第32話 ガンガレオン大陸

 〜〜〜ガンガレオン大陸〜〜〜

 狩猟国家を保持する主要4大陸の一つ、その中でも最大の立地面積をほこり歴史も古い伝統的な地域である。

 そして目的のレギンフォードに行くためこの大陸に訪れたシャルルとマールは順調に歩みを進める……とは行かず現在は岩肌がゴツゴツした急斜面を登っている、実質崖だ。


「ほら、捕まって」


「ちょっと……なんでこんな道通ってるのぉ……ハァ……息が苦しいぃ」


「仕方ないだろ、他所からイカダで来る奴がハイどうぞで関所を通れるわけないんだから」


「だからってこんな道……もうちょい迂回してれば良かった思うんだけど」


「いや、これ以上はダメだよ」


「なんでぇ?」


「──守れないから。それより早く、ここさえ登ればあとは歩くだけだから」


 シャルルの手助けもありなんとか登り切ることができた。

 変に休みながらだと逆に体力を消耗するため急ぎで登ったがその分瞬間的な体力の消費が激しくマールは一歩も動けなくなった。

 とは言えこの大陸まで移動すれば追っての事は考えなくてもいい。

 先程シャルルの口から少しこぼれたが関所の存在があり本来なら正当な目的なくこのガンガレオンに上陸する事は出来ない。

 その割には迂回をすればこの様に上陸出来てしまうのは理由がある。その理由こそが先ほどのシャルルの発言にも繋がってくるが……


「え!? ちょっ! なに!? なに今の声」


"全身の毛が逆立つ咆哮"


 そう揶揄されるこの森に潜む猛獣の存在、姿は見えずともその迫力に押されすくみ上がる人も少なくない。


「今のはブルムスかな? ただの熊だよ、大丈夫だから俺に着いて来て」


「あ、待ってよ置いてかないでよ」


 様々な猛獣ひしめく森の中をまるで俺の庭とでも言わんばかりにシャルルは歩いている。

 ここに巣を構える猛獣たちがどれほど危険なのか、後に最大の狩猟国家と呼ばれるフリューゲルでの危険度指数で表すと平均してレベル3、見習い冒険者が出会した場合逃走以外の考えを捨てる事、冒険者以外は問答無用で『死』そのレベルの危険地帯。


「ねぇ、まだこの森から出れないの?」


「なんだよビビりすぎだって、堂々としてなよ、そうすればむこうもビビってそうそう出てこないって」


「だから楽観的すぎるって、それに必ずしも猛獣とは限らないでしょ……って言ってるそばからほら!」


 2人の行手を塞ぐように1匹の魔物が現れた。

 小さな唸り声を上げながら徐々に牙を剥き出しにする。

 滴るヨダレはほんのり赤みががっている、食事中だったが新鮮な2つのえさを見つけたためこちらにやって来たに違いない、こいつはそんな特性を持っているほど凶暴で有名。


「1匹かな、ならった方が早いかなぁ」


 シャルルは背に担いだ鞘に収めていた剣を抜き臨戦態勢に入る。


「ちょっとあんた! バッカじゃないの!? 早く逃げるわよ」


 マールはシャルルの袖を激しく引き一刻も早くその場から離れようとするが、それとは対象に呆れた表情で余裕そうなシャルル。


「だぁいじょうぶだって、熊だよ? ただの熊、しかもさっき言ってたブルムスって奴」


「ブルムスブルムスってなんの事かと思えばブルームータロスの事じゃない!」


「それがどうしたのか?」


「あれは獣じゃない、魔物よ魔物!」


「──よく分からんけどブルムスには変わらないって事だろ?」


「このあんぽんたん!」


 シャルルの頭から星が出る。


「つべこべ言う暇あったら早く来なさい!」


「ってーな、叩くことはないだろ叩くことは、しかもグーパンで」


 本来なら緊張が走るこの場面、それを打ち消すように2人の会話が場を支配している、おそらくブルムスにとっても初めての経験に違いない。


「分かったから、魔物についてはちゃんと教えるからまずはここから。前、前!」


 シャルルが背を向けたその瞬間を奴は見逃さなかった、地面をたった一蹴り、それだけで数十メートル離れていた距離は一気に詰められ、鋭い凶器が首に向けられた。


「いやぁぁぁ!!!」


 …………


 時が止まった。

 痛みも何も感じない。

 そこにいるのは分かっているのに何者の気配も感じない。

 聞こえて来たのはその場に倒れる音と液体滴り落ちる音のみ、マールはゆっくりとまぶたを開いた。

 そこには頭を刎ねられた魔物ブルムス、頭は胴体のすぐ横に落ちている、その横に立っているのは紛れもなくシャルル、彼の持っている剣から魔物の物と思われる血液が滴り落ちている。


