第8話 勇者の御霊

 2人を追いかけて数分、このまま一生走り続けるのでは? と勘違いしたが無事に止まってくれた。

 2人は涼しい顔をしているが、オースティンは両膝に手をつき汗を流す。

 リアムと忘魔の森まで歩いた時もそうだったがあまりにもスタミナが無さすぎる、早速課題が一つ見つかった。


「この辺でいいかな」


「ハァ……ハァ……わざわざここまで移動して来て何するんだ──」


「あれを見ろ」


「──穴?」


 シャルルが指を刺した先には大きいとも小さいとも言えない絶妙な大きさの穴がある。

 入り口こそ人一人通れるぐらいの大きさだが、シャルルが魔法で中を照らすとダンジョンと言ってもいい程の広さはある。


「──ここが特訓場所?」


「ここは成果を見せるための場所だな。この穴はハキリバナレって言う蜘蛛の巣なんだよ」


「く……蜘蛛!? この大きさの穴が蜘蛛の巣!? どんなデカさなんだよ」


「 大きさは確かに普通の蜘蛛なんて比にならないし集団で襲って来るから注意。でもそんなに危険な蜘蛛じゃない、巣の中で寝そべらない限り死ぬ事はないさ」


「それはいいけどこんな所に何をしに行くんだよ」


「コイツらはちょっと面白い特性があってな。──食料となるキノコを巣の中で育てるんだよ」


 育てる工程は単純、ハキリバナレはムッシュハーブと呼ばれる繊維に菌糸類の成分が含まれる草を集めてキノコを育てている。

 このキノコは産卵を控えた女王や子蜘蛛の食料となる。オス蜘蛛はひたすら葉を集めてキノコを育て、外敵が来た時は前線を張る。

 ──まるでアリの組織図のようだ。

 それにしてもキノコ……キノコ……またキノコなのか……フリューゲルの特産品と勘違いするほどキノコがよく耳に入る。

 流石にオースティンだけでなくリアムも呆れている。


「──大体分かった。じゃあそのキノコを採取すればいいんだろ」


「いや違う違う。──取ってきて欲しいのはムッシュハーブの方だよ」


「その草ならそこら辺にあるんだろ? なんでわざわざ──」


「奴らが使ってるムッシュハーブは普通の草じゃない。──より発酵を促進させる為に特殊な粘液を草に付着させる。その粘液によって草の成分が多少変わるんだけどそれが薬によく使われんのよ」


 そんな不思議な事があるんだなぁと感心しているとちょっとした疑問が頭に浮かんだ。

 素材採取……薬……依頼……もしや?

