第26話 紅く焦がれた夜空

「聞きました? 俺たちに1人で刃向かうつもりみたいっすね、この力を前にして」


「だからどうしたと言うのだ、その力がわれに通用するとでも思っておるのか」


「ったりめぇよ、へへ。──この力はな、どんな強力な魔力をも飲み込む力だ、お前がどんなにすごい魔法を放とうと無駄なわけよ」


「だからそれがどうしたと言っておろう、愚かな人間どもよ、あまりわれを失望させないでくれ」


 リアムの内から強力な力がみなぎる。

 それはシャルルの魔力が周囲の環境を変える様にあたりの生態系を脅かすほどの力。

 そんな力を前にしても2人は一切怯む事なく余裕な表情を浮かべていた。

 2人は既に赤竜の素材をどこに売り捌く事しか考えていない。──幼体の方が加工もしやすく特殊な技術が要らないため高値で取引されやすい。

 一方リアムの様な成体は加工が難しい反面耐久性が桁違いに高い逸品。

 どちらにせよ遊んで暮らす分には申し分ない、だからこそ2人はその事で頭がいっぱいになってしまっている。


「……愚かだ。その哀れな思考を恨め、身をもって償うといい」


 リアムの口から放たれた灼熱の火炎は、笑みを浮かべる2人に襲いかかると、1秒も経たずに灰となりこの世から姿を消した。

 それも当然、これは魔法でもなんでもなくリアムの、──本来の竜の力から繰り出された炎、大きく息を吸って吐いただけである。

 普通の人間が純度100%の炎をまともに受ければ2人でなくとも結果は変わらない。


「ふぅ……。久しぶりにはしゃぎすぎたな……魔力が持たぬ」


 赤竜の幼体が空けた穴まで足を運んだリアムは、下を確認する事なくそっと目を閉じ身を投げ出した。


(今日の月はどんな形をしてるのだろうか……また……3人で……あの夜空を……)


 背中から勢いよく着水し、水柱と言っても過言でないほどの飛沫が上がった、当然その様な飛沫が上がれば音も響く。──その音はシャルル達の元へと伝わった。


「へ……へ……ヘックション! ──さみぃ」


 2人と1匹は湖にダイブした後、すぐさま陸に上がりシャルルの指示の元何処かを目指して歩いていた。

 おそらく川の上流を目指しているのだろうオースティンは考えていた、特に追求する事でもないため黙って着いて行っているがそれより体温が奪われそっちの方が問題である。


「もうちょいだよもうちょい」


「くしゅん! ──なにがだよ」


「今。──音聞こえたろ?」


「音? ごめん、なんのことかさっぱり」


「そう? 別にいいけど。──よし、ここら辺ならスペースは十分かな」


 シャルルがそう呟くと、突然歩みをやめて近くにあった丸太に腰掛けた。


「ここ綺麗でいいよな、特にこの白い砂とか。──美しい海岸で有名なサレンピークに比べても見劣りしないぐらい」


「急になんだ? 詩人でもあるまいし」


「ほんの少し待ってな、すぐにやって来るから。──それまで赤竜の幼体こいつでも抱いてあったまってな」


 シャルルから手渡された赤竜の幼体からはとても心地よい温もりを感じた。

 あまりの心地よさに一瞬意識が飛びかけたがなんとか踏ん張りシャルルと同様、丸太に腰掛けた。


「なんかお前は平気そうだな、俺と同じでびしょ濡れなのに。──寒さに強いタイプか? 羨ましいな」


「ははは。──逆だよ」


「逆?」


「そう、逆。……どんなに冷たい水でも氷よりは温かいだろ? つまりそう言う事」


「ごめん、なにが言いたいか分からん」


 いつものふざけた雰囲気とは違い急に諭す様な話し方を始めた。

 その短い言葉から必死になにが伝えたいのか読み解こうとするが検討とつかなかった。


「俺の氷、正しくは冷気の魔法を見た事あるだろ?」


「そりゃもちろん」


「あの魔法ちょっと厄介でな。──使い過ぎると体が凍りついちまうんだよ、比喩でもなんでもなく本当に凍りつく、体が氷になっちまう」


「えっと……それは冷気の魔法を使う事によるデメリットって事か」


「ちょっと違うかなぁ。デメリットとかそう言うのじゃない、これは俺だけでお前や他の連中が使ってもこうならない。──俺は『冷気の魔法しか使えない』からこうなるんだよ」


