第10話 本気を出すが貴様は死ぬなよ

 それからは確変モードも終わりいつもの関係に落ち着いた。

 奥に奥に進む道中、左右に動くリアムの尻尾を目で追いながら後ろを着いて歩く。

 先程は気付かなかったが赤く艶やかな鱗に覆われ、とても神々しい見た目だった。


「おい」


「はい!」


「────我の後ろでため息をつき続けるのはやめてもらえるか? 辛気臭くて堪ったもんじゃない」


「ごめん、ははは……」


「──貴様は本当に気分の浮き沈みが激しいな、不明な部分が多すぎる、御霊を宿しているのにその実力にそのメンタル、今まで何をしていた」


「み、たま? そういやさっきシャルルも勇者のどうのって言ってた様な……御霊ってなんだ?」


 リアムは足を止めて振り返った。

 何もしていないが振り返るだけでオースティンはビクッとしてしまった。

 また何か言ってしまったのか、と焦るオースティンは汗を流しリアムと目を合わせようとしない。


「──知らぬと申すか? 後で教えてやる、今は目の前の事に集中しろ、ゴールは近いぞ」


 リアムは巣に空いた大きな穴を見下ろす。

 暗くて下まで見渡す事が出来ないオースティンがリアムに問う、「下はどうなっているのか」と。

 返って来た答えは分からないとの事、見えていると思っていたがリアムもあまり見えておらず、煙幕の中に人影が見える程度の情報。


「降りるのか?」


「──いや待て、それよりいい物がある」


 リアムはそう言って落ちていた何かを拾い上げた。

 暗い巣の中で拾い上げたそれをよく凝視すると麻布? で間違いないかった。

 何処にでもある普通の布だが蜘蛛やつらが集めたのだろうか。

 リアムによれば葉蜘蛛ハキリバナレは非常食としてキノコを育てているだけで基本的には肉食、人が襲われた事例もある。

 この布はその時に被害にあった人の物かたまたま体に引っかかってここに落ちている物だとリアムは言う。

 そしてその布をどうするのか、リアムはオースティンの灯す火に布を当てた、そして火が燃え移った布を暗い穴に投げ落とした。


「よく見ておくのだな、情報はあるに越した事はない」


 リアムに言われる通り暗く大きな深淵あなを見下ろす。

 ゆらゆらと燃えながら落ちる布を目で追い続ける。

 当然と言えば当然だが燃えているのは布、すぐに燃えて無くなった、下まで見下ろす事は出来なかったが微かに無数の笠が見えた。


「見えたか? この下がこの巣の最深部で間違いない」


「うん、目的の……なんだっけ、なんとかハーブ」


「ムッシュハーブ。──下まで降りれば分かる、幾つか横穴があるはずだ、その奥を調べれば目的の物は手に入る、問題は別にある……」


「よく分かんないけど油断するなって事は分かってる」


「まぁそれで良い、降りてから考えるとしよう、着いてこい」


 リアムとオースティンは最深部を目指し螺旋階段の様に作られた道を下に降りてゆく。

 下に降りるほどなんとも言い難いキノコの香りが鼻につく、キノコと言えばシャルル、初対面の衝撃が強すぎてオースティンの頭の中ではシャルルの顔しか浮かんで来ない。


「おい、大丈夫か?」


「え、俺何かやった?」


「そうではない、この香りは慣れていないと少々強烈だからな、シャルルの様な物好きでもない限り、こんな臭いとは早くおさらばしたいだろうからな」


「それはそうだね、てか凄いねこの巣、まるで人が道を舗装したぐらい綺麗だし、蜘蛛だからこんな綺麗な道必要なさそうだけど」


「確かに奴らは蜘蛛だからな、道など無くとも壁は登れる、この道は獲物をより運び易くするためのもの、本能に刻まれてあるのだろうな」


「へぇ〜リアムって詳しいんだね」


「シャルルの入れ知恵だ、奴は物を知っている……悔しいがな」


「──俺にとっちゃリアムだってそうだよ、魔力も凄いし何よりカッコいいし」


「──使いこなせればの話だがな……無駄話はここまでだ」


「うわぁ……凄い」


 最深部に辿り着いた2人を待っていたのは無数に生えた特大のキノコの群生地。

 上からでは確認出来なかったが、小さな発行物が付着している。


「あの光ってる奴は?」


「あれはハキリバナレの粘液だ、時期によっては灯りが入らないほど眩く光っておるぞ」