 予想はしっかりと当たっていた、この素材は先程シャルルが受けた依頼の納品物だった。


「──お前……その依頼受けさせるつもりだったのか」


「ちげえって。ちゃんと理由あんのよ歴とした理由が」


 するとシャルルは右の手のひらを上に向けると、その手のひらにはゆらゆらと小さな炎が一つ。


「まずはこれを身に付けてもらう、簡単な魔法だからを受け継いでるお前ならちょっと練習すればすぐに出来る」


「──なるほど、その炎で暗い巣穴を照らしながら進むのか」


「出すだけなら簡単だけど移動をしながら、そして蜘蛛を捌きながら、その状況で安定した炎をしっかり保つ事が出来れば完璧」


「なんか一気にらしくなって来たな! これだよこれ! 俄然やる気が出て来たぞ」


 オースティンは両腕をプロペラの様に回転させながらどんどんやる気をチャージする。


「いいぞいいぞ! いい心構えだ。──じゃあ早速始めよう、さっき言った通り終わればムッシュハーブの採取を頼む、リアムと一緒にな」


「おう! おう……」


「はぁ!?」


 突然の報告に切り株に腰を下ろし虫を食べていたリアムはシャルルに詰め寄る。


「其方は今なんと? 何故我があいつについて行く必要があるのだ」


 サクサクと音を立てて虫を食べながら鋭い目でシャルルを睨み続ける。

 どうしたらいいか分からずオースティンはあわあわとしているが、何も出来そうにないので指を咥えて見守る事にした。


「だってそうだろ? あいつがちゃんと魔法を使いこなせてるか確かめる必要があるんだから」


「だったら其方が共に行けば良かろう、何故我が……とにかく我は行かぬからな」


「そうかそうか……なら仕方ない。──あの写真……メリッサに見せようかなぁ」


「な!? き、貴様! 卑怯だぞ」


 リアムの顔がほんのり赤くなりとても必死な様に変わった。


「へへ〜ん、ならどうすればいいか分かってるな?」


「くっ! な、なんと卑劣な……」


「よし決まり、じゃあそこで待っててくれ、すぐに終わらせるからさ。──始めるぞオースティン」


 元いた切り株に戻りがっくしと腰を下ろしたリアムは、心を落ち着かせる為に虫を捕獲し食べ始めた。

 頭を抱えながら少し離れた位置で魔法の使い方を教わるオースティンを眺める。


「シャルル、今まで魔法なんて教わった事も使った事もないんだけど本当に俺に出来るのか?」


「大丈夫だよ、魔力の波動はちゃんと感じる、コツを掴めば後は反復練習すればいい、要は流れを知れればそれでいい」


「流れ?」


「──血と同じ、魔力も同じく体を流れてる、目をつぶってみな、そして右の手のひらを上にして前に出して」


「こ、こうか?」


 ゆっくりと目を閉じたオースティンは言われた通り手のひらを上に右手を前に出した。

 シャルルはオースティンの後ろに移動して肩に手を置いた。


「──そう、それで想像してみようか、魔力の流れを。例えば……全身の血は心臓から送り出されるけど、その心臓が魔力の源だと考えれば分かりやすい。普段の生活で今全身に血が流れてるなーなんて思わないけど、魔力もそれと同じで何もしなければ流れてる事なんて実感出来ない、だから想像しろ、呼吸を深く集中して、今お前の心臓には全ての魔力が集まってる、少し……少しずつ。──その魔力は右手に集約している」


 今まで魔力なんて何も考えもして来なかったなのに不思議と溢れ出る魔力を感じる。

 ──彼にとって初めての感覚。シャルルの言葉に耳を傾けてより感覚を研ぎ澄ませる。


「──そろそろいいな、お前は集まった魔力を使って何がしたい? 何を生み出したい?」


「えっと……火だな」


 シャルルの問いにそう答える。


「──初めて聞く名称だな、それはどんな特徴がある?」


 シャルルは質問を続ける。


「特徴……熱いな」


「──火は熱いんだな、食べれるのか? もっと教えてくれるかい?」


「いや……食べ物じゃない、目で確認は出来るけど……形は無い、赤くてゆらゆらとしていて……色々な用途があってとても便利な物、火があれば灯火にもなる……料理にも使える……素材の加工にも、ただ……扱いは要注意、火は便利な物と同時にとても危険な物でもある」


「──ありがとう、火はそんな特徴があるんだな、じゃあ最後に実物を見せてくれ、目を開けてみな」


「目を?」


 質問に答えていただけでそれ以外のことは何もやっていない。

 しかしゆっくりと目を開けると、彼の手のひらには小さくゆらめく一つの火が輝きを放っていた。

 反射的に熱い! と反応したが熱さは感じなかった。

 試しにその辺の草を千切りその火に投げ入れると、草は燃えて無くなった。


「──え? すげぇ、すげぇよシャルル! 出来たよ俺!」


「これで形は出来たな、あとは安定させる事だな、幸い今日は無風だけど今のままじゃちょっと風が吹けば消えて無くなる」


「あ、そう言えばさっきの質問? なんか違和感があった様な……?」


「あはは、気にしなくていいよ、それよりお前。──中々才能あるな」


「マジで? でも勇者だからこのぐらい……でも褒めて褒めて」


 褒められ慣れてないのか1の褒め言葉で100の喜びを爆発させるオースティン。

 そんな彼を見てため息をつく竜が一人。


「あれぐらいで何を浮かれておるのだアイツは、を宿す者ならあれぐらい出来て当然だろうに、今までが酷すぎる」


 リアムは立ち上がり2人に近づいて行く。

 出来れば魔力を安定させてから向かわせたかったが、密閉の穴である事や「準備が出来たなら早く行くぞ」と言うリアムの圧もあり、2人は早速目的の品を求めて穴の中に入って行った。


「──さぁ頑張れよ2人とも、オースティンは……まぁ大丈夫そうだな、どちらかと言うと不安なのは、リアムの方か……」


 2人を送り出した事に多少の迷いや不安はあるが帰りを信じて待ち続ける、彼に出来る事はそれ以外に無い。

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