「それは一種の呪いみたいなもんか? それしか使えない代わりに威力はマシマシになる。けどペナルティがかせられるみたいな」


 オースティンの予想は的中している。

 魔法を扱う者の中には稀にそう言った特性の者は現れる、シャルルもその1人。


「いい察し能力だな、そう言う事だよ」


「そんな特性があったとは……いやちょと待て。でもお前他にも色々やってない? 火を飛ばしたりなんやかんや」


「それは魔法じゃなくて魔力な。その2つは全くの別物、魔力はただ魔元素が集まって来ただけの集合体、魔法は魔力と付加魔力を掛け合わせた物だよ」


 その説明を聞いてオースティンは頭を悩ませた。

 その様子を見たシャルルから更に説明が入る。

 あまり難しく考える必要はなく単純な話し、10の魔元素を集めた冷気の魔力と、その効力を2倍にすると言う付加魔力を掛け合わせる事で効力が2倍となった20の冷気魔法が出力される、原理としては簡単だと説明する。

 確かに原理としては簡単だった、しかし現在ではその魔法を使いこなす人が少ないのも事実、魔法具の存在である。


「俺とかリアムとかノーツと関わってるから感覚狂ってるだろうけど、本来は魔法を使う方がマイノリティ側なんだよ。原理は簡単でも実際にそれをやろうとすればそうは行かないから」


「だからこそその説明を聞いてたら魔法具の方がいいって思っちゃうな」


「──確かにな、魔法具は便利でいいよ、いろんな用途で使えるし俺だって使ってる」


「えぇ……お前がそれ言っちゃお終いじゃね」


「全然。魔法が魔法具に優ってる最大の利点は柔軟性、それだけで十分だって俺は思ってる」


「柔軟性……分かりやすい説明を頼む」


 これまた冷気の魔法で例えよう。

 氷柱の様な物を放つ冷気の魔法を放つ魔法具があったとする、魔法具はどの様な効果があるか既に決められているため氷柱を放つ様に作られているのであれば氷柱を放つ事しか出来ない。

 シャルルが白蜘蛛マザーを氷漬けにした時の様に氷柱を放つ魔法具ではその様な事は不可能。

 なら氷漬けにする魔法具を作れば良いのでは。

 ──そう思うが実は不可能に近い、正確に言えば実戦では不可能、相手を氷漬けにする魔法など相当な魔力が必要になる、魔法具として実用するならせいぜい野うさぎを凍らせる程度の威力しか出ない。


「なーるほど。仮に魔法具が完封されたらなす術はないけど魔法ならまだ分からないって感じか」


「そうそう、常に70点を目指す魔法具か100点を、なんなら120点を狙うの魔法か。普通の生活だとめっちゃ便利だけど実戦だと話は変わるから」


「つまり魔法具は努力を怠った者の逃げ道って事か」


「──ははは。ちょっと語弊があるかな、魔法を出力出来るほどの魔力を持った人間がそもそも少数って感じだから一概には言えない」


「そうなの? いやー結構奥が深いんだな……ところで話しは変わるけど、今俺たちはなんでここで休憩してるんだっけ」


「──ちょうどいい、もうそろそろだと思う」


 すると何処からか野太い雄叫びが聞こえて来た、シャルルはこれを待っていたらしい。

 オースティンは当然声の正体など分からないが、体の震えが止まらない、寒さから来るものではなく恐怖、その声を聞いて無意識に体が恐怖を覚えた。


「──ぶるっちまった? 大丈夫、姿は変わってもあいつはあいつのままだから。顔をあげてみな」


「顔を上げろって……上を見ろって事? な!?」


 惚れ惚れするほどの赤く輝いた鱗、鋭い爪、大きな翼、そらからゆっくりと舞い降りて来た赤竜の羽ばたく音が徐々に大きくなり、やがて2人の前に着地した。

 現れた赤竜はこちらを睨みつけるなり重心を落としてその場でじっとしていた。


「おーい! 早くこいよ」


「え? あ! いつの間に! 幼体も一緒に!?」


 オースティンがぼけっとしている間にシャルルと赤竜の幼体は既に赤竜の背中に乗っていた、オースティンも近付くがその足取りは非常に重い。


「──早くしろ」


 どこか聞き覚えのある声、声の主は目の前にいる赤竜だった。


「え? 今の声」


「──われを待たせるつもりか? いい度胸だな、うぬよ」


「え!? お前……リアムぅ!?」


「なに言ってんの、リアム以外誰がいるんだよ」


「いや、だって」


「そんな事より早く来いよ」


 シャルルがオースティンの腕を掴みそのまま引っ張りあげた。

 全員乗った事を確認した赤竜リアムはそのまま飛び立ち、更に深い森の深部まで進んで行った。

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