第4話 我が身は刀身に宿る

 祭りで盛り上がる中央広場の傍ら、酒場ギルドの前では静かに盛り上がっていた。


「久しぶりの挑戦者か」

「前の奴は尻尾巻いて逃げていったんだよな」

「まぁ実力差見せられたら無理もないけどな」


「ねぇ君、準備はいいか?」


 あの後この男と決闘をすることになった、周りは物凄く騒ついており俺自身に対する期待の声と不安な声が入り混じっていた。

 どこから嗅ぎつけたが知らないが周りは見物人が集まり少しずつ、また少しずつと埋め尽くされていった。


「な、なぁあんた、あんたはマスターって奴でいいんだよな? 俺が勝ったら推薦を」


「分かってる分かってる、勝てたらちゃんと推薦するよ、マスターまで昇格させてもいいけど」


 これはまたとないチャンス! ここで勝てば伝説の一歩が幕を開ける! これはそんな戦いだ。


「そういや自己紹介してなかったね、始める前に名前ぐらい言おうか、俺はシャルル、よろしくね」


「お、俺はオースティン……だ」


「オースティンね。お前もしかして緊張してるか? 肩の力抜きなよ、どうせ勝てないし」


「なんだって?」


 シャルルの言葉に少しムッとしたがここは気持ちを冷静に保つため大きく深呼吸した。

 大丈夫、奴は始まる前にこちらを揺らしに来てるだけだと頭の中で整理する。


「それでは簡単なルールを説明します、武器はお二方共通の木刀を使ってもらいます、勝敗はどちらかが戦闘不能になるまでです」


 受付嬢による簡単な説明を終えて開始の準備に取り掛かる。

 渡された木刀は本物の感覚に少しでも近付けるために鞘に入っている本格的な物だった。

 オースティンは木刀を眺めながら集中力をさらに高めて合図を待つ。


「それではお願いします」


「了解!」


 受付嬢の合図と共に大銅鑼の野太い音がフリューゲルに響き渡り開戦の口火が切られた。

 音が鳴ると同時にオースティンは物凄い速さでオースティンに詰め寄る。


「おお! はえーぞあいつ」

「これはもしかしたらあるか?」


「いい速さだな。──森で我を置き去りにしたぐらいだから当然か、でもそれだけじゃ……」


カーン!


「シャルルには届かない」


 オースティンは一気に勝負を決めるつもりだったがそれを読んでいたのかいざ知らず、シャルルはいとも容易く攻撃を受け止め綺麗で透き通った音が広がる。


「いい音響いたな」


 一度距離を取るため後方に飛び距離を取った、しかしシャルルは逃さなかった。

 そちらが来るなら待ち構え、そちらが下がればこちらから詰めると言わんばかりの動きだった──。


「やべ!」


 シャルルは居合の構えに入るが、重心が後ろにあるこの体勢では満足に反撃する事は出来ない。

 攻撃を防ぐ事に全神経を集中させるがシャルルはお構いなく木刀を振り抜いた。

 その刃筋は常人ではまだ捉える事が出来ないほど速く、抜刀から放たれた一閃は見物人は愚か攻撃を受けた本人ですら何が起こったか分からなかった。


「あれ?」


 と言うのも本当に分からない。攻撃が軽いとか重いなどの感覚は一切なくそもそも攻撃による衝撃を感じなかった。


「今何か起こったか?」

「いや分からん、上手く避けたのか?」

「いやいや、シャルの攻撃を避けるなんて無理だろ」

「だったらなんであいつは何も……もしかしてほんとに強いのか」


 その光景に周りも騒ついている。

 そんな中シャルルは振り抜いた木刀を鞘に戻した。


「え、おいちょっと待てよ、まだ終わってないだろ」


「もう終わってるよ、その刀じゃ戦えないだろ」


「刀って……これがどうしたんだ? 何も変わったところは……」


 全員がオースティンの持つ刀に視線を向けた。

 すると刀身はゆっくりとズレ、半分に折れてしまった、それを見た見物人とオースティンの目玉が12㎜ほど飛び出し慄きの表情と驚愕の声をあげた。

 この様な反応になるのも無理はない、本来なら木刀で木刀を切断するなどあり得ない。叩き割るならまだしも折れた木刀を見ると。

 その断面は先程のグレイハウンドと同様にとても綺麗に切断されている。


「そ、そんな……攻撃が軽かったんじゃない、分からないほど完璧に切り捨てられたのか」


 オースティンは両手両膝を突き折れた木刀を眺めその圧倒的な実力差に屈服した。


「終わったか? もういいだろ、これ以上あいつに用はないしこの人混みもうざったらしい、帰るぞ」


「リアムはあいつの事どう思う?」


「そなたに戦いを挑むなど無謀で愚かだと言う事以外に何もない」


「そうか……だよな」


受付嬢メリッサ、あいつを推薦するよ、ビギナーにあげてやってくれ」


「はい、え?」


「はぁ?」


 シャルルの突然の言葉に固まるリアムと受付嬢のメリッサ、それに続き見物人も……おそらく全員思っている。「何言ってんだコイツ」と、しかしシャルルの目はまさに本気と書いて本気マジだった。


