第25話 道開き、時々ダイビング

「──良かったのか? あれで」


 謎の男からは結局何一つ情報は聞き出せなかった為、諦めてオースティンの追跡を続行していた。

 幸いにも泥混じりの地面であるおかげで足跡がくっきりと残っている。──足跡は幾つか存在しているが、見た目の真新しさと靴底の形状からしてオースティンの物と判断した足跡を辿り追跡を続けている。


「いいんじゃない? 口堅いタイプだったし」


 突き詰めれば一つや二つ、確信を得る物でなくとも聞き出せない事はないが時間に追われている2人はそこに掛ける時間はない、或いはこちらの状況を理解した上での行動? そう考えもしたが2人がここに現れたのは突発の出来事である為その線はないと考える。

 ──預言者でもいれば話は別だが……。


「そうではなくトドメを刺さなくて良かったかという意味だ、放置しておく意味もないだろ」


「トドメはもう刺してるよ、初期段階なら解毒剤があれば大丈夫だけど10分ぐらい経てば回った毒はもう消せない、毒の耐性も無かったみたいだし」


「解毒剤というのは其方そなたが所持しているあの薬の事か? 其方そなたしか作れぬあの」


「そうそう、こいつの事」


 袋から取り出した小さなビンの中には白く濁り少し粘性のある液体が入っている。


「まぁ解毒剤こいつを使った事なんてないけどね、俺がこの毒を使う時はそういう時だから。──それより……次はこっちかな」


 足元を照らし足跡を1つづつ確認する。

 こんな時に聡明の光があればこんな事をせずとも道導となってくれるが、その光は何故かオースティンに着いて行ってしまった。

 呼び出したのも魔力を支払ったのもリアム、どうしてこうなってしまったのか謎である。


「リアム。──折角だから今聞くけどさ。なんで自分を犠牲にオースティンを助けた? わざわざ自分から岩の下敷きになって人間を助けるなんてどう言う風の吹き回し?」


「大した理由など無い。奴には聞きたい事が山ほどある、あそこで死なれては困る、それだけだ」


 少し顔を背けながらそう言った。

 確かに岩の下敷きになっていればオースティンは無事では済まない、かと言ってリアムも無傷と言うわけでは無い、それを承知の上であの瞬間オースティンを突き飛ばし自身が犠牲となった。

 大した理由では無いと口では言うがむしろ大した理由でも無いのにそこまでする方が不自然、他の理由があるに違いない。

 シャルルはそんな妄想を膨らませながらいつもの様にニヤニヤし始めた。


「ん? ……待て、ここだ。──奴らの匂いが風に乗って流れて来ておる」


「オースティンか? 便利な鼻だな」


「……行くぞ」


 進路を変え、横道を進み始めた。

 先程と比べて足場はかなり安定しているが少し上方向に傾斜が付いている事で体感出来るキツさはさほど変わっていない様子、それでも肩で息をしながらなんとか登り切ると、リアムの言う通りそこには聡明の光と共にしゃがんでいるオースティンを発見した。