 幻想的と言うには少し心許ない光量だが、初めて見る景色に目を輝かせるオースティン。

 暗闇の中で光を使って獲物を誘き寄せる生物がいるが、今のオースティンはまさにその獲物の様だった。


「はぁ……貴様は遊びに来たのか? すぐに目的の物を収穫して……」


「分かって……あれ、何処いくんだよ、横穴はあっちだぞ? あそこだけめっちゃ光ってる」


 何かを発見したリアムは真っ直ぐにそちらに歩き出す。

 しゃがみ込んだリアムは何かを拾い匂いを嗅ぎ始めた。


「それは?」


「──探す手間が省けたな、これがムッシュハーブだ」


「これが……なんだろう、嫌な感じではないけど独特な匂いだね」


「あとはこれを持ち帰るだけだが──」


ドンッ──ドンッ──


「なんだ?」


 巣の中に響く足音と共に大地が揺れる。

 他の蜘蛛とは明らかに違う雰囲気の音。


「リアム……」


「分かっておる、撤退の準備だ、後ろの気配には気付いておるか?」


「分かる、後ろは塞がれてる、どうすれば」


「決まっておろう、奴らは蜘蛛だ、火で驚かせれば道は開ける」


「とは言ってもよ」


 後ろを振り返ると暗闇の中で無数に光る目がこちらを見ている。

 リアムの言う通り通常の蜘蛛より何倍も大きな体をしているが蜘蛛である事には変わりない。

 後はオースティンに中央突破それが可能かどうかである。


「リアムはどうすんの?」


「我は女王蜘蛛マザーの足止めをする、先程も言ったが蜘蛛やつらは壁を登れる、周りの有象無象くもが集まろうがどうでもいいが、問題はこの巣に鎮座する女王……マザーの存在だ。奴だけはここで足止めしておきたい……が」


「マザーって……こんな足音立てて蜘蛛なのかよ……」


「話は最後まで聞け、そんな筈がなかろう、この足音で確信した、この足音の正体が巣にいる蜘蛛を操っている張本人で間違いない」


 姿は見えないがすぐそこまで近づいている。

 重くゆったりとした足音から察するに、黒魔道士が遊びで生み出してしまった知性を持ったメイジオーク、その中でも飛び抜けて大きな存在だと予想した。


「いいか? 我が合図をしたらそのムッシュハーブを手にして走り去れ、視界の確保は心配するな、我が太陽ひかりを生み出す」


 激しく頷いたオースティンは即座に落ちていたムッシュハーブを束にして左手で持ち上げた。


「ふぅ……」


 リアムはゆっくりと息を吐く。

 そして……


「進め!」


 合図と共にオースティンは走り出し、リアムは魔法陣を生成した。


擬似太陽サンティーション!」


 魔法陣から打ち上げられた光り輝く球体は、巣の中を神々しく照らした。


「貴様は後ろを振り向くな! こいつは我に任せ……ろ……」


 呆気にとられたリアムは言葉を失った。

 それに気付いたオースティンは足を止めて振り向くとそこにいたのはメイジオークでも張本人でもない……超巨大な女王蜘蛛マザーだった。

 デカすぎる……リアムが無意識にそう呟くほどデカい女王は通常の数倍、いや、数十倍の大きさ、足の長さを合わせれば30メートル、或いはそれ以上。


「や、やばいってリアム! お前も早く!」


 立ち尽くすリアムに女王の槍の様に鋭く尖った足が襲いかかる。


「リアム!」


「すぅ……」


 大きく息を吸い込んだリアムは次の瞬間、口から万物を焼き尽くす業火フラムゼロと呼ばれる火炎を吐き出した。

 炎に包まれる女王蜘蛛マザーと、後方にいた大量の蜘蛛はペラ紙の様に軽々と飛ばされた。

 この凄まじさは言われずとも分かる、脳への焼き付けを強制されるほどの威力。


「す、すげぇ──」


 一方身を持って体験したオースティンは、近くにあったキノコに抱きつきなんとか飛ばされずに持ち堪えた。


「──この程度で狼狽えるな、異常発達の女王蜘蛛マザーを見て、一瞬だけ情報処理インプットに時間がかかっただけだ、それよりここにいるのは危険だ、あの粘液は可燃性でな、すぐに燃え移るぞ」


 燃え盛る火の海を背景にオースティンに近付くリアム。

 2人は香ばしい匂いに包まれながら出入り口を目指して走り出した。

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