第14話 新人潰しの歓迎会

「あぁやっと帰ってこれた──」


 初めての依頼をこなしてフリューゲルへ戻ってきたオースティンは、膝に手をつき乱れた呼吸を整える。


「この程度でその様子とはな……まぁ、命があるだけでそれは手柄だ、胸を張れ」


 一方顔色一つ変えることなく淡々と答えるリアム。

 褒められているのか貶されているか分からないが、オースティンは精神衛生上良い方で捉えた。


「じゃあこの後だけどさ。──オースティンはギルドに行ってこの草を届けてもらえるか? メリッサに渡せば後は勝手にやってくれるから適当に隅で待ってればいい、俺は先にリアムと家に戻るよ、治療しないといけないからさ」


 肩を貸そうとするシャルルを払い除けながら2人は家に戻って行った。

 そう言う訳で残されたオースティンはムッシュハーブ片手にギルドに向かう。


「──ギルドギルド……どっちだったかな、まぁ歩いてればいつか辿り着けるだろ」


 微かな記憶を頼りにギルドを目指す。

 方向音痴と言う訳ではないがここに来てからずっと興奮しっぱなしだったのでマップが頭にインプットしきれていなかった。


「あっ あっちの方から冒険者の集団が大勢……なるほどなるほど、ギルドはそっちの方向だな」


 目の前の十字路を右から左に大量の冒険者が横切った。

 装備と見た目からして何かデカい依頼を受けたのだろう。

 依頼を受けた冒険者が右から移動して来たと言う事はギルドはそちら側にあるに違いないとオースティンは考えた。

 十字路を右に進みしばらく歩いていると見慣れた風景が目に写る。


「ビンゴだな。まぁこんなもんよ、後はこの草を渡せば終わりだな」


 無意識に鼻歌を歌うほど気分が高揚していたオースティンは勢いよく酒場ギルドの扉を開けた。


「ん? おいあいつだぞ」

「だな……間違いねぇ」


 ここは目的の酒場ギルドであるのは間違いないしかし雰囲気が全くの別物だった。

 いつもはこの酒場で酒を飲みながらうるさく談笑している面々も神妙な面持ちだった。


「なんだこれ……いや関係ない、こいつを届ければいいだけだ」


 オースティンは酒場の中央を真っ直ぐ通過する。

 澄ました顔をしているが内心ドキドキしている、冷や汗が滴り足が鉛のように重く感じる。

 そんな嫌な空気の中、ギルドの受付まで辿り着き、受付嬢メリッサにムッシュハーブを渡した。


「はい、受け取りました。それでは手続きをしますので少々お待ちください」


 終了手続きの為かメリッサはムッシュハーブを持ち受付の裏に歩いて行った。

 受付横にある椅子に座ると、『ふぅ──』と小さく息を吐いた。

 テーブルに肘を突き窓から外を眺めていると、複数の足音がオースティンに近づいて来る。


「一応聞くがお前がオースティンだよな?」


 声に反応してそちらを向くと周りは完全に取り囲まれていた。


「そうだけど……俺に何か用か?」


「あぁそうだ、お前がさっき納品したブツ、あれはシャルルとリアムと協力して得た物だよな? 2人はどうした」


「────」


 その問いにオースティンは答えずひたすら黙秘を続けた。

 これは所謂新人潰しと言う奴だろうか。

 大方マスターの称号を持つシャルルとリアムが居たからであってこれはお前の手柄ではない、とでも言われるのだろうか。

 オースティンもこう言った潰しがあるのは話には聞いていたが、まさか大国フリューゲルですらこの有様、心の底からため息が出た。


「まぁいい、ちょっと付き合ってくれよ」


 名前も知らない男に言われるがままに着いて行くオースティン。

 周りの連中はその様子を見てクスクスと笑っている。


「アーラン! そっちの準備は出来たか?」


「はい! いつでも行けます」


 男が誰かに声をかけると返事はすぐに返ってきた、囲まれていて先は見えないが声からして結構若い男の物に聞こえる。


「準備ってなんだよ、決闘するならまた今度にしてくれ、俺だって消耗してるから……っておい! なんだお前ら」


 突如周りの連中に担ぎ上げられたオースティンは身動きが一切取らずにそのまま運ばれた。


「よしいいぞお前ら、そのままこっちまで来てくれ」


「あいよ〜今行くから待ってな」


 えっさほいさと息のあった掛け声と連携でオースティンを運ぶ男達は、集団を抜けた先にポツンと置いてある1つの椅子に座らせ、慣れた手つきで布の様な物を首に装着し、その場から離れないように、紐を使い腕を椅子に固定させた。


