を牛耳っていた。──しかし遥か昔にいた勇者はその竜に戦いに挑み支配を退けた。その後は勇者のいる限り竜による被害はパッタリとなくなり今もこうして平和な世界がここにある」
オースティンは誇らしげに語る。
この話はボレアス地方のみならず海を越えた先の様々な大陸、この世界の全土に伝わる伝承、個体数こそ少なく出会うのも貴重な存在ではあるが、今現在でも竜は世界中から恐れらている。
しかしその反対、竜を探し追い求める集団もいる。
いつからか竜の素材はとてつもなく希少価値が高く高値で取引される様になった。
竜の個体数が年々減っているのはそれを狙う謎の闇団体が存在がいる事も大きな要因となっている。
オースティンの話を聞く限り広く伝わる伝承は知っているが闇団体の存在は知らない様だ。
「てな訳だ、俺もそんな竜を倒して貴重な素材を故郷に持ち帰れば認められるんじゃないか? 問題は何処で遭遇するかだな、紫銀の竜よりも赤竜の方が遭遇しやすいかな? 風の噂で聞いたけどこの大陸の何処かに巣があるって聞いたし」
語り終えたオースティンは満足した顔で2人を見つめた。
「そんな話……誰から聞いた!」
静かに話を聞いていたリアムだが突如顔色を変えてオースティンの胸ぐらを掴む。
ぽかぽかな天気の下で悠々としていた食事風景は一気に崩れ重苦しい空気へと変わる。
「やめろリアム。──悪い癖出てるぞ」
シャルルはすぐに2人を引き剥がしリアムを落ち着かせる。
「奴は……我の前で……あんな侮辱を……」
シャルルを突き放し2人の元から離れる。リアムの目はとても鋭く殺気に溢れていた──。
「──どうしよっかな……悪いオースティン、ちょっと待っててくれ」
シャルルはリアムを追いかけて行った。
「──びっくりした。今のリアム……まじで怖かったな……」
オースティンは緊張から解き放たれたかの様に力なく腰を下ろし、2人を遠くから見つめた。
「リアム、リアム! 最近は治ったと思ったのにまた再発か? お前にとって簡単な事じゃないしリアムの辛さは俺には理解できない、けど」
「言われなくても分かっておる。我も少し熱くなりすぎた」
「あいつだって悪気がある訳じゃない。──話し合えば分かると思う」
「其方の言葉であろうとそれは信じられん。悪気がないのに我の前であんな事をペラペラと喋れるはずがなかろう──」
「あ、それは勘違いというか──」
「あいつもそこらの人間と同じで竜を道具としか思っておらぬ……だから我の前で平気で言えるのだ。──あの伝承も真実は……」
「だからそのなんて言ったら……」
リアムは急に振り返りシャルルの胸ぐらを掴んだ。
「リアム?」
「其方……ほんとにシャルル・レイ・クルセイドか? 何故奴の肩を持つ、擁護の仕方が不自然すぎる」
「オースティンなんだけどさ──あいつ……お前の正体が竜って気付いてないぞ」
リアムはゆっくりとシャルルを離し考え事を始めた。
「何を言い出すかと思えば。──短い時ではあるが我と同じ空間にいてこの目を見ているのだぞ? 奴は我が人間とでも思っている、とでも言うつもりか?」
「実は昨日の夜、オースティンと話してる時に聞いたんだよ。──初めて獣人を見たって、お前の目を見てそう判断したって言ってたからマジでお前の事獣人って思ってるぞ」
「その言葉に嘘偽りはないな?」
「はい、誓ってございません」
リアムはその場に座り込み腕を組みながらしばらく考えた後に、オースティンの元に向かい自分が竜である事を話し始めた。
それを聞いたオースティンは土下座をして何度も何度も地面に額を打ち続ける。
次第に額の皮が擦りむけ血が出て来たため、リアムは急いでその行為をやめさせて特大の絆創膏をぺたっと貼り付けた、リアムに治療されたオースティンはとても嬉しそうな表情だった。
「な? だから言ったろ」
「信じられん……これほどまでに無知な人間は見た事ないぞ」
「──だって、気付かないって普通、竜ってもっと角とか尻尾とかあるイメージだったし」
「隠してんのよ、リアムのほんとの姿は正真正銘の竜だよ。竜は膨大な魔力を身に宿してる、その力を使えば姿を変える事ぐらいなんて事ない。──姿を変えるのに魔力は使い続けるけど通常の状態よりも消費するエネルギー自体は少ないから姿も隠せてエネルギー効率も悪くない、一石二鳥、いや一石二竜だな!」
シャルルの言葉に合わせて枯れ草が舞い上がる。今日も絶好調のシャルルだった。
「……こいつは置いておこう。それよりも貴様」
「は、はい!」
「竜は人間どもの玩具ではない。──力試しをする物でもお金稼ぎの道具でもない」
「大変申し訳ありませんでした」
「それに覚えておけ、大した理由もなく己の私利私欲の為に竜に戦いを挑むと言う事はな──歴史の中に戦争を刻む事を意味する、履き違えるな」
リアムの強烈な圧により顔を上げる事も出来ず地面に頭を着け続けた。
シャルルはそんなリアムにも臆する事なくいつもの様に肩を組んで笑っている。
「いい加減顔を上げろ、そもそも貴様が戦いを挑んだ所で戦争など起こるはずがない──鼻息ひとつで貴様は死ぬ、それを知っていながら取り乱した我が悪かった」
「そう言う事だ! 和解も出来たし今日こそちゃんとした特訓するぞ、お詫びとしてリアムにもめちゃくちゃ付き合ってもらうけど」
「好きに使え」
「じゃあ行くぞ!」
愉快なステップを踏みながら移動し始めたシャルルを横目にオースティンに手を差し出したリアム。
立ち上がった事を見届けてからリアムもシャルルの背中を追った。
「リアム……」
右手を見つめた。
差し出された手はとても温かかった、今でもその温もりが残っている。
それに対して左手は冷たく冷え切っている。──心の冷たい人間……まるでそう示唆されている様に感じた。
温もりの残る右手で冷え切った左手を覆いながら2人を追いかけた。
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