 初めは焦った様子で振り返ったオースティンだったが、2人の姿を認識するとすぐに口角が上がりほっと胸を撫で下ろした。


「ここって行き止まりだよな? 何やってんの? 結構傷だらけみたいだし」


「キュー! キュー!」


「……鳴き声?」


「まさかとは思ったが本当にそうだったとはな」


 難しい顔をしながらオースティンに近付いたリアムは、目の前で片膝をつき右手の人差し指に小さな炎を灯した。

 何をしているのか不思議そうに見つめる2人。

 するとオースティンのお腹の辺りが動きだした。

 服の中に何かの生物がいる事ははっきりと理解した、オースティンが服を捲ると中から勢いよく飛び出してきたのはなんと幼体の竜、それもリアムと同じ種族の赤竜だった。

 そんな赤竜の幼体はリアムが灯した炎を見ると楽しそうにリアムの周りを走り回った。


「──はは! マジかよ……赤竜の幼体? なんでこんなところに……それより、まだ生きてたんだな」


「……お前はどこでこの子を見つけたのだ、それにあの怪しい連中たちは」


「シャルルがノーツを探してくるからってリアムと2人で待ってた時あるだろ? 実はその時に小耳で……」


◇◇◇シャルル待ちの酒場にて◇◇◇


「言うべき時っていつのことだよ、俺は分かってるぞ、そうやって話を引き延ばして最終的に俺が興味なくなるか忘れるまで引き延ばすつもり……」


「なぁ、例の赤竜は今日だよな? これで俺たちも一生遊んで暮らせるな」


「まぁ落ち着け、なんでも警戒の強い種族らしい、興奮しすぎて逃さない様にしないとな」


 赤竜、一生暮らせる、逃がさないように、そんなワードがオースティンの耳に入って来ていた。


「…………」


 そちらに意識を向けていたオースティンは当然リアムの言葉など耳に入らなかった。


「聞いておるのか?」


「ん? あぁ! ごめんごめん、ちょっと別の事を考えてて……」


「ほぅ、自分から話を振っておいて他の事を考えていたと? シャルルを無視するならともかく我を無視するとはな、これがどう言う事か分かっておるのか?」


 すぐにリアムとの会話に戻った為それ以降の男達の会話は何も知らなかった。


◇◇◇◇◇◇


「って事があって……あんなに自信満々に話すから竜の事とかも結構オープンな話題なのかなって思ってたんだよ。でもノーツにそことなく聞いてみたら違うっぽいし」


「──その話が本当なら十中八九欲にまみれた連中の金稼ぎだな、竜の素材は驚くほど高く売れるし赤竜ともなれば尚更」


「それで1人行動していたら奴らと、この竜を発見したのだな」


「俺が見つけた時はもう捕まってたから、なんとかしないと! って思った時にはもう体が勝手に……ごめん、無理して」


「──説教は後でする。それよりうぬに一つ借りが出来たな、礼を言おう」


 リアムはオースティンの左手をとり、手の甲を自身の額に当てた。


「──な! これはなんだ!?」


「赤竜と言うかリアム? の所では相手に感謝を伝える時はそうするらしいよ、俺はされた事ないけど」


 感謝を伝えたリアムは、赤竜の幼体を抱き抱えゆっくりと腰を上げた。


「先ずは地上に戻ろう、この子の安否を優先したい」


「──おーけー。じゃあ来た道を戻ってって言いたいけど、まぁ無理だよなぁ〜。いるのは分かってるから早く出てこい」


 シャルルがそう言うとしばらく沈黙した後に2人の男が3人の前に現れた。


「バレてたみたいっすね」


「流石はシャルルと言った所じゃのう」


 全体的に赤みがかった頭が特徴の男とフードを被り顔が見えない男の2人。

 シャルルとリアムはどちらも知っている、面識もある。

 この2人はかつて闇依頼を受けて違法に報酬を受け取っていたとギルドから疑惑をかけられていた人物達。

 もちろん調査はしたが証拠らしい証拠は一つも出てこず結局お咎めなしと言う結果になってしまった。

 そんな2人が今ここにいる、そして2人から発せられる異様な魔力、これでは言い逃れする事など出来ない。


「結局あんたらかよ……つまんね」


「強がってられるのも今の内じゃ、こっちにはこれがあるからな」


 フードの男が取り出したのは四角形の小さな箱のような物、それを地面に置き詠唱を始めた。

 そして既に勝ち誇ったかの様な笑みを浮かべた2人はみなぎる溢れんばかりの力を見せつける様に魔法陣を展開した。


「へぇ……すっげぇ魔力」

(あの小さな魔法具にこんな力が?)


「正面からだと今の其方そなたでは分が悪そうだな。赤竜こいつは任せたぞ」


 赤竜の幼体は勢いよくシャルルの頭に飛び乗った。


「──ただ魔力が高いだけだろ? 別に大した事ないけど」


「──『今の』其方そなたではと言ったのだ、指先に息を吹きかけているのは分かっておるのだぞ」


「なんだよ気づいてたのか。──じゃあ任せるわ」


 赤竜の幼体を譲り受けたシャルルはオースティンを腕を引っ張り行き止まりの方へ走り出した。


「おい、そっちは」


「分かってる。さっきリアムが言ってたんだよ、風が来てるって」


「お前まさか……」


「へへ。道がないなら作ればいい、例えその道が地獄に続いたとしてもなんとかなるだろ」


「お前はいいかも知れないけど俺はダメだろ」


「なーに言ってんだよ、3人居るからこそその選択が取れるに決まってる。それに今はこいつも着いてる、折角だからやってもらおうか」


 シャルルがまたもや何かを企んでいる事は有に想像できた、一切止める素振りも見せずいつもの事だと流してしまう自分自身にも少し引いてしまう。

 そんな予想は見事に的中。

 不安を抱いているオースティンを他所にシャルルが小さな火の玉を前方に飛ばすとそれは粘着物質でも含んでいるかの様に壁に付着した。


「さぁやれ! 赤竜!」


 そしてすぐさま赤竜の幼体に指示を出した。

 シャルルの言葉を聞いた赤竜の幼体は『クワァー!』と言う可愛らしい声を上げた後に、とても幼体の体から出てきた物とは思えない灼熱の火球を放ち前方の壁を見事に吹き飛ばした。

 その凄まじい威力を目の当たりにし嬉しそうなシャルルと背中で全てを察し微笑むリアム、そして目が点になり言葉の出ないオースティン。


「渓谷? ……なるほど大体分かった、飛ぶぞ! 下は湖だ」


「いや! ちょ! ちょっとちょっとま! まあぁぁぁ!」


 オースティンの絶叫と共に勢いよく飛び出した2人と1匹、次第に声は遠くなり水飛沫が高く上がる音がリアムの元へ返ってきた。


「──ふん、やっと静かになったな。……さぁ、こっちも終わらせようか」

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