「なんだよこの格好。髪でも切るつもりか?」


「お! 察しがいいな、髪を切る訳じゃないが、少し手を加えさせてもらう。──アーラン」


「はいはい、じゃあ始めますか」


 これが先ほどの声の主。

 見た目は予想よりも子供っぽい感じだった。

 そんな事はオースティンにとってどうでもいい、気になるのはアーランが持っている謎の液体。


「くッ! 卑怯だぞお前たち、どうせやるなら堂々とやれよ! 精神的に追い詰めるつもりなら俺には効かないぞ」


「おいおい、何言ってんだ人が気が悪いな、俺がそんな悪人に見えるか?」


 周りからは『見えるぞ』や『事実だろ』と言ったイジリが聞こえてくるが、男は咳払いをして静かにさせた。


「大勢で囲んでお前を潰そうとしてる訳じゃない、お前を歓迎してるんだよ」


「……じゃあこれはなんだよ」


「俺は考えた……どうすればお前と同じギルドに集まる同志として迎え入れる事が出来るか」


 オースティンは唾を飲む。


「てな訳でお前の髪を青に染めてやろう! って事で解決したのよ」


 男の言葉に合わせて周りは『うぇーい!』と歓声を上げる。


「意味が分かんないって、どう関係してんだよ」


「まぁ冷静に考えてみろ、お前がどこから来たかは知らんがそのパッとしない黒髪じゃあ面白みがない。シャルルは金髪、リアムは赤。──ならお前を青にすればブリテン地方にいっぱいある3色信号機の出来上がりだ!」


 再び歓声が上がり、建物全体が震える。


「ちょっっっと待てって! なあおい! ちょっと! ちょっとちょっと!」


 オースティンの声に耳を傾ける事なく男は後退りし、代わりにアーランがオースティンの真後ろに立った。

 そして歓声が上がる中、男は指を鳴らしてこう言った。


「やれ。──アーラン」


 目をギラギラに輝かせたアーランはオースティンの頭に青のカラー剤をべったりと付けた。

 その瞬間オースティンは悲鳴を上げたが、その声は周りにかき消され、誰にも助けてもらう事なくそのまま時間が経過した。

 解放された時には、黒かった髪は見事なまでに綺麗で明るめな青色に変わっていた。

 しかしオースティンにとっての試練はまだ続く。

 この後は歓迎パーティーだと言い酒場ギルドの建物内にいる全員で酒を飲み始めた。

 問題はオースティンは酒に強くない事、つい昨日の出来事はしっかりと覚えている、ここで同じ過ちを犯す訳にはいかない。

 他人のコップとすり替えながら飲んだフリをする、そして隙を見て脱出を試みるが不幸な事にこの目立つ頭のせいで移動してもすぐにバレてしまう。

 ──かくなる上は……


「あつまれー! オースティンがセルゲイに勝負を挑むぞ!」


「お! 根性あるルーキーじゃなあか! かてよ……ひっく」


 あの集団の中、初めにオースティンに声をかけて来たこの男の名前はセルゲイと言うらしい。

 そんな如何にも酒に強そうなセルゲイとオースティンの勝負を見学するためギャラリーが2人のテーブルに集まる。


「見た所お前は弱そうだな、俺には分かる、勝ちが決まった勝負などしても意味がない、そこでだ、ハンデとして俺はこの濃縮された酒でお前は普通の酒だ、アルコールの強さはこっちが数倍、文句ないだろ?」


「そんな余裕かましやがって、後悔しても知らないからな」


「ルールはさっき言った通りだ、カウントに合わせて一気飲みをする、着いて来れなくなったら負けだ」


「分かった、早くしようぜ」


 どちらかが倒れるまで終わらないエンドレスタイムが始まる。

 この日最高潮の盛り上がりを見せたこの戦いの余韻は、しばらくの間消える事なく酒場ギルド内で留まり続けたらしい……

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