「おいシャル、それは冗談か? お前もたまにはくだらない冗談言えるんだな、はは」


「ん? 俺はガチのマジだけど」


「……え?」

「えぇぇぇ!」


 一応確認してみたが本気でそうするつもりらしい。勝負はシャルルの圧勝で終わった、それなのに自ら推薦すると言う事はつまり。


「お前オースティンと言ったな、何者だ!」


「え、いや、あの」


「あいつがお前も認めると言っているんだ、只者ではあるまい」


「あ、でも」


「なんにせよよかったじゃないか小僧、どうしたもっと喜べよ」


「その推薦……取り消してくれ」


「は? 何言ってんだお前、せっかくのチャンスなのに、シャルルのお墨付きだぞ?」


「シャルルがどうとか知らん、俺は何も出来ずに負けたんだ、情けなんて必要ない」


 立ち上がったオースティンはシャルルの反対側、フリューゲルの外に向かい肩を落としとぼとぼと歩き出した。


「誰が情けって? 例え俺の願いを全て叶えてくれる事を条件にしても雑魚を推薦するほどお人好しじゃないぞ」


「じゃあどうして……」


「まだ分からんのか貴様、少々いい動きをしたぐらいでシャルルに刃が届くはず無かろう、しかし貴様の刃は届いた、それで十分だろ」


「確かに、言われてみればシャルルが攻撃を受け止めた事なんて一度もなかったよな」


「でもそれは不意をつける程のスピードがあるかどうかの話じゃないか」


「そうとも限らん、前々回の挑戦者を覚えておるか? 荒野のスピードスターとか言う奴じゃよ」


「あぁ確かに! なんなら速さだけならあいつの方が、でも擦りもしなかったよな」


「じゃあやっぱり結構すごい奴じゃないか」


 一度冷めた酒場ギルド前は再び熱に包まれる。初めてシャルルに一太刀浴びせた男として有名になるのもそう遠くない未来だろう。


「ちょ、ちょっとどいて、うわ! イテテ。──待てよシャルル」


「どうした?」


「お、俺はまだ諦めてないぞ、一回負けただけだ、次戦う時は泡吹かせてやるから覚悟しとけよ」


「一度ぐらい吹かされてみたいもんだな」


 木刀を片手に夕暮れの道を進み出した。


「おい貴様、先程はどこに行こうとしていたのだ? 特訓とほざいて適当に魔物狩りでもしようとしてたのだろ」


「げッ! なんのことかな〜」


「別にダメとは言わん、我もそう言う心意気は好きだからな、しかしあれを見ろ」


 リアムの目線の先には沢山の人に囲まれるシャルルがいる。

 普段の雰囲気で騙されるが彼はこのフリューゲルで知らない人はいないと言っても過言ではないほどの人物。


「そんなアイツが直々に面倒を見てくれると言っているのだ、あんな風だか実力は確か、自分の道を進むのはいいが……奴の言葉に耳を傾けないのはただの愚か者だ、我は貴様を認めたわけではないがあいつがいいと言うなら我も文句は言わん」



「……そうだよな」


「それと奴の事で聞きたい事があれば我に聞くといい、答えてやるかどうかは別問題だがな」


 正直まだ彼の実力がどの程度か全く分からない。──でも今はそれでいい、今はそれで……もし分かる時が来たら──その時は彼の背中が見えたと言っていいだろうか。


「え、サイン欲しいって? しょうがないなぁ」


「あのーシャルルさん……お取り込み中悪いのですが……」


「どうした? メリッサもサイン欲しい?」


「いえ、そうではなくて先程壊した木刀の修理費用貰えますか? あれはギルドの私物ですので」


「……え? ちょっと待ってくれ」


 慌てた様子でポケットの中をくまなく探した。──見つかったのは銅貨一枚だけだった。


「えっと……ツケで! じゃあな!」


 追う気も失せるほどの超スピードで、シャルルは夕暮れ時の街中に消えて行った。


「あ! ちょっと! 前の飲み代も払ってませんよ! シャルルさ〜ん」


「なぁリアム……ほんとに俺はあれから学ぶのか?」


「……戦闘面の話だ……それ以外の事は一切我に聞くな、頭が痛くなる」


 少し顔を赤らめたリアムはその場から存在を消す様に静かにシャルルの後を追った。

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