「嘘でしょ……魔力は感じなかった、魔法を使わずに? あなたは一体……」


「んっとね、竜狩りの一族、その末裔って言えば分かるかな」


「──クルセイド? でも、いや、それならまだ納得は出来るわね」


「そんじゃ行こう、長旅で疲れたし早く休みたい」


「──そうね」


 竜狩りの一族『クルセイド』その名を聞いた時からマールの様子が少しおかしかった、何かを言いたそうにしているが言葉は発しない。

 シャルル自身もそれを理解していたが敢えて口にはしなかった、待ちに待ち続けた結果気が付けばレギンフォードの目の前、絶妙に気まずい雰囲気のままここまで辿り着いてしまった。


「着いたよ」


「あら、早いわね」


「──あのさ、何か言いたいこととかあったりする?」


「ごめんごめん、大したことじゃないんだけどね、ほんとに大した事じゃない、ちょっと有りかなって思って」


「アリ? 有りって事? なんの事かさっぱりなんだけど」


「本当にこっちの話だから気にしないで」


 口を開けばいつも通り、それでも口を閉じれば何かについて深く考えているのかとても難しい顔をしている。


「ま、いっか」


 人には人の考えと人生がある、深入りするのは野暮ってもんだ、そもそも会って1日そこらの人間に打ち明けれる悩みなどあって無い様な物で間違いない。


「ねぇあんた、門の前に兵士みたいな人いるけどほんとに入れるの? あー嫌な感じ」


「そんなビクビクする事じゃないって、普通に入る分には問題ないし、変な事しなければ何も起こんないよ……たぶん」


「分かった分かった、つまり堂々としてればいいわけね? ふん、どっからでもかかってきなさい」


 大きく胸を張り熱い視線を送りながら2人の門番が見張りをしているレギンフォードへとやってきた。


「止まれ」


 あっさりと止められてしまった。


「ちょっと! 話が違うじゃない」


 マールはシャルルの背中に隠れコソコソと語りかける。


「焦んないでよ、変に怪しまれたらもっとややこしいって」


「……見たところ腕の立つ者には見えないが、君たちもフェアヴァンセでやって来た旅人か?」


「あ。──そうです、よく言われるけどこう見えて結構やれますよ」


 状況が飲み込めていないマールはシャルルの耳元で説明を求めるが。『あとで説明するから適当に突っ立っててよ』と慣れた様にそう返した。


「それにしては大分遅かったな、今日の最終便はとっくに過ぎてるぞ」


「あは、実は道中でラングルを見つけたんでそっちが気になって」


「ラングルか、確かにレアな生き物だな。──失礼、君たちを見かけで判断してすまなかった、この地域の事はよく知ってるみたいだな」


「いやいや、よく言われるんで」


「では中に、と言いたいが。実は、既に募集は終わっててな、情報漏洩の事も考えて外部から来た者はもう入れないんだ」


「ふーん。……分かりました、そちらも気を付けて。行こうマール」


 背を向けたシャルルはそのままマールの腕を引っ張り歩き出した。


「は!? ねぇ全く話について行けないんだけど」


「あれだよ、来るタイミングが悪かったってだけ」


「それは分かったけど今夜どうすんのよ、近くに他の町とかないの?」


「ないない、あるわけないじゃんこんな危険な地帯に、野宿に決まってんでしょ」


「野宿!? このクソガキンチョ、簡単に言ってくれるわね! この! この!」


「い、いて! 痛い痛い! ほっぺはやめてくれ、ストップ! 止まって止まって」


 そのイチャイチャな光景を見せられた門番の1人は深くため息ついた。


「まぁ、入れなくて正解だったっぽいな。お前に何が見えたか知らんが俺には子供にしか見えんぞ」


「強者には強者の、弱者には弱者のオーラがある。が、真に強者たる者はそれすら感じん」


「それがあの2人って? よくわかんねぇや、あと交代の時間だぞ、最近美味い酒場見つけたからそこ行こうや」


(確かに見た目は成人していない子供だ。しかしなんかこう……考えすぎか……)


「おい行くぞ、人が集まる前に席を取ったかねぇと」


「あぁ、すぐにい……あれは!?」


 その目に何かが映った、暗闇の中に佇む微かな光を見つけたとでも言わんばかりに力強く走り出した。


「おい! ルーファス!? 行っちまったよ」


「うっす、お疲れぃ。あれはルーファスか? 何やってんだ」


 ルーファスの行き先はもちろん。


「待ってくれ!」


「いーてて! ん? なんか走って来たぞ」


「あら、ほんとね」


 凄まじい勢いでシャルル達に追いついた、当然息も上がりしばらく両膝に手をついたまま下を見ていた。

 そしてゆっくりと顔を上げて一言。


「君たち……名前は?」

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